法華経 / 見寶塔品第十一(4)
時釋迦牟尼佛、欲容受所分身諸佛故,八方各更變二百萬億那由他國,皆令清淨,無有地獄、餓鬼、畜生、及阿修羅,又移諸天、人、置於他土。所化之國,亦以琉璃為地,寶樹莊嚴,樹高五百由旬,枝、葉、華、果、次第嚴飾,樹下皆有寶師子座,高五由旬,種種諸寶以為莊校。亦無大海、江河、及目真鄰陀山、摩訶目真鄰陀山、鐵圍山、大鐵圍山、須彌山、等,諸山王,通為一佛國土。寶地平正,寶交露幔、遍覆其上,懸諸幡蓋,燒大寶香,諸天寶華遍佈其地。 釋迦牟尼佛為諸佛當來坐故,復於八方、各更變二百萬億那由他國,皆令清淨,無有地獄、餓鬼、畜生、及阿修羅,又移諸天、人、置於他土。所化之國,亦以琉璃為地,寶樹莊嚴,樹高五百由旬,枝、葉、華、果、次第莊嚴,樹下皆有寶師子座,高五由旬,亦以大寶而校飾之。亦無大海、江河、及目真鄰陀山、摩訶目真鄰陀山、鐵圍山、大鐵圍山、須彌山、等,諸山王,通為一佛國土。寶地平正,寶交露幔、遍覆其上,懸諸幡蓋,燒大寶香,諸天寶華、遍佈其地。
新字:時釈迦牟尼仏、欲容受所分身諸仏故,八方各更変二百万億那由他国,皆令清浄,無有地獄、餓鬼、畜生、及阿修羅,又移諸天、人、置於他土。所化之国,亦以琉璃為地,宝樹荘厳,樹高五百由旬,枝、葉、華、果、次第厳飾,樹下皆有宝師子座,高五由旬,種種諸宝以為荘校。亦無大海、江河、及目真鄰陀山、摩訶目真鄰陀山、鉄囲山、大鉄囲山、須弥山、等,諸山王,通為一仏国土。宝地平正,宝交露幔、遍覆其上,懸諸幡蓋,焼大宝香,諸天宝華遍佈其地。 釈迦牟尼仏為諸仏当来坐故,復於八方、各更変二百万億那由他国,皆令清浄,無有地獄、餓鬼、畜生、及阿修羅,又移諸天、人、置於他土。所化之国,亦以琉璃為地,宝樹荘厳,樹高五百由旬,枝、葉、華、果、次第荘厳,樹下皆有宝師子座,高五由旬,亦以大宝而校飾之。亦無大海、江河、及目真鄰陀山、摩訶目真鄰陀山、鉄囲山、大鉄囲山、須弥山、等,諸山王,通為一仏国土。宝地平正,宝交露幔、遍覆其上,懸諸幡蓋,焼大宝香,諸天宝華、遍佈其地。
書き下し
時に釈迦牟尼仏、分身の諸仏を容受せんと欲したもうが故に、八方に各おの更に二百万億那由他の国を変じて、皆、清浄ならしめ、地獄・餓鬼・畜生、及び阿修羅無く、又、諸の天・人を移して、他土に置く。化したもう所の国も、亦た瑠璃をもて地と為し、宝樹荘厳す。樹の高さ五百由旬、枝・葉・華・果、次第に厳飾す。樹下に皆、宝の師子座有り、高さ五由旬、種種の諸宝をもて以て荘校とす。亦た大海・江河、及び目真鄰陀山・摩訶目真鄰陀山・鉄囲山・大鉄囲山・須弥山等の、諸の山王無く、通じて一の仏国土と為る。宝地平正にして、宝の交露の幔、遍く其の上を覆い、諸の幡蓋を懸け、大宝香を焼き、諸の天の宝華、遍く其の地に布く。 釈迦牟尼仏、諸仏の当来して坐したまわんが為に、復た八方に於いて、各おの更に二百万億那由他の国を変じて、皆、清浄ならしめ、地獄・餓鬼・畜生、及び阿修羅無く、又、諸の天・人を移して、他土に置く。化したもう所の国も、亦た瑠璃をもて地と為し、宝樹荘厳す。樹の高さ五百由旬、枝・葉・華・果、次第に荘厳す。樹下に皆、宝の師子座有り、高さ五由旬、亦た大宝をもて之を校飾せり。亦た大海・江河、及び目真鄰陀山・摩訶目真鄰陀山・鉄囲山・大鉄囲山・須弥山等の、諸の山王無く、通じて一の仏国土と為る。宝地平正にして、宝の交露の幔、遍く其の上を覆い、諸の幡蓋を懸け、大宝香を焼き、諸の天の宝華、遍く其の地に布く。
現代語訳
そのとき釈迦牟尼仏は、分身の諸仏を迎え入れようとして、八方向にそれぞれさらに二百万億那由他の国を変化させ、すべてを清らかにされました。そこには地獄、餓鬼、畜生、阿修羅はなく、天と人々は別の国土に移されました。変化させたその国も、瑠璃を大地とし、宝の樹で飾られていました。樹の高さは五百由旬、枝、葉、華、果が順に美しく飾られ、樹の下にはみな宝の獅子座があり、高さは五由旬で、さまざまな宝で飾られていました。また大海、河、目真鄰陀山、摩訶目真鄰陀山、鉄囲山、大鉄囲山、須弥山などの山々の王もなく、全体がひとつの仏の国土となっていました。宝の大地は平らで、宝の露のような幕があまねくその上を覆い、さまざまな幡と天蓋が掛けられ、大きな宝の香が焚かれ、天の宝の華が一面に敷かれていました。 釈迦牟尼仏は、諸仏がこれから来て坐られるために、さらに八方向にそれぞれ二百万億那由他の国を変化させ、すべてを清らかにされました。そこには地獄、餓鬼、畜生、阿修羅はなく、天と人々は別の国土に移されました。変化させたその国も、瑠璃を大地とし、宝の樹で飾られていました。樹の高さは五百由旬、枝、葉、華、果が順に美しく飾られ、樹の下にはみな宝の獅子座があり、高さは五由旬で、大きな宝で飾られていました。また大海、河、目真鄰陀山、摩訶目真鄰陀山、鉄囲山、大鉄囲山、須弥山などの山々の王もなく、全体がひとつの仏の国土となっていました。宝の大地は平らで、宝の露のような幕があまねくその上を覆い、さまざまな幡と天蓋が掛けられ、大きな宝の香が焚かれ、天の宝の華が一面に敷かれていました。
解説

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法華経・見寶塔品第十一(3)大楽説、仏に白して言さく、「世尊、我等も亦た、世尊の分身の諸仏を見たてまつり、礼拝し供養せんと願欲す。」爾の時、仏、白毫の一光を放ちたまうに、即ち東方五百万億那由他恒河沙等の国土の諸仏を見る。彼の諸の国土は、皆、玻璃をもて地と為し、宝樹・宝衣をもて荘厳とし、無数千万億の菩薩、其の中に充満し、遍く宝幔を張り、宝網、上に羅なれり。彼の国の諸仏は、大妙音をもて諸法を説きたもう。及び無量千万億の菩薩の、遍く諸国に満ちて、衆の為に法を説くを見る。南・西・北方、四維・上下、白毫相の光の照らす所の処も、亦復た是の如し。 爾の時、十方の諸仏、各おの衆の菩薩に告げて言わく、「善男子、我、今、応に娑婆世界の釈迦牟尼仏の所に往き、並びに多宝如来の宝塔を供養すべし。」時に娑婆世界、即ち変じて清浄となり、瑠璃を地とし、宝樹をもて荘厳し、黄金を縄として以て八道を界い、諸の聚落・村営・城邑・大海・江河・山川・林藪無し。大宝香を焼き、曼陀羅華、遍く其の地に布き、宝の網幔をもて、羅ねて其の上を覆い、諸の宝鈴を懸けたり。惟だ此の会の衆を留め、諸の天人を移して、他土に置く。是の時、諸仏、各おの一の大菩薩を将いて、以て侍者と為し、娑婆世界に至り、各おの宝樹の下に到りたもう。一一の宝樹は、高さ五百由旬、枝・葉・華・果、次第に荘厳し、諸の宝樹の下に、皆、師子の座有り、高さ五由旬、亦た大宝をもて之を校飾せり。爾の時、諸仏、各おの此の座に於いて結跏趺坐したもう。是の如く展転して三千大千世界に遍満す。而も釈迦牟尼仏の、一方に分かちたまう所の身すら、猶お故お未だ尽きず。
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