自警録 / 第五章 心強くなる工夫・身体より来る気弱の原因(2)
この解決が出来れば物が分かるだけ、それだけ多く臆病気がつく、この解決が出来なければ出来ぬで、またそれだけ多く心配の種子がふえるわけである。しかるにいかに怜悧に物ごとに解決を下しても、未来に属することは、自分の見込み通りに行かぬゆえ、必ず危険の分子が潜んである。すなわち心配の種子が存在する。かくいえば怜悧なるものは必ず気弱でなければならぬという結論に達するらしく思われるが、決してそう一定せるものとは思われない。意志さえ堅固なれば、賢愚を問わず、百難前に迫っても、これを冒して断行する。 かくすればかくなるものと知りながら止むに止まれぬ大和魂 己れの行為の結果が容易ならぬものとは知りながら、なお、「やっつけろ」という強いところが欲しい。この強いところがあれば、いかに怜悧なるものでも、決して臆病とならぬ。ところが一方の意志が薄弱なるときは、頭脳が明晰なれば、先の先までも見えて心配の苦を増し、はなはだしく人を臆病ならしめる。しかるに人はその身体、ことに神経の構造により、一方の智力がことさらに発達し、その他の力たとえば意志がこの智力と権衡がとれぬときは気弱になる。なお身体の発育上、何歳より何歳ごろまでが智力のことさら伸張する時代であろう。そのころは臆病風の最も強く吹く期節となろう。
書き下し
この解決が出来れば物が分かるだけ、それだけ多く臆病気がつく、この解決が出来なければ出来ぬで、またそれだけ多く心配の種子がふえるわけである。しかるにいかに怜悧に物ごとに解決を下しても、未来に属することは、自分の見込み通りに行かぬゆえ、必ず危険の分子が潜んである。すなわち心配の種子が存在する。かくいえば怜悧なるものは必ず気弱でなければならぬという結論に達するらしく思われるが、決してそう一定せるものとは思われない。意志さえ堅固なれば、賢愚を問わず、百難前に迫っても、これを冒して断行する。 かくすればかくなるものと知りながら止むに止まれぬ大和魂 己れの行為の結果が容易ならぬものとは知りながら、なお、「やっつけろ」という強いところが欲しい。この強いところがあれば、いかに怜悧なるものでも、決して臆病とならぬ。ところが一方の意志が薄弱なるときは、頭脳が明晰なれば、先の先までも見えて心配の苦を増し、はなはだしく人を臆病ならしめる。しかるに人はその身体、ことに神経の構造により、一方の智力がことさらに発達し、その他の力たとえば意志がこの智力と権衡がとれぬときは気弱になる。なお身体の発育上、何歳より何歳ごろまでが智力のことさら伸張する時代であろう。そのころは臆病風の最も強く吹く期節となろう。
現代語訳
この解決ができれば、物事が分かるだけ、それだけ臆病の気が増しますし、この解決ができなければ、またそれだけ心配の種が増えるわけです。しかもいかに利口に物事に解決を下しても、未来に属することは自分の見込みどおりにはいかないので、必ず危険の要素が潜んでいます。つまり心配の種が存在します。こう言えば、利口な者は必ず気弱でなければならないという結論に達するように思われますが、決してそう決まったものとは思われません。意志さえ堅固であれば、賢いか愚かかを問わず、百の難が前に迫っても、それを冒して断行します。 かくすればかくなるものと知りながら止むに止まれぬ大和魂 (こうすればこうなると知りながら、やむにやまれず行う大和魂) 自分の行為の結果が容易でないものと知りながら、なお「やっつけろ」という強さがほしいのです。この強さがあれば、どれほど利口な者でも、決して臆病にはなりません。ところが一方で意志が薄弱であれば、頭脳が明晰なだけ、先の先まで見えて心配の苦が増し、人をはなはだしく臆病にします。そして人は、その身体、とくに神経の構造によって、一方の知力がとくに発達し、他の力、たとえば意志が、この知力と釣り合わないときは、気弱になります。さらに身体の発育の上で、何歳から何歳ごろまでが知力のとくに伸びる時期でしょうか。その頃は、臆病風のもっとも強く吹く季節となるでしょう。
解説

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