自警録 / 第五章 心強くなる工夫・身体局部の故障より来る気弱
気弱は生理的原因に由来することがあるゆえ、これを矯正するには、生理的方法によらねばならぬ。すなわち冷水浴を実行するとか、睡眠が不足するものであれば、充分にこれを取るとか、あるいは営養が不足するの虞があれば、食物を改良するとかせねばならぬ。一般の健康状態はさて措き、ある局部が不良なるために卑屈となり引込勝ちとなり、憂欝にに沈む傾向がありはせぬか。これは僕の推測で、あるいは誤っているかも知らぬが、多くの事実よりかく帰納したく思う。 たとえば目の不良なる人はつねに欝陶しく感じ、したがってますます不愉快を覚え、人の前に出るのを厭うにいたる。それが一歩を進めると、衆人の前に出るのを恐れるようになり、いわゆる気弱となる。また胃弱者のごときもまた同じく、気が始終苛々し、つねに人と交際するのを煩わしく思う。煩わしいのが進むと、怖れを生じて気弱となる。要するに生理的状態より来る不快の観念を除くを得ば、気がさわやかになり、人に逢うても快楽を感じ、したがってますます衆人のあいだに出入し、気弱とか怖気とかが取去られてしまう。 例により僕は自分の恥曝しの経験を述べて参考に供したい。僕は少年のころ、物に怖気ない、大胆不敵、あまりに無遠慮であった。両親の友人などが来ても、臆面もなくその前に出て、しゃべりたいことをしゃべり、家の人々の手にもてあまされた。それが二十歳前後になると、処女も及ばぬように引込勝ちになり、人の前に出るを嫌い、人に顔見られるのを怖れた。いまになってその理由を顧みると、身体の工合、ことに目に関係したのではないかと思う。かくいわばあるいは一つの笑話のごとくに聞き捨つるものもあろうが、若い人々の参考のために一言したい。しかるにその後七、八年のあいだに、また幾分か逆戻りして、怖気がなくなったのは、その間に日常心懸けたこともあるが、一つには身体の工合がよくなったためと思う。
書き下し
気弱は生理的原因に由来することがあるゆえ、これを矯正するには、生理的方法によらねばならぬ。すなわち冷水浴を実行するとか、睡眠が不足するものであれば、充分にこれを取るとか、あるいは営養が不足するの虞があれば、食物を改良するとかせねばならぬ。一般の健康状態はさて措き、ある局部が不良なるために卑屈となり引込勝ちとなり、憂欝にに沈む傾向がありはせぬか。これは僕の推測で、あるいは誤っているかも知らぬが、多くの事実よりかく帰納したく思う。 たとえば目の不良なる人はつねに欝陶しく感じ、したがってますます不愉快を覚え、人の前に出るのを厭うにいたる。それが一歩を進めると、衆人の前に出るのを恐れるようになり、いわゆる気弱となる。また胃弱者のごときもまた同じく、気が始終苛々し、つねに人と交際するのを煩わしく思う。煩わしいのが進むと、怖れを生じて気弱となる。要するに生理的状態より来る不快の観念を除くを得ば、気がさわやかになり、人に逢うても快楽を感じ、したがってますます衆人のあいだに出入し、気弱とか怖気とかが取去られてしまう。 例により僕は自分の恥曝しの経験を述べて参考に供したい。僕は少年のころ、物に怖気ない、大胆不敵、あまりに無遠慮であった。両親の友人などが来ても、臆面もなくその前に出て、しゃべりたいことをしゃべり、家の人々の手にもてあまされた。それが二十歳前後になると、処女も及ばぬように引込勝ちになり、人の前に出るを嫌い、人に顔見られるのを怖れた。いまになってその理由を顧みると、身体の工合、ことに目に関係したのではないかと思う。かくいわばあるいは一つの笑話のごとくに聞き捨つるものもあろうが、若い人々の参考のために一言したい。しかるにその後七、八年のあいだに、また幾分か逆戻りして、怖気がなくなったのは、その間に日常心懸けたこともあるが、一つには身体の工合がよくなったためと思う。
現代語訳
気弱は生理的な原因に由来することがあるので、これを直すには、生理的な方法によらなければなりません。つまり冷水浴を実行するとか、睡眠が不足している者なら十分に取るとか、あるいは栄養が不足するおそれがあれば食べ物を改めるとか、しなければなりません。一般の健康状態はさておき、ある局部が不調なために卑屈になって引っ込みがちになり、憂鬱に沈む傾向がありはしないでしょうか。これは私の推測で、あるいは誤っているかもしれませんが、多くの事実からそう帰納したいと思います。 たとえば目が悪い人は、いつも鬱陶しく感じ、そのためますます不愉快を覚え、人前に出るのをいやがるようになります。それが一歩進むと、大勢の前に出るのを恐れるようになり、いわゆる気弱になります。また胃弱の人も同じく、いつもいらいらして、人との付き合いを煩わしく思います。煩わしいのが進むと、怖れを生じて気弱になります。要するに、生理的な状態から来る不快の観念を取り除くことができれば、気がさわやかになり、人に会っても楽しく感じ、ますます大勢の中に出入りして、気弱とか怖気とかが取り去られてしまうのです。 例によって、私は自分の恥さらしの経験を述べて参考に供したいと思います。私は少年の頃、物に怖気ない、大胆不敵で、あまりに無遠慮でした。両親の友人などが来ても、臆面もなくその前に出て、しゃべりたいことをしゃべり、家の人々の手に余りました。それが二十歳前後になると、処女も及ばないほど引っ込みがちになり、人前に出るのを嫌い、人に顔を見られるのを怖れました。今になってその理由を顧みると、身体の具合、とくに目に関係したのではないかと思います。こう言えば、笑い話として聞き捨てる人もいるでしょうが、若い人々の参考のために一言します。その後の七、八年のあいだに、また幾分か逆戻りして怖気がなくなったのは、その間に日ごろ心がけたこともありますが、一つには身体の具合がよくなったためと思います。
解説

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