古典を学びたいすべての人に 法人向けワークシート法人向けワークシート

自警録 / 第二章 一人前の人と一人前の仕事・要は人は業なり(2)

しかるにここに大いに考うべき一条は各自が果たして各自の容積いっぱいに水を含めるや否やの問題である。四斗樽大を備えても空なれば四升樽にも劣る。二合徳利でもいっぱいに満つれば一斗入りの空徳利に優さる。人もどれほど「王佐棟梁」の才であっても、これを利用もせず懶惰に日を送れば、小技小能なるいわゆる「斗筲の人」で正直に努める者に比して、一人前と称しがたく、ただ大なる「行尸走肉」たるに過ぎぬ。してみれば一人前の仕事とは各自がめいめい天賦の才能と力量のあらん限りを尽すことであろう。果たしてそうとすれば一人前の仕事を計る基準は当事者めいめいに存在するもので、己れ以外に求むべきものでなかろう。すなわち己れの仕事を計るものは己れ自身である。英国の大詩人テニソンの句に、 Self-reverence, self-knowledge, self-control, ―― These three alone lead life to sovereign power. (自尊、自知、自治の三路は、一生を導いて王者の位に達せしむるなり) と。太古ギリシアの神託に、 「己れを知れ」 とありしは自己の性質能力を覚り、もって自己の使命の何たるを認識することで、世には人を知らざるを患うる者がある。人の己れを知らざるを患うる者はさらに多いが、己れを知らざるを患うる者ははなはだ少ない。 冒頭にいうがごとく僕は永く自分の身に顧みて、我は果たして一人前の仕事を為し終えたるか、我は果たして一人前の人となりしかという問題について、いささか所感を述べたが、これが解決は遺憾ながらいまだ述ぶることは出来ぬ。恐らくは何人といえども、己が身に顧みてこの問題を提出したならば、確固たる答えを為し得るものはあるまいと思う。もし為し得る人があるとすればもって世人に示して欲しい。僕がここに自分の迷いの径路を述べたのは、同じ問題に苦しめる人の参考に供したいからである。

書き下し

しかるにここに大いに考うべき一条は各自が果たして各自の容積いっぱいに水を含めるや否やの問題である。四斗樽大を備えても空なれば四升樽にも劣る。二合徳利でもいっぱいに満つれば一斗入りの空徳利に優さる。人もどれほど「王佐棟梁」の才であっても、これを利用もせず懶惰に日を送れば、小技小能なるいわゆる「斗筲の人」で正直に努める者に比して、一人前と称しがたく、ただ大なる「行尸走肉」たるに過ぎぬ。してみれば一人前の仕事とは各自がめいめい天賦の才能と力量のあらん限りを尽すことであろう。果たしてそうとすれば一人前の仕事を計る基準は当事者めいめいに存在するもので、己れ以外に求むべきものでなかろう。すなわち己れの仕事を計るものは己れ自身である。英国の大詩人テニソンの句に、 Self-reverence, self-knowledge, self-control, ―― These three alone lead life to sovereign power. (自尊、自知、自治の三路は、一生を導いて王者の位に達せしむるなり) と。太古ギリシアの神託に、 「己れを知れ」 とありしは自己の性質能力を覚り、もって自己の使命の何たるを認識することで、世には人を知らざるを患うる者がある。人の己れを知らざるを患うる者はさらに多いが、己れを知らざるを患うる者ははなはだ少ない。 冒頭にいうがごとく僕は永く自分の身に顧みて、我は果たして一人前の仕事を為し終えたるか、我は果たして一人前の人となりしかという問題について、いささか所感を述べたが、これが解決は遺憾ながらいまだ述ぶることは出来ぬ。恐らくは何人といえども、己が身に顧みてこの問題を提出したならば、確固たる答えを為し得るものはあるまいと思う。もし為し得る人があるとすればもって世人に示して欲しい。僕がここに自分の迷いの径路を述べたのは、同じ問題に苦しめる人の参考に供したいからである。

現代語訳

ところがここに大いに考えるべき一点は、各自がはたして各自の容積いっぱいに水を含んでいるかどうかという問題です。四斗樽ほどの大きさがあっても空であれば、四升樽にも劣ります。二合徳利でもいっぱいに満ちていれば、一斗入りの空の徳利に勝ります。人もどれほど「王佐棟梁」の才があっても、これを活用せず怠けて日を送れば、小技小能の、いわゆる「斗筲の人」で正直に努める者に比べて、一人前とは呼びにくく、ただ大きな「行尸走肉」にすぎません。そう考えれば、一人前の仕事とは、各自が天賦の才能と力量の限りを尽くすことでしょう。もしそうなら、一人前の仕事を測る基準は当事者それぞれにあるもので、自分以外に求めるべきものではないでしょう。つまり、自分の仕事を測るのは自分自身です。英国の大詩人テニソンの句に、 Self-reverence, self-knowledge, self-control, ―― These three alone lead life to sovereign power. (自尊、自知、自治の三つの道だけが、一生を導いて王者の位に達せしめる) とあります。大昔のギリシアの神託に、 「汝自身を知れ」 とあったのは、自分の性質や能力を悟って、自分の使命が何であるかを認識することです。世には人を知らないことを嘆く者がいます。人が自分を知らないことを嘆く者はさらに多いのですが、自分を知らないことを嘆く者はたいへん少ないのです。 冒頭に述べたように、私は長く自分の身を顧みて、自分ははたして一人前の仕事をし終えたか、自分ははたして一人前の人となったか、という問題について、いささか所感を述べましたが、遺憾ながらその解決はまだ述べることができません。おそらく誰でも、自分の身を顧みてこの問題を出したなら、確かな答えを出せる者はないでしょう。もし出せる人がいるなら、世の人に示してほしい。私がここに自分の迷いの経路を述べたのは、同じ問題に苦しむ人の参考にしたいからです。

解説

一人前の仕事の基準は、徳利の容積いっぱいに水が入っているか、つまり天賦の力を出し尽くしているかにあり、その物差しは自分以外にはないと新渡戸は結論づけます。大器でも怠ければ空の樽、小さくても満ちていれば勝るという比喩です。テニソンの自尊・自知・自治とギリシアの己を知れを引き、自分を知る難しさを述べて、自らも答えは出せていないと正直に締めます。他人との比較ではなく、自分の容量に対する充足度で測る考え方は、キャリアや育成の面談にも使えます。
『人生の方程式』の表紙

人生を、一行の式にしてみた。

志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。

本の中身を見る

この章句が説くこと

天賦全力自尊自知自治己を知れ徳利行尸走肉

関連する章句

本2冊(人生の方程式・人生の教科書)+師導1か月=700円本を見る