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自警録 / 第二十二章 感情より出た職業選択・難を求むる職業選定の依頼

少し年老った者は年若い者いわゆる後進者より職業選択について相談を受けぬ者はほとんどあるまい。あるいはすでに一定の職業にある者よりしてなお他に活路を求めたき希望を訴えられぬ人はなかろう。 わが輩もかくのごとき相談を、平均したら三日に一度ぐらいの割合に受けている。はなはだしきは簡単なる手紙をもって、自分の姓名と生年月日とを認め、これに現在の職業を書き加えて、他に発展の途を講じたいが、何をなしたらよかろうかと、あたかも卜者に尋ねるがごとき信書がくる。わが輩も返事に窮し躊躇していると、三銭切手を封入せる以上返事をうながす権利があると催促されたことも一、二度でない。 いったい自己の職業選定に、毫も知らぬ他人に相談することがすでに大なる誤りである。前述のごとき場合には、僕はつねに親はもちろん、その他親類、親友なりもしくは土地の先輩にしてよく当人の性質をわきまえる人に相談せよと返事する。いかに詳しく認めても、一片の手紙におのれの性質をいい現すことは、とうていできることではない。よし筆はいかに達者でも、書くべき材料、すなわち自己の性質を客観的に記叙することはおそらく不可能であろう。したがって一面識だもなき人に自分の生涯を左右する職業の選定を相談しても、けっして満足な返事は得られぬと思う。 ある具体的の問題あり、かくすればかくなり、こうすればこうなると、理詰で判断はできるが、自分はだいたいの見地よりこの問題を見る力なく、取捨去就に迷うゆえ、いわゆる先輩の判断を乞うというならば、知らぬ人に対しても相当の考えを立て判断を下すこともできようが、その性質および周囲の事情に深き関係を有する職業選定は、日ごろ交際ある人にあらざればなかなか判断のできるものでない。 おそらく職業の選択は細君の選択よりもいっそう困難であろう。細君の選択には往々にして媒介者の言に一任し、しかして結婚の式を挙げたのち、始めて両者の気象の合わぬことを発見し、離婚する場合がはなはだ多い。世界の文明国中で離婚数の多きこと日本のごときはなしというも、要するに選択に注意せぬためであろう。ましてさらに困難な職業を選ぶに、見ずしらずの他人を頼み、あるいは一時の感情にかられて決定することは危険のはなはだしきものである。

書き下し

少し年老った者は年若い者いわゆる後進者より職業選択について相談を受けぬ者はほとんどあるまい。あるいはすでに一定の職業にある者よりしてなお他に活路を求めたき希望を訴えられぬ人はなかろう。 わが輩もかくのごとき相談を、平均したら三日に一度ぐらいの割合に受けている。はなはだしきは簡単なる手紙をもって、自分の姓名と生年月日とを認め、これに現在の職業を書き加えて、他に発展の途を講じたいが、何をなしたらよかろうかと、あたかも卜者に尋ねるがごとき信書がくる。わが輩も返事に窮し躊躇していると、三銭切手を封入せる以上返事をうながす権利があると催促されたことも一、二度でない。 いったい自己の職業選定に、毫も知らぬ他人に相談することがすでに大なる誤りである。前述のごとき場合には、僕はつねに親はもちろん、その他親類、親友なりもしくは土地の先輩にしてよく当人の性質をわきまえる人に相談せよと返事する。いかに詳しく認めても、一片の手紙におのれの性質をいい現すことは、とうていできることではない。よし筆はいかに達者でも、書くべき材料、すなわち自己の性質を客観的に記叙することはおそらく不可能であろう。したがって一面識だもなき人に自分の生涯を左右する職業の選定を相談しても、けっして満足な返事は得られぬと思う。 ある具体的の問題あり、かくすればかくなり、こうすればこうなると、理詰で判断はできるが、自分はだいたいの見地よりこの問題を見る力なく、取捨去就に迷うゆえ、いわゆる先輩の判断を乞うというならば、知らぬ人に対しても相当の考えを立て判断を下すこともできようが、その性質および周囲の事情に深き関係を有する職業選定は、日ごろ交際ある人にあらざればなかなか判断のできるものでない。 おそらく職業の選択は細君の選択よりもいっそう困難であろう。細君の選択には往々にして媒介者の言に一任し、しかして結婚の式を挙げたのち、始めて両者の気象の合わぬことを発見し、離婚する場合がはなはだ多い。世界の文明国中で離婚数の多きこと日本のごときはなしというも、要するに選択に注意せぬためであろう。ましてさらに困難な職業を選ぶに、見ずしらずの他人を頼み、あるいは一時の感情にかられて決定することは危険のはなはだしきものである。

現代語訳

少し年を取った者は、年の若い者、いわゆる後進から職業選択について相談を受けない者はほとんどないでしょう。あるいは、すでに一定の職業にある者から、なお他に活路を求めたいという希望を打ち明けられない人もいないでしょう。 私もこのような相談を、平均すると三日に一度くらいの割合で受けています。ひどいものになると、簡単な手紙に自分の姓名と生年月日を書き、これに現在の職業を書き添えて、他に発展の道を求めたいが何をしたらよいか、まるで占い師に尋ねるような手紙が来ます。私も返事に窮して迷っていると、三銭切手を同封した以上、返事を促す権利があると催促されたことも、一、二度ではありません。 だいたい、自分の職業選定に、まったく知らない他人に相談すること自体が、大きな誤りです。前述のような場合には、私はいつも、親はもちろん、その他の親類や親友、あるいは土地の先輩で、当人の性質をよく知っている人に相談しなさいと返事します。いくら詳しく書いても、一通の手紙に自分の性質を言い表すことは、とうていできないことです。たとえ筆が達者でも、書くべき材料、つまり自己の性質を客観的に述べることは、おそらく不可能でしょう。したがって、一面識もない人に、自分の生涯を左右する職業選択を相談しても、決して満足な返事は得られないと思います。 ある具体的な問題があって、こうすればこうなる、ああすればああなると、理詰めで判断できる。しかし自分は全体の見地からこの問題を見る力がなく、取捨去就に迷うので、いわゆる先輩の判断を乞うというのなら、知らない人に対しても、相応の考えを立て判断を下すことはできるでしょう。しかし、その人の性質や周囲の事情に深く関わる職業選択は、日ごろ交際のある人でなければ、なかなか判断できるものではありません。 おそらく職業の選択は、妻の選択よりもいっそう難しいでしょう。妻の選択は、しばしば仲人の言葉に任せ、結婚式を挙げたのち、初めて両者の気質が合わないことを発見して離婚する場合がたいへん多い。世界の文明国の中で、離婚の数が日本ほど多い国はないというのも、要するに選択に注意しないためでしょう。ましてさらに難しい職業を選ぶのに、見ず知らずの他人を頼み、あるいは一時の感情にかられて決めるのは、危険きわまりないことです。

解説

職業選びの相談が三日に一度来るという新渡戸は、生年月日と現職だけ書いた手紙で人生の進路を尋ねるのは誤りだと答えます。性質は手紙では書けず、よく知る親や先輩に聞くべきです。職業選択を結婚に重ね、仲人任せで離婚が多いという当時の見方も添えます。離婚数が日本最多との断定は、新渡戸の印象と読むのが妥当です。現代でも、キャリア相談を診断ツールやSNSの断片情報に頼る人は多く、自分をよく知る人に聞く大切さは変わりません。
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この章句が説くこと

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