法華経 / 從地湧出品第十五(8)
「佛亦如是,得道已來,其實未久,而此大眾諸菩薩等,已於無量千萬億劫,為佛道故,勤行精進,善入出住無量百千萬億三昧,得大神通,久修梵行,善能次第習諸善法,巧於問答,人中之寶,一切世間甚為稀有。今日世尊方云,得佛道時,初令發心,教化示導,令向阿耨多羅三藐三菩提,世尊得佛未久,乃能作此大功德事。我等雖復信佛隨宜所說,佛所出言、未曾虛妄,佛所知者,皆悉通達,然諸新發意菩薩,於佛滅後,若聞是語,或不信受、而起破法罪業因緣。惟、然,世尊,願為解說,除我等疑,及未來世諸善男子、聞此事已,亦不生疑。」 爾時彌勒菩薩欲重宣此義,而說偈言:
新字:「仏亦如是,得道已来,其実未久,而此大衆諸菩薩等,已於無量千万億劫,為仏道故,勤行精進,善入出住無量百千万億三昧,得大神通,久修梵行,善能次第習諸善法,巧於問答,人中之宝,一切世間甚為稀有。今日世尊方云,得仏道時,初令発心,教化示導,令向阿耨多羅三藐三菩提,世尊得仏未久,乃能作此大功徳事。我等雖復信仏随宜所説,仏所出言、未曽虚妄,仏所知者,皆悉通達,然諸新発意菩薩,於仏滅後,若聞是語,或不信受、而起破法罪業因縁。惟、然,世尊,願為解説,除我等疑,及未来世諸善男子、聞此事已,亦不生疑。」 爾時弥勒菩薩欲重宣此義,而説偈言:
書き下し
「仏も亦た是の如し。道を得たまいてより已来、其の実に未だ久しからざるに、而も此の大衆の諸の菩薩等は、已に無量千万億劫に於いて、仏道の為の故に勤行精進し、善く無量百千万億の三昧に入出住し、大神通を得、久しく梵行を修め、善く能く次第に諸の善法を習い、問答に巧みにして、人中の宝なり。一切世間に甚だ希有と為す。今日、世尊、方に云く、仏道を得たまいし時、初めて発心せしめ、教化し示導し、阿耨多羅三藐三菩提に向かわしめたりと。世尊は仏を得たまいて未だ久しからざるに、乃ち能く此の大功徳の事を作したまえり。我等は復た仏の宜しきに随いて説きたもう所を信じ、仏の出したもう言は未だ曽て虚妄ならず、仏の知りたもう所は皆悉く通達したもうと雖も、然も諸の新たに発意せる菩薩は、仏の滅後に、若し是の語を聞かば、或いは信受せずして、法を破する罪業の因縁を起こさん。惟だ願わくは、世尊よ、為に解説して、我等の疑いを除き、及び未来世の諸の善男子の、此の事を聞き已りて、亦た疑いを生ぜざらしめたまえ。」 爾の時、弥勒菩薩、重ねて此の義を宣べんと欲して、偈を説いて言わく、
現代語訳
「仏もまたそのとおりです。道を得られてから実際にはまだ長くないのに、この大衆の菩薩たちは、すでに無量千万億劫のあいだ、仏道のために勤め精進し、無量百千万億の三昧に自在に入り、出て、とどまり、大きな神通を得、長く清らかな行を修め、順序よくさまざまな善い法を習い、問答に巧みで、人の中の宝であり、全世間でもきわめてまれな存在です。ところが今日、世尊は、仏道を得たときに、初めて発心させ、教え導き、阿耨多羅三藐三菩提に向かわせたとおっしゃいました。世尊が仏となられてまだ久しくないのに、このような大きな功徳の事を成し遂げられたというのです。私たちは、仏がそれぞれにふさわしく説かれたことを信じ、仏のことばが虚妄であったことはなく、仏の知られることはすべて通達しておられると知っていますが、新しく発心した菩薩たちは、仏の滅後にこの話を聞けば、信じ受け入れず、法を破る罪業の因縁を起こすかもしれません。どうか世尊よ、解き明かしてくださり、私たちの疑いを除き、また未来世の善男子たちが、このことを聞いても疑いを生じないようにしてください。」 そのとき弥勒菩薩は、重ねてこの意味を述べようとして、偈を説いて言いました。
解説

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法華経・從地湧出品第十五(7)爾の時、弥勒菩薩摩訶薩、及び無数の諸の菩薩等は、心に疑惑を生じ、未曽有なりと怪しみ、是の念を作さく、「云何ぞ世尊は少時の間に於いて、是の如き無量無辺阿僧祇の諸の大菩薩を教化して、阿耨多羅三藐三菩提に住せしめたまいしや」と。即ち仏に白して言さく、「世尊、如来は太子たりし時、釈の宮を出でて、伽耶城を去ること遠からざる、道場に坐して、阿耨多羅三藐三菩提を成ずることを得たまいき。是れより已来、始めて四十余年を過ぎたり。世尊、云何ぞ此の少時に於いて、大いに仏事を作し、仏の勢力を以て、仏の功徳を以て、是の如き無量の大菩薩衆を教化して、当に阿耨多羅三藐三菩提を成ずべからしめたまいしや」と。 「世尊、此の大菩薩衆は、假使い人有りて、千万億劫に於いて数うるとも、尽くすこと能わず、其の辺を得じ。斯れ等は久遠より已来、無量無辺の諸仏の所に於いて、諸の善根を植え、菩薩道を成就し、常に梵行を修めたり。世尊、此の如き事は、世に信じ難き所なり。譬えば人有り、色美しく髪黒く、年二十五なるが、百歳の人を指して、是れ我が子なりと言い、其の百歳の人も、亦た年少を指して、是れ我が父なり、我等を生育せりと言わんに、是の事は信じ難きが如し。」
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法華経・從地湧出品第十五(9)仏は昔、釈種より出家して、伽耶に近き、菩提樹に坐したまえり。爾しより来、尚お未だ久しからず。此の諸の仏子等は、其の数量るべからず。久しく已に仏道を行じ、神通力に住す。 善く菩薩の道を学び、世間の法に染まざること、蓮華の水に在るが如し。地より湧出して、皆恭敬の心を起こし、世尊の前に住せり。是の事は思議し難し。云何ぞ信ずべけんや。 仏の得道は甚だ近く、成就したまう所は甚だ多し。願わくは衆の疑いを除くために、実の如く分別して説きたまえ。譬えば少壮の人の、年始めて二十五なるが、人に百歳の子を示すに、髪白くして面皺あり、 是れ等は我が所生なり、子も亦た是れを父と説かんに、父は少くして子は老ゆ。世を挙げて信ぜざる所なり。世尊も亦た是の如し。道を得たまいてより来、甚だ近し。是の諸の菩薩等は、志は固くして怯弱無く、 無量劫より来、菩薩の道を行じ、難問答に巧みにして、其の心に畏るる所無し。忍辱の心は決定し、端正にして威徳有り、十方の仏の讃めたもう所、善く能く分別して説く。 人の衆に在るを楽わず、常に禅定に在るを好む。仏道を求めんが為の故に、下の空の中に住せり。我等は仏より聞きて、此の事に於いて疑い無し。願わくは仏、未来の為に、演説して開解せしめたまえ。 若し此の経に於いて、疑いを生じ信ぜざる者有らば、即ち当に悪道に堕つべし。願わくは今解説したまえ。是の無量の菩薩は、云何ぞ少時に於いて、教化して発心せしめ、不退の地に住せしめたまいしや。
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法華経・從地湧出品第十五(3)爾の時、世尊は、菩薩大衆の中に於いて是の言を作したまわく、「是の如し、是の如し。諸の善男子よ、如来は安楽にして、少病少悩なり。諸の衆生等は、化度すべきこと易くして、疲労有ること無し。所以は何ん。是の諸の衆生は、世世已来、常に我が化を受け、亦た過去の諸仏に於いて、恭敬し尊重して、諸の善根を種えたり。此の諸の衆生は、始め我が身を見、我が所説を聞きて、即ち皆信受して、如来の慧に入る。先に修習して小乗を学べる者を除く。是の如き人も、我れ今亦た是の経を聞くことを得しめて、仏慧に入らしめん」と。爾の時、諸の大菩薩、偈を説いて言わく、 善いかな善いかな、大雄世尊よ。諸の衆生等は、化度すべきこと易し。能く諸仏の、甚深の智慧を問い、聞き已りて信じ行ず。我等は随喜す。 時に世尊、上首の諸の大菩薩を讃歎したまわく、「善いかな、善いかな、善男子よ。汝等は能く如来に於いて、随喜の心を発せり」と。爾の時、弥勒菩薩、及び八千恒河沙の諸の菩薩衆は、皆是の念を作さく、「我等は昔より已来、是の如き大菩薩摩訶薩衆の、地より湧出し、世尊の前に住して、合掌し供養して、如来に問訊するを、見ず聞かず」と。 時に弥勒菩薩摩訶薩は、八千恒河沙の諸の菩薩等の心に念ずる所を知り、並びに自ら所疑を決せんと欲して、合掌して仏に向かい、偈を以て問いて曰く、
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