法華経 / 分別功德品第十七(3)
佛說稀有法,昔所未曾聞,世尊有大力,壽命不可量。無數諸佛子,聞世尊分別,說得法利者,歡喜充遍身。 或住不退地,或得陀羅尼,或無礙樂說、萬億旋總持,或有大千界、微塵數菩薩,各各皆能轉,不退之法輪。 復有中千界、微塵數菩薩,各各皆能轉,清淨之法輪。復有小千界、微塵數菩薩,餘各八生在,當得成佛道。 復有四三二、如此四天下、微塵諸菩薩,隨數生成佛。或一四天下、微塵數菩薩,餘有一生在,當成一切智。 如是等眾生,聞佛壽長遠,得無量無漏,清淨之果報。復有八世界、微塵數眾生,聞佛說壽命,皆發無上心。 世尊說無量,不可思議法,多有所饒益,如虛空無邊。雨天曼陀羅、摩訶曼陀羅,釋梵如恒沙,無數佛土來。 雨栴檀沈水,繽紛而亂墜,如鳥飛空下,供散於諸佛。天鼓虛空中、自然出妙聲,天衣千萬種、旋轉而來下, 眾寶妙香爐,燒無價之香,自然悉周遍、供養諸世尊。其大菩薩眾,執七寶幡蓋,高妙萬億種,次第至梵天, 一一諸佛前,寶幢懸勝幡。亦以千萬偈、歌詠諸如來。如是種種事,昔所未曾有,聞佛壽無量,一切皆歡喜。 佛名聞十方,廣饒益眾生,一切具善根,以助無上心。
新字:仏説稀有法,昔所未曽聞,世尊有大力,寿命不可量。無数諸仏子,聞世尊分別,説得法利者,歓喜充遍身。 或住不退地,或得陀羅尼,或無礙楽説、万億旋総持,或有大千界、微塵数菩薩,各各皆能転,不退之法輪。 復有中千界、微塵数菩薩,各各皆能転,清浄之法輪。復有小千界、微塵数菩薩,余各八生在,当得成仏道。 復有四三二、如此四天下、微塵諸菩薩,随数生成仏。或一四天下、微塵数菩薩,余有一生在,当成一切智。 如是等衆生,聞仏寿長遠,得無量無漏,清浄之果報。復有八世界、微塵数衆生,聞仏説寿命,皆発無上心。 世尊説無量,不可思議法,多有所饒益,如虚空無辺。雨天曼陀羅、摩訶曼陀羅,釈梵如恒沙,無数仏土来。 雨栴檀沈水,繽紛而乱墜,如鳥飛空下,供散於諸仏。天鼓虚空中、自然出妙声,天衣千万種、旋転而来下, 衆宝妙香炉,焼無価之香,自然悉周遍、供養諸世尊。其大菩薩衆,執七宝幡蓋,高妙万億種,次第至梵天, 一一諸仏前,宝幢懸勝幡。亦以千万偈、歌詠諸如来。如是種種事,昔所未曽有,聞仏寿無量,一切皆歓喜。 仏名聞十方,広饒益衆生,一切具善根,以助無上心。
書き下し
仏、稀有の法を説きたもう、昔より未だ曽て聞かざる所なり。世尊は大力有り、寿命量るべからず。無数の仏子、世尊の分別して、法利を得る者を説きたもうを聞きて、歓喜、身に充ち遍し。 或いは不退地に住し、或いは陀羅尼を得、或いは無礙楽説、万億の旋総持あり。或いは大千界、微塵数の菩薩有りて、各各皆な能く不退の法輪を転ず。 復た中千界、微塵数の菩薩有りて、各各皆な能く清浄の法輪を転ず。復た小千界、微塵数の菩薩有りて、余の各八生在りて、当に仏道を成ずることを得べし。 復た四三二、此くの如き四天下、微塵の諸の菩薩、数に随いて生じて仏と成らん。或いは一四天下、微塵数の菩薩、余、一生在ること有りて、当に一切智を成ずべし。 是くの如き等の衆生、仏の寿の長遠なるを聞きて、無量の無漏、清浄の果報を得。復た八世界、微塵数の衆生有りて、仏の寿命を説きたもうを聞きて、皆な無上心を発す。 世尊、無量、不可思議の法を説きたもう、多く饒益する所有ること、虚空の無辺なるが如し。天の曼陀羅、摩訶曼陀羅を雨らし、釈梵、恒沙の如く、無数の仏土より来たる。 栴檀、沈水を雨らし、繽紛として乱れ墜つること、鳥の空を飛びて下るが如く、諸仏に供散す。天鼓、虚空の中に、自然に妙なる声を出し、天衣千万種、旋転して来下す。 衆宝の妙なる香炉に、無価の香を焼き、自然に悉く周遍して、諸の世尊に供養す。其の大菩薩衆、七宝の幡蓋を執り、高妙なること万億種、次第に梵天に至る。 一一の諸仏の前に、宝幢、勝れたる幡を懸く。亦た千万の偈を以て、諸の如来を歌詠す。是くの如き種種の事、昔より未だ曽て有らざる所なり、仏の寿の無量なるを聞きて、一切皆な歓喜す。 仏の名、十方に聞こえ、広く衆生を饒益し、一切、善根を具えて、以て無上心を助く。
現代語訳
仏は稀有の法を説かれました。昔から一度も聞いたことのないものです。世尊には大きな力があり、その寿命ははかり知れません。数えきれない仏の子らは、世尊が法の利益を得た者を区別して説かれるのを聞き、歓喜が身に満ちあふれました。 ある者は退くことのない位に住し、ある者は陀羅尼を得、ある者はさえぎりのない説法の力や、万億の旋総持を得ました。あるいは大千世界の微塵の数ほどの菩薩がいて、それぞれ退くことのない法輪を転じることができます。 また中千世界の微塵の数ほどの菩薩がいて、それぞれ清浄な法輪を転じることができます。また小千世界の微塵の数ほどの菩薩がいて、あと八回生まれ変われば仏の道を成就するでしょう。 さらに、四つ、三つ、二つの四天下の微塵の数ほどの菩薩たちは、その数だけ生まれ変わって仏になります。あるいは一つの四天下の微塵の数ほどの菩薩は、あと一度生まれれば、一切智を成就するでしょう。 このような衆生たちは、仏の寿命が長く遠いことを聞いて、量りなく汚れのない清浄な果報を得ました。また八つの世界の微塵の数ほどの衆生が、仏の寿命の説法を聞いて、みな無上の心を起こしました。 世尊は、量りなく不可思議な法を説かれ、その恩恵は虚空のように果てしがありません。天の曼陀羅華、摩訶曼陀羅華が降り、帝釈天や梵天がガンジス川の砂ほども、数えきれない仏の国土から来集しました。 栴檀や沈水が降り注ぎ、乱れ散るさまは鳥が空から舞い降りるようで、諸仏に供え散らされます。天の鼓は虚空でひとりでに妙なる音を出し、千万種の天衣がひるがえって降りてきます。 多くの宝の見事な香炉では値のつけられない香が焚かれ、自然にあまねく行き渡って、世尊方に供養します。大菩薩の衆は七宝の幡や天蓋を手にし、その高く妙なることは万億種にのぼり、次々と梵天にまで至ります。 一人一人の仏の前には、宝の幢とすぐれた幡が掛けられています。また千万の偈で、如来方を歌い讃えます。このようなさまざまなことは昔から一度もなかったことで、仏の寿命が無量だと聞いて、すべての者が歓喜しました。 仏の名は十方に聞こえ、広く衆生を恵み、すべての者が善根をそなえて、無上の心を助けます。
解説

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