法華経 / 妙莊嚴王本事品第二十七(2)
「於是二子念其父故,湧在虛空,高七多羅樹,現種種神變,於虛空中、行住坐臥,身上出水、身下出火,身下出水、身上出火,或現大身滿虛空中,而復現小,小復現大,於空中滅,忽然在地,入地如水,履水如地,現如是等種種神變,令其父王心淨信解。時父見子神力如是,心大歡喜,得未曾有,合掌向子言:『汝等、師為是誰,誰之弟子?』二子白言:『大王,彼雲雷音宿王華智佛,今在七寶菩提樹下、法座上坐,於一切世間天人眾中、廣說法華經,是我等師,我是弟子。』父語子言:『我今亦欲見汝等師,可共俱往。』於是二子從空中下,到其母所,合掌白母:『父王今已信解,堪任發阿耨多羅三藐三菩提心。我等為父、已作佛事,願母見聽,於彼佛所、出家修道。』」 爾時二子欲重宣其意,以偈白母: 願母放我等、出家作沙門,諸佛甚難值,我等隨佛學。如優曇缽華,值佛復難是,脫諸難亦難,願聽我出家。 「母即告言:『聽汝出家。所以者何。佛難值故。』於是二子白父母言:『善哉、父母,願時往詣雲雷音宿王華智佛所、親近供養,所以者何。佛難得值,如優曇缽羅華,又如一眼之龜,值浮木孔。而我等宿福深厚,生值佛法,是故父母當聽我等,令得出家。所以者何。諸佛難值,時亦難遇。』」
新字:「於是二子念其父故,湧在虚空,高七多羅樹,現種種神変,於虚空中、行住坐臥,身上出水、身下出火,身下出水、身上出火,或現大身満虚空中,而復現小,小復現大,於空中滅,忽然在地,入地如水,履水如地,現如是等種種神変,令其父王心浄信解。時父見子神力如是,心大歓喜,得未曽有,合掌向子言:『汝等、師為是誰,誰之弟子?』二子白言:『大王,彼雲雷音宿王華智仏,今在七宝菩提樹下、法座上坐,於一切世間天人衆中、広説法華経,是我等師,我是弟子。』父語子言:『我今亦欲見汝等師,可共倶往。』於是二子従空中下,到其母所,合掌白母:『父王今已信解,堪任発阿耨多羅三藐三菩提心。我等為父、已作仏事,願母見聴,於彼仏所、出家修道。』」 爾時二子欲重宣其意,以偈白母: 願母放我等、出家作沙門,諸仏甚難値,我等随仏学。如優曇鉢華,値仏復難是,脱諸難亦難,願聴我出家。 「母即告言:『聴汝出家。所以者何。仏難値故。』於是二子白父母言:『善哉、父母,願時往詣雲雷音宿王華智仏所、親近供養,所以者何。仏難得値,如優曇鉢羅華,又如一眼之亀,値浮木孔。而我等宿福深厚,生値仏法,是故父母当聴我等,令得出家。所以者何。諸仏難値,時亦難遇。』」
書き下し
「是に於いて二子、其の父を念うが故に、湧きて虚空に在ること、高さ七多羅樹、種種の神変を現じ、虚空の中に於いて、行住坐臥し、身の上より水を出だし、身の下より火を出だし、身の下より水を出だし、身の上より火を出だし、或いは大身を現じて虚空の中に満ち、而も復小を現じ、小は復大を現じ、空中に於いて滅し、忽然として地に在り、地に入ること水の如く、水を履むこと地の如し。是の如き等の種種の神変を現じて、其の父王をして、心浄く信解せしむ。時に父、子の神力の是の如くなるを見て、心大いに歓喜し、未曾有なることを得て、合掌して子に向かって言わく。『汝等の師は是れ誰とか為す、誰が弟子ぞ。』二子白して言さく。『大王よ、彼の雲雷音宿王華智仏、今七宝の菩提樹の下、法座の上に在して坐し、一切世間の天人衆の中に於いて、広く法華経を説きたまう。是れ我等が師なり、我は是れ弟子なり。』父、子に語って言わく。『我今亦、汝等が師を見んと欲す、共に倶に往くべし。』是に於いて二子、空中より下り、其の母の所に到り、合掌して母に白さく。『父王今已に信解し、阿耨多羅三藐三菩提心を発すに堪任せり。我等、父の為に已に仏事を作せり。願わくは母よ、見聴したまえ、彼の仏の所に於いて出家して道を修せん。』」 爾の時、二子、重ねて其の意を宣べんと欲して、偈を以て母に白さく、 願わくは母よ、我等を放して、出家して沙門と作らしめたまえ。諸仏には甚だ値い難し、我等は仏に随って学ばん。優曇鉢華の如く、仏に値うことは復難し、諸難を脱るること亦難し、願わくは我が出家を聴したまえ。 「母、即ち告げて言わく。『汝が出家を聴す。所以は何ん。仏には値い難きが故なり。』是に於いて二子、父母に白して言さく。『善いかな、父母よ。願わくは時に往いて雲雷音宿王華智仏の所に詣り、親近し供養したまえ。所以は何ん。仏には値うことを得難きこと、優曇鉢羅華の如く、又一眼の亀の、浮木の孔に値うが如し。而も我等は宿福深厚にして、生まれて仏法に値えり。是の故に父母よ、当に我等を聴して、出家することを得せしめたまえ。所以は何ん。諸仏には値い難く、時にも亦遇い難ければなり。』」
現代語訳
こうして二人の子は父を思い、高さ七多羅樹ほどの虚空に湧き上がり、さまざまな神変を現しました。虚空の中で歩き、とどまり、座り、横になり、身の上から水を出し身の下から火を出し、また身の下から水を出し身の上から火を出しました。あるいは大きな身を現して虚空に満ち、また小さくなり、小さいものがまた大きくなり、空中で姿を消したかと思うと、突然地上に現れ、地に入るのは水に入るようで、水の上を歩くのは地を歩くようでした。このような神変を現して、父である王の心を清らかにし、信じ理解させました。父は子の神力を見て大いに喜び、いまだかつてないことだと思い、合掌して子に言いました。あなたたちの師は誰か、誰の弟子なのか。二人は答えました。大王よ、雲雷音宿王華智仏が、いま七宝の菩提樹の下の法座に坐し、すべての天人の大衆の中で、広く法華経を説いておられます。この方が私たちの師で、私たちは弟子です。父は子に言いました。私もあなたたちの師に会いたい、一緒に行こう。そこで二人は空から降り、母のもとに行き、合掌して申しました。父王はいま信じ理解し、阿耨多羅三藐三菩提の心を起こすことができる状態になりました。私たちは父のために、すでに仏事を成し遂げました。どうか母上、お許しください。あの仏のもとで出家して道を修めます。 そのとき二人の子は、重ねて思いを述べようとして、偈で母に申しました。 どうか母上、私たちを送り出し、出家して修行者にならせてください。諸仏にはなかなか値えません。私たちは仏に従って学びます。優曇鉢華のように、仏に値うことはまた難しく、さまざまな難を逃れることも難しいのです。どうか私たちの出家をお許しください。 母はすぐに言いました。あなたたちの出家を許します。なぜなら、仏には値いがたいからです。そこで二人は父母に申しました。ありがたいことです、父母よ。どうか今、雲雷音宿王華智仏のところに行き、親しく近づいて供養してください。なぜなら、仏に値うことは、優曇鉢羅華が咲くように稀で、また一つ目の亀が浮かぶ木の穴に出会うようなものだからです。私たちは前世からの福が深く厚く、仏法に値う世に生まれました。ですから父母よ、どうか私たちに出家をお許しください。なぜなら、諸仏には値いがたく、その時に遇うこともまた難しいからです。
解説

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法華経・妙莊嚴王本事品第二十七(4)「爾の時、彼の仏、王の為に法を説き、示教利喜したまう。王大いに歓悦す。爾の時、妙荘厳王、及び其の夫人、頸の真珠の瓔珞の、価値百千なるを解きて、以て仏の上に散ず。虚空の中に於いて、化して四柱の宝台と成り、台の中に大宝床有り、百千万の天衣を敷き、其の上に仏有して、結跏趺坐し、大光明を放ちたまう。爾の時、妙荘厳王、是の念を作さく。『仏身は希有なり、端厳殊特にして、第一微妙の色を成就したまえり。』時に雲雷音宿王華智仏、四衆に告げて言わく。『汝等、是の妙荘厳王の、我が前に於いて合掌して立てるを見るや否や。此の王、我が法の中に於いて、比丘と作り、精勤して助仏道の法を修習し、当に作仏することを得て、号を娑羅樹王と曰い、国を大光と名づけ、劫を大高王と名づくべし。其の娑羅樹王仏には、無量の菩薩衆、及び無量の声聞有り、其の国は平正にして、功徳是の如し。』其の王、即時に国を以て弟に付し、夫人、二子、並びに諸の眷属と、仏法の中に於いて出家して道を修す。王、出家し已りて、八万四千歳に於いて、常に勤め精進して、妙法華経を修行し、是れを過ぎて已後に、一切浄功徳荘厳三昧を得たり。即ち虚空に升ること、高さ七多羅樹、而も仏に白して言さく。『世尊よ、此の我が二子は、已に仏事を作し、神通変化を以て、我が邪心を転じ、仏法の中に安住することを得せしめ、世尊を見ることを得たり。此の二子は、是れ我が善知識なり。宿世の善根を発起して、我を饒益せんと欲するが為に、来たりて我が家に生まれたり。』」
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