自警録 / 第十八章 知らぬ恩人に対する感謝・日本人ははたして恩知らずか
単に右のごとくいうたなら、僕がアストンの説に反対の考えでも持ち、あるいは黒住の教えが黒住という個人より起こったもので、大和民族の代表的思想にあらざるとでも主張するごとくに聞こゆるだろうが、僕はあくまでも恩を知ることは神道の基礎、大和民族の美風なることを信じたいのである。 西洋人はともすると、東洋人は恩を知らないという。また我々とても相互に、彼奴は恩を知らぬ奴だといって悪口する。恩を知るをもって大和民族の特長などと誇っても、しばしば自分に顧みないと、人から受けた親切ほど忘れやすいものはない。否、人のしたことが、はたして親切であるか不親切であるか、その区別すらもなかなかしない。また人が我がためにしてくれたことの程度は、はなはだ鑑別しにくいものである。このへんの弁えを誤ると、とかく他人の眼には、恩知らずの感を与える。 ことに西洋人が日本人は恩を知らない国民なりというのは、この辺から起こっているらしい。すなわち日本人は恩を知らないのではなく先方の人がどれほどの親切でしたのかが分からぬために、有難うというべきところを言わなかったりする。すなわち事情が判然せぬために、思想までが大変違うように思わしむる惧がある。そこで外国人の書いた書物のうちに、折々日本人の短所の中についても、恩知らずの譏りあることは、これは仮りに誤解から起こったとみなしておいて、しばらくこれは預りとしてここには省こう。ここではもっと手近い、お互いの間の交際上、恩誼の観念について注意すべきことを述べたい。
書き下し
単に右のごとくいうたなら、僕がアストンの説に反対の考えでも持ち、あるいは黒住の教えが黒住という個人より起こったもので、大和民族の代表的思想にあらざるとでも主張するごとくに聞こゆるだろうが、僕はあくまでも恩を知ることは神道の基礎、大和民族の美風なることを信じたいのである。 西洋人はともすると、東洋人は恩を知らないという。また我々とても相互に、彼奴は恩を知らぬ奴だといって悪口する。恩を知るをもって大和民族の特長などと誇っても、しばしば自分に顧みないと、人から受けた親切ほど忘れやすいものはない。否、人のしたことが、はたして親切であるか不親切であるか、その区別すらもなかなかしない。また人が我がためにしてくれたことの程度は、はなはだ鑑別しにくいものである。このへんの弁えを誤ると、とかく他人の眼には、恩知らずの感を与える。 ことに西洋人が日本人は恩を知らない国民なりというのは、この辺から起こっているらしい。すなわち日本人は恩を知らないのではなく先方の人がどれほどの親切でしたのかが分からぬために、有難うというべきところを言わなかったりする。すなわち事情が判然せぬために、思想までが大変違うように思わしむる惧がある。そこで外国人の書いた書物のうちに、折々日本人の短所の中についても、恩知らずの譏りあることは、これは仮りに誤解から起こったとみなしておいて、しばらくこれは預りとしてここには省こう。ここではもっと手近い、お互いの間の交際上、恩誼の観念について注意すべきことを述べたい。
現代語訳
ただ右のように言っただけでは、私がアストンの説に反対だとか、黒住の教えは黒住という個人から出たもので大和民族の代表的な思想ではないと主張しているように聞こえるでしょう。しかし私は、あくまでも、恩を知ることは神道の基礎であり、大和民族の美風であると信じたいのです。 西洋人はともすると、東洋人は恩を知らないと言います。私たちの間でも、お互いに、あいつは恩知らずだと悪口を言います。恩を知るのが大和民族の特長などと誇っても、しばしば自分を顧みると、人から受けた親切ほど忘れやすいものはありません。いや、人のしてくれたことが、はたして親切か不親切か、その区別すらなかなかしません。また、人が自分のためにしてくれたことの程度は、見きわめにくいものです。このあたりの心得を誤ると、とかく他人の目には、恩知らずの印象を与えます。 とくに西洋人が、日本人は恩を知らない国民だと言うのは、このあたりから起こっているようです。つまり日本人は恩を知らないのではなく、相手がどれほどの親切でしてくれたかがわからないために、ありがとうと言うべきところを言わなかったりするのです。事情がはっきりしないために、思想までが大変違っているように思わせるおそれがあります。外国人の書いた書物のなかに、日本人の短所のひとつとして恩知らずという非難が折々ありますが、これは仮に誤解から起こったものとみなして、しばらく預かりとし、ここでは省きます。ここでは、もっと身近な、お互いの交際上、恩義の観念について注意すべきことを述べたいと思います。
解説

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見るこの章句が説くこと
関連する章句
-
自警録・第十八章 知らぬ恩人に対する感謝・知恩は日本民族の特長古来、日本人は宗教と言い、学術と言い、中国、朝鮮をはじめ、外国から輸入して、ほとんど自国に起こった大思想、哲学、美術もないことは、誰しも承知しているが、何か日本に固有な思想が一つでもありはせぬかと、鵜の目鷹の目で、本邦の制度やら歴史やらを調べると、神道だけは純粋なる大和民族の思想であることがわかる。 もっともこれとても、儒教が入って以来、その説くところやら、その儀式がたいそう違って来たし、ことに仏教輸入以来はその教理さえも変化し、おそらくこんにち神道の名のもとに、世に説かるる説の少なからざる部分は、神道に固有なものであるまいと疑う理由も確かにある。僕はさきのアストンの言および黒住氏の所説を読んで、これを現に我が周囲に行わるるいわゆる神道に比すると、ちょうど『新約聖書』の福音書を見た目で、天主教の儀式を見たときに起こる感よりもさらに不愉快なる思いを起こす。ゆえに僕は神道の純粋なる教えを重んずると同時に、その名を冠っていろいろなる迷信を説いたり、あるいは頑冥な排他的主張を恣にする神道の宗派をいうのではない。アストンにしても、黒住にしても、その説くところ間違いなきを保し難いが、我が固有の教えは知恩の念に満てるものなりとの一条は過ちなしと信ずる。 しかして神道が日本民族固有の観念を代表するものならば、恩誼を知るは取りもなおさず日本民族の特長であると断言してよかろうと思う。
-
自警録・第十八章 知らぬ恩人に対する感謝・英国碩学の観たる神道の要旨先年交換教授として渡米するにつき、その準備の一つとして、研究というほどの深い事もないが、少しく調査したいことがあって、神道に関する書物を読んでみた。そのうちに英国の碩学、ことに日本の古代宗教および文学に精通せるアストン先生の書中に、神道は知恩と愛情の宗教なりという一句があった。これが僕の眼に大いにとまった。また同氏の説明を見てますますこの一句の味わいが理解せられた。 その後ある友人が、日本の神道を研究するには、必ず黒住宗忠の説を窺わねばならぬと注意してくれて、懇にもこの偉人に関する出版物を送ってくれた。これを読んでいっそうアストン氏のさきの言の誤らざると、否、誤らざるどころでない、実によく穿っていることを感じて、その後ますます恩誼を知るの感を深めることについて、心のうちに努めている。
-
自警録・第十八章 知らぬ恩人に対する感謝・人も知らず自身も知らずに受ける恩ただこの事について心に記憶したきことは、明らかに我の耳に達したこと、あるいは我が目に映った行為のほかに、人も知らず、我れ自身も知らないでいる恩がたくさんあることである。かくのごとき恵みが人生の中に数限りなくあることを常に記憶に存しておきたい。たまには誰が告げるとはなしに、ふと心に有難味を覚えて、ほとんど相手知らずに帽を脱し、跪いて、有難さに、涙に咽ぶこともある。誰しも必ずこの経験があるだろう。もしこの経験のない人あらば、そは不幸な人である。天の恩はいうまでもなく、朋友や親などのすることに、とかく秘密にわたって、受ける本人は夢にも知らぬことがしばしばある。なにか面倒な事件があって、これを処理しに出かけると、案外にもすでに半分以上解決されておったなどということがある。 これは不思議と思って、だんだんその理由を質すと、前日友人が来て半以上悶着を解決しておいてくれたなどということが、数日あるいは時によっては数年経って初めて発見されることを自らも経験したし、世には必ず同じことを感じた人が数多あろう。
-
自警録・第十八章 知らぬ恩人に対する感謝・思わぬところに恩人が潜んでいる恩を説くに当たって、いわば恩の部類について一言したい。四恩なるものはなにかとか、あるいは中には五恩六恩と数える人もある。けれどもこれは我々によきことをしてくれた相手によって分けたことで、たとえば向こうの人が君だとか親であるとか、天であるとか地であるとか、友だちであるとか、あるいは従僕であるとか、それぞれ恩を施してくれた相手によりて区別したるに過ぎぬ。 受身の立場からいうたら、目上の人から受けた恩よりも、目下の者から受けた恩のほうが大きいこともある。自分の君公からお古の裃を頂戴するのは、昔では非常の恩誼とみなした。しかし自分の従僕が一命を捨て自分の難を救うほうの恩誼ははるかに重いと僕は思う。 あるいは君なるものは自分に対して常に衣食を給していて日ごろ生命の基である。ゆえにこれに報ゆるに常に生命をもってすべきものを、自分の生命を取らずにかえって裃の一組でもくれるというは、その物は僅であっても、その心は我々の期待するよりはるかに以上であるから、その重きことは日ごろ給料を与えて、自分のために忠勤を擢ずべき義務をもっている従僕が、たまたま難に遇って自分を救ったよりは、ものそのものはいかに軽くとも、君公の賜物のほうをはるかに重しとすべき議論も一通り立つから、僕とてもあながち絶対的に君公の拝領物は家来の命より軽いと一般にいう訳ではないけれども、君公だとか従僕だとか、社会的の区別をすればこそ、些細のことが大きく思えたり、重いことが軽く見えるが、自分のために宜きを計り、自分に尽す親切の行為を計れば、思わぬところに僕の恩人が潜んでいて、その人の恩誼をさらに感知しないで、見当違いの方に無闇に有難がっていることもあり得ると思う。 であるから、僕は如何なる人が、如何なるほどに、僕のために心や身を労してくれたか、つぶさに考えて、これを常に心に銘じておきたいと思うのである。
-
自警録・第十八章 知らぬ恩人に対する感謝・恩の観念は固有か輸入かしかしここに奇態に思うことは、古い言葉にはあるいはあって、僕の無学のために知らぬのかは測られぬが、恩という字に和訓のないことである。こういったなら、和学者のお叱りを受けて、こういう訓がある、ああいう訓があるという反証が出るかも知れぬが、それにしても、これほどな大和民族の特長が、普通一般に漢音で流通していることは情ない。 恩の漢音はすこぶる発音に便利で、耳障りもよいから、ながたらしい大和言葉の代りに通用するにいたったかも知れないが、実際我々がこんにち外国の言葉を用うるは簡単であるからとて用いる。単語は何か新しい思想を含んだものであって、普通にある言葉をわざわざ西洋語を借りて言い表わすことは、よしあっても稀である。 マッチという詞は今どんな田舎でも用いている。しかるに僕の子供のときは早附木といったものだ。今はそんなことをいうものはほとんどない。早附木というよりもマッチというほうが簡単だからでもあろう。さらばとて単に簡単だという理由で、従来用い来たった詞なら早附木をマッチと替えることはない。従来は附木だけはあったが「早」なる形容詞を冠せて通用させようとしても通用しなかった。「ランプ」を行燈とも手燭とも翻訳しない。ペンのごときは僕らが始めて洋学を修めるころには筆または金の筆と訳したものだ。しかるに今は日本のすみずみに行ってもペンで通る。金の筆というよりはペンというほうがむしろ簡便である。さればとてペンなる言葉をかりて、古来あった筆の文字に代用することはない。そこで恩という言葉も発音の易きからとて、従来あった思想に代えたものか少しく疑いが起こる。恩なる観念はやはり儒教、仏教から入ったものでなかろうかと疑いが起こって来る。 僕は世の言語学者に望みたきは、いま用うる文字こそ漢音なれ、思想は大和民族の特長なりということを、言語のほうからも証拠を明瞭にする一条である。
-
自警録・第十八章 知らぬ恩人に対する感謝・見る人毎に有難からぬ人はない十一時の鐘が鳴ると同時に彼も教室を出て、下駄をはいて友人と笑いながら話をしているのを僕は認めた。これなら大丈夫だ、この様子で家に帰ったなら、母の安心はいかばかりであろうと思いつつ、彼の姿の門を出ずるを見送った。彼は友人と肩をたたいて談笑しつつ去ったが、おそらく彼の脳髄はただ試験の答案をもってのみ満たされて、母の苦心に考えを向ける余地はなかったろう。しかるに奚ぞ知らん、彼が無難に何時間の試験を経、その翌日もまたその翌日も無難に経たことは、彼の学力のみによると思ったなら、大いに見当がちがっておりはしまいか。 彼の眠られぬ時はともに起き、彼の眠っている際もなお眼ざまし、彼の起きぬ間にとく起きて、彼の準備を助け、彼の眼や耳にさらに触るることなく、彼の身辺を擁護する母の情愛があって、始めて無難な試験を経たものと、迷信かは知らんが僕は信ずる。 右はただ僕の実見にふれた一例に過ぎぬ。かくのごとき恩愛は人の眼を忍んで、世にあまたあると信ずる。いな、あまたどころではない、かくのごとき情愛は空中に満ちていると思う。ただこの満ちている情愛に触れていながら、これに感ずるに鈍きわれわれの心情こそ、遺憾至極である。感応の力にして鋭敏であるなら、いたるところありがたからざる場所はなく、見る人ごとにありがたからざる人はない。 黒住教の開祖宗忠翁の歌に、 有りがたやかゝるめでたき世に出でてたのしみ暮らす人ぞ一とく 有りがたやかゝるめでたき世に出でてたのしみ暮らす身こそ安けれ 有りがたや心の雲もはれわたりうきよの雲はとにもかくにも