法華経 / 觀世音菩薩普門品第二十五(4)
無盡意。是觀世音菩薩。成就如是功德。以種種形。遊諸國土度脫眾生。是故汝等。應當一心供養觀世音菩薩。是觀世音菩薩摩訶薩。於怖畏急難之中能施無畏。是故此娑婆世界。皆號之為施無畏者。 無盡意菩薩白佛言。世尊。我今當供養觀世音菩薩。即解頸眾寶珠瓔珞。價值百千兩金。而以與之。作是言。仁者。受此法施。珍寶瓔珞。時觀世音菩薩。不肯受之。無盡意復白觀世音菩薩言。仁者。愍我等故。受此瓔珞。 爾時佛告觀世音菩薩。當愍此無盡意菩薩。及四眾、天、龍、夜叉、乾闥婆、阿修羅、迦樓羅、緊那羅、摩睺羅伽、人、非人等故。受是瓔珞。 即時觀世音菩薩愍諸四眾。及於天、龍、人、非人等。受其瓔珞。分作二分。一分奉釋迦牟尼佛。一分奉多寶佛塔。 無盡意。觀世音菩薩。有如是自在神力。遊於娑婆世界。 爾時無盡意菩薩。以偈問曰: 世尊妙相具,我今重問彼,佛子何因緣,名為觀世音?具足妙相尊,偈答無盡意:汝聽觀音行,善應諸方所, 弘誓深如海,歷劫不思議,侍多千億佛,發大清淨願。我為汝略說,聞名及見身,心念不空過,能滅諸有苦。 假使興害意,推落大火坑,念彼觀音力,火坑變成池。或漂流巨海,龍魚諸鬼難,念彼觀音力,波浪不能沒。
新字:無尽意。是観世音菩薩。成就如是功徳。以種種形。遊諸国土度脱衆生。是故汝等。応当一心供養観世音菩薩。是観世音菩薩摩訶薩。於怖畏急難之中能施無畏。是故此娑婆世界。皆号之為施無畏者。 無尽意菩薩白仏言。世尊。我今当供養観世音菩薩。即解頸衆宝珠瓔珞。価値百千両金。而以与之。作是言。仁者。受此法施。珍宝瓔珞。時観世音菩薩。不肯受之。無尽意復白観世音菩薩言。仁者。愍我等故。受此瓔珞。 爾時仏告観世音菩薩。当愍此無尽意菩薩。及四衆、天、竜、夜叉、乾闥婆、阿修羅、迦楼羅、緊那羅、摩睺羅伽、人、非人等故。受是瓔珞。 即時観世音菩薩愍諸四衆。及於天、竜、人、非人等。受其瓔珞。分作二分。一分奉釈迦牟尼仏。一分奉多宝仏塔。 無尽意。観世音菩薩。有如是自在神力。遊於娑婆世界。 爾時無尽意菩薩。以偈問曰: 世尊妙相具,我今重問彼,仏子何因縁,名為観世音?具足妙相尊,偈答無尽意:汝聴観音行,善応諸方所, 弘誓深如海,歴劫不思議,侍多千億仏,発大清浄願。我為汝略説,聞名及見身,心念不空過,能滅諸有苦。 仮使興害意,推落大火坑,念彼観音力,火坑変成池。或漂流巨海,竜魚諸鬼難,念彼観音力,波浪不能没。
書き下し
無尽意よ。是の観世音菩薩は、是の如き功徳を成就し、種種の形を以て諸の国土に遊び、衆生を度脱す。是の故に汝等、応当に一心に観世音菩薩を供養すべし。是の観世音菩薩摩訶薩は、怖畏急難の中に於いて能く無畏を施す。是の故に此の娑婆世界には、皆之を号して施無畏者と為す。 無尽意菩薩、仏に白して言さく。世尊、我今当に観世音菩薩を供養すべし、と。即ち頸の衆宝珠の瓔珞の、価値百千両金なるを解きて、而も以て之に与う。是の言を作さく。仁者よ、此の法施の珍宝の瓔珞を受けたまえ、と。時に観世音菩薩、肯えて之を受けず。無尽意、復観世音菩薩に白して言さく。仁者よ、我等を愍れむが故に、此の瓔珞を受けたまえ、と。 爾の時、仏、観世音菩薩に告げたまわく。当に此の無尽意菩薩、及び四衆、天、龍、夜叉、乾闥婆、阿修羅、迦楼羅、緊那羅、摩睺羅伽、人、非人等を愍れむが故に、是の瓔珞を受くべし、と。 即時に観世音菩薩、諸の四衆、及び天、龍、人、非人等を愍れみて、其の瓔珞を受け、分ちて二分と作し、一分は釈迦牟尼仏に奉り、一分は多宝仏の塔に奉る。 無尽意よ。観世音菩薩は、是の如き自在の神力有りて、娑婆世界に遊ぶ。 爾の時、無尽意菩薩、偈を以て問うて曰く、 世尊は妙相を具えたまえり、我今重ねて彼を問う、仏子何の因縁ありてか、名づけて観世音と為す。妙相を具足せる尊、偈をもって無尽意に答えたまわく、汝、観音の行の、善く諸の方所に応ずるを聴け。 弘誓の深きこと海の如く、歴劫にも不思議なり、多千億の仏に侍えて、大清浄の願を発せり。我、汝が為に略して説かん、名を聞き及び身を見、心に念じて空しく過ごさざれば、能く諸有の苦を滅す。 仮使い害意を興し、大火坑に推し落とさんに、彼の観音の力を念ずれば、火坑変じて池と成らん。或いは巨海に漂流して、龍魚諸鬼の難あらんに、彼の観音の力を念ずれば、波浪も没すること能わず。
現代語訳
無尽意よ、この観世音菩薩はこのような功徳を成し遂げ、さまざまな姿で国々を巡り、人々を苦しみから解き放ちます。ですからあなたがたは、一心に観世音菩薩を供養しなさい。この観世音菩薩は、恐れや急な災難のさなかにあって、恐れなき安心を施します。そのためこの娑婆世界では、皆が観世音菩薩を施無畏者と呼んでいるのです。 無尽意菩薩は仏に申し上げました。世尊、私はいま観世音菩薩を供養いたします。そう言って、首にかけた百千両の金にあたる宝珠の首飾りをはずし、観世音菩薩に差し出して言いました。仁者よ、この法施の宝の首飾りをお受けください。しかし観世音菩薩は受け取ろうとしません。無尽意はもう一度申し上げました。仁者よ、私たちをあわれんで、この首飾りをお受けください。 そこで仏は観世音菩薩に告げられました。この無尽意菩薩と、出家在家の四衆、天、龍、夜叉、乾闥婆、阿修羅、迦楼羅、緊那羅、摩睺羅伽、人、人ならざるものたちをあわれんで、この首飾りを受けなさい。 すぐに観世音菩薩は、四衆と天、龍、人、人ならざるものたちをあわれんで首飾りを受け取り、二つに分けて、一つを釈迦牟尼仏に、一つを多宝仏の塔に捧げました。 無尽意よ、観世音菩薩にはこのような自在の神通力があり、娑婆世界を巡っているのです。 そのとき無尽意菩薩は偈で問いました。 世尊は優れた相を備えておられます。私はいま重ねてお尋ねします。仏の子である観世音は、どのような因縁で、その名で呼ばれるのでしょうか。優れた相を備えた世尊は、偈で無尽意にお答えになりました。あなたは、観音のはたらきが、あらゆる場所に巧みに応じることをよく聴きなさい。 誓いの深いことは海のようで、長い時を経ても思いはかれません。幾千億の仏に仕え、大いなる清らかな願を起こしました。私はあなたのために略して説きましょう。名を聞き、姿を見て、心に念じて空しく過ごさなければ、あらゆる苦しみを滅することができます。 たとえ害をなそうとする者が、大きな火の穴に突き落としても、観音の力を念じれば、火の穴は池に変わります。あるいは大海に漂い、龍や魚や鬼の難にあっても、観音の力を念じれば、波にのまれることはありません。
解説

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法華経・觀世音菩薩普門品第二十五(1)その時、無尽意菩薩、即ち座より起ち、偏えに右肩を袒にし、合掌して仏に向かい、この言を作さく、「世尊よ、観世音菩薩は、何の因縁を以て、観世音と名づくるや。」 仏、無尽意菩薩に告げたまわく、「善男子よ、もし無量百千万億の衆生有りて、諸の苦悩を受けんに、この観世音菩薩を聞きて、一心に名を称せば、観世音菩薩は、即時にその音声を観じて、皆解脱を得しめん。もしこの観世音菩薩の名を持つ者有らば、設い大火に入るとも、火も焼くこと能わず。この菩薩の威神力に由るが故なり。もし大水に漂わされんに、その名号を称せば、即ち浅き処を得ん。もし百千万億の衆生有りて、金・銀・瑠璃・硨磲・瑪瑙・珊瑚・琥珀・真珠等の宝を求めんが為に、大海に入らんに、仮使い黒風、その船舫を吹きて、羅刹鬼の国に飄堕せんに、その中にもし乃至一人にても、観世音菩薩の名を称せば、この諸人等、皆羅刹の難を解脱することを得ん。この因縁を以て、観世音と名づく。もしまた人有りて、当に害せられんとするに臨みて、観世音菩薩の名を称せば、かの執る所の刀杖、尋いで段段に壊れて、解脱を得ん。もし三千大千国土に、中に満てる夜叉・羅刹の、来たりて人を悩まさんと欲するも、その観世音菩薩の名を称するを聞かば、この諸の悪鬼、尚お悪眼を以てこれを視ること能わず、況んや復害を加えんや。設い復人有りて、もしは罪有り、もしは罪無く、杻械・枷鎖もて其の身を検繋せんに、観世音菩薩の名を称せば、皆悉く断壊して、即ち解脱を得ん。もし三千大千国土に、中に満てる怨賊あらんに、一りの商主有り、諸の商人を将いて、重宝を齎持し、険路を経過せんに、その中の一人、この唱言を作さく、諸の善男子よ、恐怖すること勿れ。汝等、応当に一心に観世音菩薩の名号を称すべし。この菩薩は能く無畏を以て、衆生に施したもう。汝等もし名を称せば、この怨賊より当に解脱を得べし、と。衆の商人聞きて、倶に声を発して言わく、南無観世音菩薩、と。其の名を称するが故に、即ち解脱を得たり。」
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法華経・觀世音菩薩普門品第二十五(2)無尽意よ、観世音菩薩摩訶薩の威神の力は、巍巍としてかくの如し。もし衆生有りて、婬欲多からんに、常に観世音菩薩を念じ恭敬せば、便ち欲を離るることを得ん。もし瞋恚多からんに、常に観世音菩薩を念じ恭敬せば、便ち瞋を離るることを得ん。もし愚癡多からんに、常に観世音菩薩を念じ恭敬せば、便ち癡を離るることを得ん。 無尽意よ、観世音菩薩は、かくの如き等の大威神力有りて、饒益する所多し。この故に衆生は、常に応に心に念ずべし。もし女人有りて、設い男を求めんと欲せば、観世音菩薩を礼拝し供養せよ。便ち福徳智慧の男を生まん。設い女を求めんと欲せば、便ち端正有相の女を生まん。宿に徳本を植えて、衆人に愛敬せらるべし。 無尽意よ、観世音菩薩には、かくの如き力有り。もし衆生有りて、観世音菩薩を恭敬し礼拝せば、福は唐しく捐てられず。この故に衆生は、皆応に観世音菩薩の名号を受持すべし。 無尽意よ、もし人有りて、六十二億恒河沙の菩薩の名字を受持し、復形を尽くすまで、飲食・衣服・臥具・医薬を供養せんに、汝が意においていかん。この善男子・善女人の功徳は多しや不や。 無尽意の言わく、「甚だ多し、世尊よ。」 仏の言わく、「もし復人有りて、観世音菩薩の名号を受持し、乃至一時にても礼拝し供養せば、この二人の福は、正に等しくして異なること無し。百千万億劫においても窮め尽くすべからず。無尽意よ、観世音菩薩の名号を受持せば、かくの如き無量無辺の福徳の利を得ん。」 無尽意菩薩、仏に白して言さく、「世尊よ、観世音菩薩は、云何が此の娑婆世界に遊びたもうや。云何が衆生のために法を説きたもうや。方便の力、その事云何。」
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法華経・觀世音菩薩普門品第二十五(5)或いは須弥の峰に在りて、人の為に推し堕とされんに、彼の観音の力を念ずれば、日の如くして虚空に住せん。或いは悪人に逐われて、金剛山より堕落せんに、彼の観音の力を念ずれば、一毛をも損ずること能わず。 或いは怨賊の繞みて、各刀を執りて害を加えんに値うも、彼の観音の力を念ずれば、咸く即ち慈心を起こさん。或いは王難の苦に遭い、刑に臨みて寿終らんと欲するも、彼の観音の力を念ずれば、刀尋いで段段に壊れん。 或いは囚禁され枷鎖せられ、手足に杻械を被るも、彼の観音の力を念ずれば、釈然として解脱を得ん。呪詛と諸の毒薬とにて、身を害せんと欲せらるるも、彼の観音の力を念ずれば、還って本人に著きなん。 或いは悪羅刹、毒龍、諸鬼等に遇うも、彼の観音の力を念ずれば、時に悉く敢えて害せず。若し悪獣に囲遶せられ、利き牙爪の怖るべきも、彼の観音の力を念ずれば、疾く無辺の方に走らん。 蚖蛇及び蝮蠍の、気毒の煙火のごとく燃ゆるも、彼の観音の力を念ずれば、声を尋ねて自ら迴り去らん。雲雷鼓し掣電し、雹を降らし大雨を澍ぐも、彼の観音の力を念ずれば、時に応じて消散することを得ん。 衆生困厄を被り、無量の苦身を逼むるも、観音の妙智の力は、能く世間の苦を救う。神通力を具足し、広く智の方便を修して、十方の諸の国土に、刹として身を現ぜざること無し。 種種の諸の悪趣、地獄、鬼、畜生、生老病死の苦、以て漸く悉く滅せしむ。真観、清浄観、広大智慧観、悲観、及び慈観あり、常に願い常に瞻仰すべし。 無垢清浄の光、慧日、諸の闇を破り、能く災の風火を伏して、普く明らかに世間を照らす。悲の体は戒めて雷のごとく震い、慈の意は妙なる大雲のごとし、甘露の法雨を澍ぎ、煩悩の焰を滅除す。 諍訟して官処を経、軍陣の中に怖畏するも、彼の観音の力を念ずれば、衆の怨み悉く退散せん。妙音、観世音、梵音、海潮音、世間の音に勝れたり、是の故に須く常に念ずべし、 念念に疑いを生ずること勿れ。観世音は浄聖なり、苦悩死厄に於いて、能く為に依怙と作る。一切の功徳を具し、慈眼をもって衆生を視たまう、福聚の海は無量なり、是の故に応に頂礼すべし。 爾の時、持地菩薩、即ち座より起ちて、前みて仏に白して言さく。世尊、若し衆生有りて、是の観世音菩薩品の自在の業、普門示現の神通力を聞かん者は、当に知るべし、是の人の功徳少なからず、と。 仏、是の普門品を説きたまいし時、衆の中の八万四千の衆生、皆無等等の阿耨多羅三藐三菩提の心を発しき。
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法華経・觀世音菩薩普門品第二十五(3)仏、無尽意菩薩に告げたまわく。善男子よ。若し国土の衆生、仏身を以て得度すべき者には、観世音菩薩、即ち仏身を現じて為に法を説く。辟支仏身を以て得度すべき者には、即ち辟支仏身を現じて為に法を説く。声聞身を以て得度すべき者には、即ち声聞身を現じて為に法を説く。梵王身を以て得度すべき者には、即ち梵王身を現じて為に法を説く。帝釈身を以て得度すべき者には、即ち帝釈身を現じて為に法を説く。自在天身を以て得度すべき者には、即ち自在天身を現じて為に法を説く。大自在天身を以て得度すべき者には、即ち大自在天身を現じて為に法を説く。天大将軍身を以て得度すべき者には、即ち天大将軍身を現じて為に法を説く。毘沙門身を以て得度すべき者には、即ち毘沙門身を現じて為に法を説く。小王身を以て得度すべき者には、即ち小王身を現じて為に法を説く。長者身を以て得度すべき者には、即ち長者身を現じて為に法を説く。居士身を以て得度すべき者には、即ち居士身を現じて為に法を説く。宰官身を以て得度すべき者には、即ち宰官身を現じて為に法を説く。婆羅門身を以て得度すべき者には、即ち婆羅門身を現じて為に法を説く。比丘、比丘尼、優婆塞、優婆夷身を以て得度すべき者には、即ち比丘、比丘尼、優婆塞、優婆夷身を現じて為に法を説く。長者、居士、宰官、婆羅門の婦女身を以て得度すべき者には、即ち婦女身を現じて為に法を説く。童男、童女身を以て得度すべき者には、即ち童男、童女身を現じて為に法を説く。天、龍、夜叉、乾闥婆、阿修羅、迦楼羅、緊那羅、摩睺羅伽、人、非人等の身を以て得度すべき者には、即ち皆之を現じて為に法を説く。執金剛神を以て得度すべき者には、即ち執金剛神を現じて為に法を説く。
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