法句経 / 第十八 塵垢の部 二三九・二四〇
二三九 賢人は漸々に分々に刹那刹那に、鍛工が銀の(垢を除くが)如く己の垢を除くべし。 二四〇 鐵より生ぜる錆は、鐵より生じて正に鐵を食ふが如く、是の如く不淨の行者は、自の業に由つて惡趣に導かる。
新字:二三九 賢人は漸々に分々に刹那刹那に、鍛工が銀の(垢を除くが)如く己の垢を除くべし。 二四〇 鉄より生ぜる錆は、鉄より生じて正に鉄を食ふが如く、是の如く不浄の行者は、自の業に由つて悪趣に導かる。
書き下し
二三九 賢人は漸々に分々に刹那刹那に、鍛工が銀の(垢を除くが)如く己の垢を除くべし。 二四〇 鉄より生ぜる錆は、鉄より生じて正に鉄を食ふが如く、是の如く不浄の行者は、自の業に由つて悪趣に導かる。
現代語訳
賢い人は少しずつ、分ごとに、刹那ごとに、鍛冶が銀の垢を除くように、自分の垢を除くべきである。鉄から生じた錆が、鉄から生じてまさに鉄を食うように、そのように不浄の行いをする者は、自分の業によって悪趣に導かれる。
解説
二三九は、修養の速度についての現実的な一句である。「漸々に分々に刹那刹那に」——少しずつ、分けて、その都度。鍛冶が銀を磨くのと同じで、一度に光らせることはできない。垢を除くという言い方も効いている。新しく何かを足すのではなく、もともとある地金から余計なものを取る作業である。二四〇は、そのまま裏返しの警告になる。錆は外から来ない。鉄そのものから生じ、その鉄を食う。人を損なうのは外の敵ではなく、自分の中から生じた自分の業だという。前偈と合わせると構図がはっきりする。垢も錆も、外から付いたのではなく内から出る。だから除く作業もまた、外に向かってではなく内側で行うほかない。
この章句が説くこと
鍛工が銀の垢を除く刹那刹那に鉄より生ぜる錆自の業