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自警録 / 第六章 怖気の矯正・怖気の根本的矯正は自信自重にあり

右に述べたのは相手を信用してかかれという意味であるが、これに相伴って必要な一つの覚悟があると思う。それは他人のことに関せぬ自分自身の態度である。いかに他人が自分に対して好意があるだろうと信ぜんとしても、自分の心に暗いところがあれば、みずから信ずる念が乏しくなり、したがってまたみずから重んずる念が欠ける。しかしてみずから重んぜざる人がいかにして他人より重んぜられようか。人爵的の軽重ならばいざ知らず、心より発する尊敬などは自ら重んぜざる人に払うものはあるまい。 ゆえに人を信ずるに先だち、自ら信ずる念がなければならぬ。みずから信ずるというは自分に暗いところがない、よし他人が自分を信ぜなくとも、自分は独立しても世を渡る、またいかに他人が自分を疎んじても、我はあくまでも自ら重んじて、所信を貫くという、みずから潔しとするところがなければならぬ。僕がしばしば引用する Be just and fear not(正を守りて怖るることなかれ)というはすなわちここをいったのである。 自分が正しいと信ずるものは、いかなる事があっても怖れない。したがって人の前に立っても怖気ることがない。かの宗教改革を唱えたルターが始めてその新説を発表し旧教家の反対を受けたときは、その生命の安全さえもはなはだ覚束なかった。そのころルターの友人は彼のある会合に出席せんとしたのを止め、 「今日は家にあれ、一歩戸外に出れば生命は危険である」 と警めたが、ルターは昂然として、 「この町の家屋の瓦ほどに敵が多くとも、心に疚しきことなき以上は、何の怖るることかあらん」 と言い出席したという。おそらくは怖気の根本的矯正法は自身の正しきを自覚するにありと思う。

書き下し

右に述べたのは相手を信用してかかれという意味であるが、これに相伴って必要な一つの覚悟があると思う。それは他人のことに関せぬ自分自身の態度である。いかに他人が自分に対して好意があるだろうと信ぜんとしても、自分の心に暗いところがあれば、みずから信ずる念が乏しくなり、したがってまたみずから重んずる念が欠ける。しかしてみずから重んぜざる人がいかにして他人より重んぜられようか。人爵的の軽重ならばいざ知らず、心より発する尊敬などは自ら重んぜざる人に払うものはあるまい。 ゆえに人を信ずるに先だち、自ら信ずる念がなければならぬ。みずから信ずるというは自分に暗いところがない、よし他人が自分を信ぜなくとも、自分は独立しても世を渡る、またいかに他人が自分を疎んじても、我はあくまでも自ら重んじて、所信を貫くという、みずから潔しとするところがなければならぬ。僕がしばしば引用する Be just and fear not(正を守りて怖るることなかれ)というはすなわちここをいったのである。 自分が正しいと信ずるものは、いかなる事があっても怖れない。したがって人の前に立っても怖気ることがない。かの宗教改革を唱えたルターが始めてその新説を発表し旧教家の反対を受けたときは、その生命の安全さえもはなはだ覚束なかった。そのころルターの友人は彼のある会合に出席せんとしたのを止め、 「今日は家にあれ、一歩戸外に出れば生命は危険である」 と警めたが、ルターは昂然として、 「この町の家屋の瓦ほどに敵が多くとも、心に疚しきことなき以上は、何の怖るることかあらん」 と言い出席したという。おそらくは怖気の根本的矯正法は自身の正しきを自覚するにありと思う。

現代語訳

以上に述べたのは、相手を信用してかかれという意味ですが、これと並んで必要な覚悟がもう一つあると思います。それは、他人のことにかかわらない、自分自身の態度です。いくら他人が自分に好意を持っているだろうと信じようとしても、自分の心に暗いところがあれば、自ら信じる気持ちが乏しくなり、したがって自ら重んじる気持ちも欠けます。そして自ら重んじない人が、どうして他人から重んじられるでしょうか。人爵、つまり地位や肩書きの軽重ならともかく、心から発する尊敬などは、自ら重んじない人に払う者はいないでしょう。 ですから、人を信じるのに先立って、自ら信じる気持ちがなければなりません。自ら信じるとは、自分に暗いところがなく、たとえ他人が自分を信じなくても、自分は独立しても世を渡り、またどれほど他人が自分を疎んじても、自分はあくまでも自らを重んじて、信念を貫く、という、自ら潔しとするところがなければならないということです。僕がしばしば引用する Be just and fear not(正を守りて怖るることなかれ)とは、まさにここを言ったものです。 自分が正しいと信じることは、どんなことがあっても恐れません。したがって、人の前に立っても怖気づくことがありません。宗教改革を唱えたルターが初めてその新説を発表し、旧教側の反対を受けたときは、その生命の安全さえひどくおぼつかなかったといいます。そのころ、ルターの友人は、ルターがある会合に出席しようとするのを止めて、 「今日は家にいなさい、一歩外へ出れば命が危ない」 と戒めましたが、ルターは昂然として、 「この町の家々の屋根瓦ほどに敵が多くても、心にやましいことがない以上、何を恐れることがあろうか」 と言い、出席したそうです。おそらく、怖気の根本的な矯正法は、自分の正しさを自覚することにあると思います。

解説

相手を信じる前に、まず自分を信じ、重んじなければならない、というのがこの節の主張です。心に暗いところがあれば自分を信じられず、自分を重んじない人は他人にも重んじられません。ここで引かれるのが、友人に止められてもなお会合に向かったとされるルターの言葉です。新渡戸が度々引く Be just and fear not の実例でもあります。組織でも、肩書きによる重みと、人格から来る重みは別物です。自分の正しさに裏打ちされた落ち着きは、一朝一夕の演技では得られません。
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この章句が説くこと

自信自重正を守るルター人爵独立

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