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法華経 / 見寶塔品第十一(3)

大樂說白佛言:「世尊,我等亦願欲見世尊分身諸佛,禮拜供養。」爾時佛放白毫一光,即見東方五百萬億那由他恒河沙等國土諸佛,彼諸國土,皆以玻璃為地,寶樹、寶衣、以為莊嚴,無數千萬億菩薩、充滿其中,遍張寶幔,寶網羅上。彼國諸佛,以大妙音而說諸法,及見無量千萬億菩薩,遍滿諸國,為眾說法。南西北方、四維、上下、白毫相光所照之處,亦復如是。 爾時十方諸佛、各告眾菩薩言:「善男子,我今應往娑婆世界、釋迦牟尼佛所,並供養多寶如來寶塔。」時娑婆世界、即變清淨,琉璃為地,寶樹莊嚴,黃金為繩、以界八道,無諸聚落、村營、城邑、大海、江河、山川、林藪。燒大寶香,曼陀羅華、遍佈其地,以寶網幔,羅覆其上,懸諸寶鈴。惟留此會眾,移諸天人、置於他土。是時、諸佛各將一大菩薩、以為侍者,至娑婆世界,各到寶樹下。一一寶樹、高五百由旬,枝、葉、華、果、次第莊嚴,諸寶樹下、皆有師子之座,高五由旬,亦以大寶而校飾之。爾時諸佛、各於此座結跏趺坐。如是展轉遍滿三千大千世界,而於釋迦牟尼佛、一方所分之身,猶故未盡。

新字:大楽説白仏言:「世尊,我等亦願欲見世尊分身諸仏,礼拝供養。」爾時仏放白毫一光,即見東方五百万億那由他恒河沙等国土諸仏,彼諸国土,皆以玻璃為地,宝樹、宝衣、以為荘厳,無数千万億菩薩、充満其中,遍張宝幔,宝網羅上。彼国諸仏,以大妙音而説諸法,及見無量千万億菩薩,遍満諸国,為衆説法。南西北方、四維、上下、白毫相光所照之処,亦復如是。 爾時十方諸仏、各告衆菩薩言:「善男子,我今応往娑婆世界、釈迦牟尼仏所,並供養多宝如来宝塔。」時娑婆世界、即変清浄,琉璃為地,宝樹荘厳,黄金為縄、以界八道,無諸聚落、村営、城邑、大海、江河、山川、林藪。焼大宝香,曼陀羅華、遍佈其地,以宝網幔,羅覆其上,懸諸宝鈴。惟留此会衆,移諸天人、置於他土。是時、諸仏各将一大菩薩、以為侍者,至娑婆世界,各到宝樹下。一一宝樹、高五百由旬,枝、葉、華、果、次第荘厳,諸宝樹下、皆有師子之座,高五由旬,亦以大宝而校飾之。爾時諸仏、各於此座結跏趺坐。如是展転遍満三千大千世界,而於釈迦牟尼仏、一方所分之身,猶故未尽。

書き下し

大楽説、仏に白して言さく、「世尊、我等も亦た、世尊の分身の諸仏を見たてまつり、礼拝し供養せんと願欲す。」爾の時、仏、白毫の一光を放ちたまうに、即ち東方五百万億那由他恒河沙等の国土の諸仏を見る。彼の諸の国土は、皆、玻璃をもて地と為し、宝樹・宝衣をもて荘厳とし、無数千万億の菩薩、其の中に充満し、遍く宝幔を張り、宝網、上に羅なれり。彼の国の諸仏は、大妙音をもて諸法を説きたもう。及び無量千万億の菩薩の、遍く諸国に満ちて、衆の為に法を説くを見る。南・西・北方、四維・上下、白毫相の光の照らす所の処も、亦復た是の如し。 爾の時、十方の諸仏、各おの衆の菩薩に告げて言わく、「善男子、我、今、応に娑婆世界の釈迦牟尼仏の所に往き、並びに多宝如来の宝塔を供養すべし。」時に娑婆世界、即ち変じて清浄となり、瑠璃を地とし、宝樹をもて荘厳し、黄金を縄として以て八道を界い、諸の聚落・村営・城邑・大海・江河・山川・林藪無し。大宝香を焼き、曼陀羅華、遍く其の地に布き、宝の網幔をもて、羅ねて其の上を覆い、諸の宝鈴を懸けたり。惟だ此の会の衆を留め、諸の天人を移して、他土に置く。是の時、諸仏、各おの一の大菩薩を将いて、以て侍者と為し、娑婆世界に至り、各おの宝樹の下に到りたもう。一一の宝樹は、高さ五百由旬、枝・葉・華・果、次第に荘厳し、諸の宝樹の下に、皆、師子の座有り、高さ五由旬、亦た大宝をもて之を校飾せり。爾の時、諸仏、各おの此の座に於いて結跏趺坐したもう。是の如く展転して三千大千世界に遍満す。而も釈迦牟尼仏の、一方に分かちたまう所の身すら、猶お故お未だ尽きず。

現代語訳

大楽説は仏に申し上げました。「世尊よ、私たちも、世尊の分身の諸仏にお会いして、礼拝し供養したいと願います。」そのとき仏が白毫から一筋の光を放たれると、たちまち東方の五百万億那由他のガンジス河の砂の数ほどの国土の諸仏が見えました。それらの国土は、すべて水晶を大地とし、宝の樹と宝の衣で飾られ、無数千万億の菩薩がその中に満ち、あまねく宝の幕が張られ、宝の網がその上に掛かっていました。それらの国の諸仏は、すばらしい妙なる音声で法を説いておられました。また、無量千万億の菩薩が、あらゆる国に満ちて、人々のために法を説いているのも見えました。南、西、北の方角、四つの隅、上と下でも、白毫の光が照らす所は、みな同じ光景でした。 そのとき、十方の諸仏はそれぞれ、菩薩たちに告げました。「善い男性たちよ、私は今、娑婆世界の釈迦牟尼仏の所へ行き、あわせて多宝如来の宝塔を供養しなければなりません。」すると娑婆世界はたちまち清らかになり、瑠璃を大地とし、宝の樹で飾られ、黄金の縄で八つの道を区切り、村や町、城、大海、河、山、林などは何もなくなりました。大きな宝の香が焚かれ、曼陀羅華が一面に敷かれ、宝の網と幕がその上を覆い、さまざまな宝の鈴が掛けられました。ただこの集会の大衆だけをとどめ、天や人々は別の国土に移されました。このとき、諸仏はそれぞれ一人の大菩薩を侍者として連れ、娑婆世界に至り、宝樹の下にそれぞれ到着されました。どの宝樹も高さは五百由旬、枝、葉、華、果が順に美しく飾られ、宝樹の下にはみな獅子の座があり、高さは五由旬で、これも大きな宝で飾られていました。そのとき、諸仏はそれぞれこの座で足を組んで坐られました。こうして次々に三千大千世界に満ちましたが、それでも釈迦牟尼仏が一方向に分けられた分身さえ、まだ尽きませんでした。

解説

多宝塔を開くため、釈迦は白毫の光で十方に分身の諸仏を示し、諸仏が集まる準備として娑婆世界は一変して清浄な浄土となります。ここは宇宙論的な幻想場面であり、数字や宝の描写は経典が語る世界観の表現です。注目点は、迎えるために場を整え、その他の者はいったん別の場所へ移すという手順の周到さです。重要な客を迎える前に環境を整え、受け入れ先を空ける準備が成否を分ける、という実務感覚と重ねて読めます。
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この章句が説くこと

分身の諸仏白毫浄土娑婆世界宝樹獅子座

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