法句経 / 第十八 塵垢の部 二五一 貪に比すべき火なし
二五一 貪に比すべき火なく、瞋に比すべき執なく、癡に比すべき網なく、愛に比すべき河なし。
新字:二五一 貪に比すべき火なく、瞋に比すべき執なく、痴に比すべき網なく、愛に比すべき河なし。
書き下し
二五一 貪に比すべき火なく、瞋に比すべき執なく、痴に比すべき網なく、愛に比すべき河なし。
現代語訳
貪り(むさぼり)に比べられるほどの火はなく、瞋り(いかり)に比べられるほどのとらわれはなく、癡(おろか)さに比べられるほどの網はなく、愛(渇愛、尽きることのない渇き)に比べられるほどの河はない。
解説
一偈に四つの比喩を並べた、簡潔で力強い偈である。前の三つは貪・瞋・癡、仏教で心を毒する根本の煩悩とされる三毒で、そこに愛、すなわち尽きない渇きが加わる。貪りは火に喩えられる。燃やすものがあるかぎり広がり、燃やしたものを灰にする。瞋りは「執」、捕らえて離さないものである。怒りは相手をつかんだまま離さず、実はつかんでいる自分のほうも動けなくする。癡さは網で、どこから入ったのかも出口もわからないまま絡め取られる。愛は河で、流れに身を任せているうちに遠くへ運ばれる。いずれも「比すべきなし」、これ以上のものはないと言い切る。外の火事や洪水より内の煩悩のほうが大きいという見方は、この経の随所に現れる。自分が何に焼かれ、何に流されているのか。一つずつ名前を付けてみるだけでも見え方が変わる。
関連する章句
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