一枚起請文 / 証のための手印と結び
爲證以両手印 淨土宗の安心起行此一紙二至極せり。源空が所存此外二全ク別義を存ゼズ。滅後ノ邪義ヲふせがんが爲メニ所存を記し畢。 建歴二年正月二十三日 源空在判
新字:為証以両手印 浄土宗の安心起行此一紙二至極せり。源空が所存此外二全ク別義を存ゼズ。滅後ノ邪義ヲふせがんが為メニ所存を記し畢。 建歴二年正月二十三日 源空在判
書き下し
証のために両手印をもってす。 浄土宗の安心起行、この一紙に至極せり。源空が所存、このほかにまったく別義を存ぜず。滅後の邪義を防がんがために、所存を記し畢んぬ。 建暦二年正月二十三日 源空 在判
現代語訳
証拠のために、両手の印を押します。 浄土宗の安心と起行は、この一枚の紙に極まっております。私、源空の考えは、これ以外にまったく別の教えを持っておりません。私の死後に現れるであろう誤った解釈を防ぐために、思うところをここに記し終えました。 建暦二年正月二十三日 源空 花押(署名)
解説
結びで法然は、手形を押して自らの教えの真正を証しています。安心は信じる心の定め、起行は具体的な行いを指し、その両方がこの一枚に尽きると言います。日付は建暦二年(1212)正月二十三日で、法然は同月二十五日に亡くなったと伝わります。弟子たちが後に異なる解釈を立てることを見越し、自分の真意を一紙に封じたのです。組織でも、創業者や責任者が去ったあとに解釈が割れることは珍しくありません。大切な考えを、短く、署名と責任を添えて残しておく重みを教えてくれます。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
両手印安心起行源空建暦二年邪義遺言
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