法華経 / 分別功德品第十七(5)
若人求佛慧,於八十萬億、那由他劫數、行五波羅蜜。於是諸劫中,布施供養佛、及緣覺弟子、並諸菩薩眾, 珍異之飲食、上服與臥具,栴檀立精舍,以園林莊嚴。如是等布施,種種皆微妙,盡此諸劫數,以回向佛道。 若復持禁戒,清淨無缺漏,求於無上道,諸佛之所歎。若復行忍辱,住於調柔地,設眾惡來加,其心不傾動。 諸有得法者,懷於增上慢,為此所輕惱,如是亦能忍。若復勤精進,志念常堅固,於無量億劫、一心不懈息。 又於無數劫,住於空閒處,若坐若經行,除睡常攝心,以是因緣故,能生諸禪定,八十億萬劫、安住心不亂, 持此一心福,願求無上道。我得一切智,盡諸禪定際,是人於百千、萬億劫數中、行此諸功德,如上之所說。 有善男女等,聞我說壽命,乃至一念信,其福過於彼。若人悉無有,一切諸疑悔,深心須臾信,其福為如此。 其有諸菩薩,無量劫行道,聞我說壽命,是則能信受。如是諸人等,頂受此經典,願我於未來,長壽度眾生, 如今日世尊、諸釋中之王,道場師子吼,說法無所畏。我等未來世,一切所尊敬,坐於道場時,說壽亦如是。 若有深心者,清淨而質直,多聞能總持,隨義解佛語,如是諸人等,於此無有疑。
新字:若人求仏慧,於八十万億、那由他劫数、行五波羅蜜。於是諸劫中,布施供養仏、及縁覚弟子、並諸菩薩衆, 珍異之飲食、上服与臥具,栴檀立精舎,以園林荘厳。如是等布施,種種皆微妙,尽此諸劫数,以回向仏道。 若復持禁戒,清浄無欠漏,求於無上道,諸仏之所嘆。若復行忍辱,住於調柔地,設衆悪来加,其心不傾動。 諸有得法者,懐於增上慢,為此所軽悩,如是亦能忍。若復勤精進,志念常堅固,於無量億劫、一心不懈息。 又於無数劫,住於空閒処,若坐若経行,除睡常摂心,以是因縁故,能生諸禅定,八十億万劫、安住心不乱, 持此一心福,願求無上道。我得一切智,尽諸禅定際,是人於百千、万億劫数中、行此諸功徳,如上之所説。 有善男女等,聞我説寿命,乃至一念信,其福過於彼。若人悉無有,一切諸疑悔,深心須臾信,其福為如此。 其有諸菩薩,無量劫行道,聞我説寿命,是則能信受。如是諸人等,頂受此経典,願我於未来,長寿度衆生, 如今日世尊、諸釈中之王,道場師子吼,説法無所畏。我等未来世,一切所尊敬,坐於道場時,説寿亦如是。 若有深心者,清浄而質直,多聞能総持,随義解仏語,如是諸人等,於此無有疑。
書き下し
若し人、仏慧を求めて、八十万億、那由他劫の数に於いて、五波羅蜜を行ぜん。是の諸劫の中に於いて、布施して仏、及び縁覚、弟子、並びに諸の菩薩衆に供養し、 珍異の飲食、上服と臥具、栴檀もて精舎を立て、園林を以て荘厳す。是くの如き等の布施、種種皆な微妙なり、此の諸の劫数を尽くして、以て仏道に回向せん。 若し復た禁戒を持ち、清浄にして欠漏無く、無上道を求めて、諸仏の歎ずる所ならん。若し復た忍辱を行じ、調柔の地に住し、設い衆悪来たり加うとも、其の心傾動せず。 諸の法を得ること有る者の、増上慢を懐き、此れが為に軽しめ悩まさるるも、是くの如きをも亦た能く忍ばん。若し復た勤めて精進し、志念常に堅固にして、無量億劫に於いて、一心にして懈息せず。 又た無数劫に於いて、空閑の処に住し、若しは坐し若しは経行し、睡を除いて常に心を摂め、是の因縁を以ての故に、能く諸の禅定を生じ、八十億万劫、安住して心乱れず。 此の一心の福を持って、無上道を求むることを願う。我れ一切智を得て、諸の禅定の際を尽くさん、是の人、百千、万億劫の数の中に於いて、此の諸の功徳を行ずること、上に説く所の如し。 善男女等有りて、我が寿命を説くを聞き、乃至、一念も信ぜば、其の福、彼れに過ぎたり。若し人、悉く一切の諸の疑悔有ること無く、深心に須臾も信ぜば、其の福、此くの如くなり。 其れ諸の菩薩有りて、無量劫に道を行ずるに、我が寿命を説くを聞かば、是れ則ち能く信受せん。是くの如き諸人等は、此の経典を頂受し、願わくは我れ未来に於いて、長寿にして衆生を度し、 今日の世尊、諸の釈の中の王の、道場にて師子吼し、法を説きて畏るる所無きが如くならんことを。我等も未来世に、一切に尊敬せられ、道場に坐する時、寿を説くこと亦た是くの如くならん。 若し深心有る者、清浄にして質直に、多く聞きて能く総持し、義に随いて仏語を解せば、是くの如き諸人等は、此に於いて疑い有ること無し。
現代語訳
もし人が仏の智慧を求めて、八十万億那由他劫のあいだ、五つの波羅蜜を行なうとします。その長い劫のあいだ、布施をして、仏、縁覚、弟子、そして菩薩たちに供養し、 珍しく上等な飲食、すぐれた衣と寝具を供え、栴檀で精舎を建て、園林で飾ります。このような布施は、どれもみな精妙で、その劫の数をすべて尽くして、仏道に振り向けるのです。 また戒を守り、清らかで欠けたところがなく、無上の道を求めて、諸仏に讃えられるほどであるとします。また忍辱を行ない、柔和で調った境地に住し、たとえ多くの悪事が加えられても、その心は揺らぎません。 法を得たと思う者が増上慢を抱き、そのために軽んじられ悩まされても、そのようなことも耐え忍びます。また努め励んで、志と念が常に堅固で、量りない億劫のあいだ、一心に怠ることがありません。 さらに数えきれない劫のあいだ、静かな閑居の場所に住み、座り、また歩き行ない、眠気を除いて常に心を収め、その因縁によってさまざまな禅定を生じ、八十億万劫のあいだ、安らかに住して心が乱れません。 この一心の福をもって、無上の道を求めることを願います。私が一切智を得て、禅定の極みを尽くそうと。この人が百千万億劫のあいだに、これらの功徳を行なうことは、上に説いたとおりです。 善男子善女人が私の寿命の説法を聞いて、ほんの一念でも信じるなら、その福は先の人にまさります。もし人がすべての疑いと悔いを残らず無くし、深い心でほんの少しのあいだでも信じるなら、その福はこのようなものです。 もろもろの菩薩が量りない劫のあいだ道を行じてきて、私の寿命の説法を聞くなら、その人たちはよく信じ受け入れるでしょう。このような人々は、この経典を頂き受け、願わくは私も未来において、長寿で衆生を救い、 今日の世尊、釈迦族の王が、道場で獅子のように吼え、法を説いて畏れがないのと同じようでありますように。私たちもまた未来の世で、すべての者に尊敬され、道場に座ったとき、寿命を説くことが同じようでありますように。 もし深い心を持つ者が、清らかで素直であり、多く聞いてよく記憶にとどめ、意味に従って仏の言葉を理解するなら、このような人々は、この教えに疑いを持つことがありません。
解説

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