法句経 / 第二 不放逸の部 二五〜二七 暴流に漂はぬ洲
二五 奮勵により、不放逸により、制御により、又訓練により智者は暴流に漂蕩せられざる洲を作るべし。 二六 愚なる凡夫は放逸に耽る、智者は不放逸を護ること猶ほ珍財を護るが如くす。 二七 放逸に耽る勿れ、欲樂を習ふ勿れ、靜慮不放逸なる人は大なる樂を得。
新字:二五 奮励により、不放逸により、制御により、又訓練により智者は暴流に漂蕩せられざる洲を作るべし。 二六 愚なる凡夫は放逸に耽る、智者は不放逸を護ること猶ほ珍財を護るが如くす。 二七 放逸に耽る勿れ、欲楽を習ふ勿れ、静慮不放逸なる人は大なる楽を得。
書き下し
二五 奮励により、不放逸により、制御により、又訓練により智者は暴流に漂蕩せられざる洲を作るべし。 二六 愚なる凡夫は放逸に耽る、智者は不放逸を護ること猶ほ珍財を護るが如くす。 二七 放逸に耽る勿れ、欲楽を習ふ勿れ、静慮不放逸なる人は大なる楽を得。
現代語訳
奮い立って励むことにより、怠らないことにより、自らを制することにより、また自らを訓練することにより、賢い人は、激流(暴流)に押し流されない中洲(よりどころ)を築くべきである。愚かな凡夫は怠けることにふける。賢い人は、怠らないことを、あたかも貴い財宝を守るように守る。怠けることにふけってはならない。欲の楽しみに親しんではならない。静かに瞑想し怠らない人は、大きな楽しみを得る。
解説
不放逸の部の中ほどに置かれた三偈で、比喩が際立っている。二五偈の「暴流」は、欲や誤った見解などの煩悩が人を押し流す激流にたとえた語で、「洲」は荻原の注にあるとおり避難所、帰依所の意である。川が溢れても水に浸からない中洲を、奮励・不放逸・制御・訓練という四つの材で自ら築けという。洪水の最中に島は作れない。水の引いている平時にこそ土を盛っておく、という時間の感覚がこの比喩には込められている。二六偈は、愚者が放逸に耽るのに対して、智者は不放逸を珍財のように護るという。注意深さが、守らなければ失われる財産として扱われている。危機に強い人や組織は、危機の最中ではなく、平穏なときに自分の足場を固めているものである。
関連する章句
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