法華経 / 授學無學人記品第九(4)
是二千聲聞, 今於我前住, 悉皆與授記, 未來當成佛。 所供養諸佛, 如上說塵數, 護持其法藏, 後當成正覺。 各於十方國, 悉同一名號, 俱時坐道場, 以證無上慧, 皆名為寶相。 國土及弟子, 正法與像法, 悉等無有異。 咸以諸神通、 度十方眾生, 名聞普周遍, 漸入於涅槃。 爾時學無學二千人、聞佛授記,歡喜踴躍、而說偈言: 世尊慧燈明, 我聞授記音, 心歡喜充滿, 如甘露見灌。
新字:是二千声聞, 今於我前住, 悉皆与授記, 未来当成仏。 所供養諸仏, 如上説塵数, 護持其法蔵, 後当成正覚。 各於十方国, 悉同一名号, 倶時坐道場, 以証無上慧, 皆名為宝相。 国土及弟子, 正法与像法, 悉等無有異。 咸以諸神通、 度十方衆生, 名聞普周遍, 漸入於涅槃。 爾時学無学二千人、聞仏授記,歓喜踴躍、而説偈言: 世尊慧灯明, 我聞授記音, 心歓喜充満, 如甘露見灌。
書き下し
是の二千の声聞は、今我が前に住す、悉く皆授記を与う、未来に当に成仏すべし。 供養する所の諸仏は、上に説く塵数の如し。其の法蔵を護持して、後に当に正覚を成ずべし。 各十方の国に於て、悉く同一の名号にして、俱時に道場に坐して、以て無上慧を証す。 皆名づけて宝相と為す。国土及び弟子、正法と像法とは、悉く等しくして異なること有ること無し。 咸く諸の神通を以て、十方の衆生を度し、名聞普く周遍して、漸く涅槃に入らん。 爾の時、学、無学の二千人、仏の授記を聞き、歓喜踊躍して、偈を説いて言わく、 世尊は慧燈の明なり、我授記の音を聞き、心に歓喜充満すること、甘露を灌がるるを見るが如し。
現代語訳
この二千人の声聞は、今、私の前に立っている。みなに授記を与えた。未来に必ず仏となるであろう。供養する諸仏は、上に説いた微塵の数ほどである。その法の蔵を護り持って、のちに正しい悟りを成就するであろう。それぞれ十方の国で、すべて同じ名号で、同時に道場に坐して、無上の智慧を証するであろう。みな宝相と名づけられる。国土と弟子、正法と像法は、すべて等しくて違いがない。みな諸々の神通によって、十方の衆生を救い、名声はあまねく行き渡り、次第に涅槃に入るであろう。 そのとき、学と無学の二千人は、仏の授記を聞いて、歓喜して躍り、偈を説いて言いました。 世尊は智慧の灯の明かりです。私たちは授記の声を聞いて、心に歓喜が満ちあふれ、甘露を注がれるようです。
解説

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法華経・授學無學人記品第九(3)爾の時、仏、羅睺羅に告げたまわく、「汝は来世に於て、当に作仏することを得べし。号を蹈七宝華如来、応供、正遍知、明行足、善逝、世間解、無上士、調御丈夫、天人師、仏、世尊と曰わん。当に十世界微塵等数の諸仏如来を供養して、常に諸仏の為に長子と作ること、猶お今の如くなるべし。是の蹈七宝華仏の、国土の荘厳、寿命劫数、所化の弟子、正法、像法は、亦山海慧自在通王如来に異なること無く、亦此の仏の為に長子と作らん。是れ過ぎて已後、当に阿耨多羅三藐三菩提を得べし。」 爾の時、世尊、重ねて此の義を宣べんと欲して、偈を説いて言わく、 我太子為りし時、羅睺は長子為り、我今仏道を成じ、法を受けて法子と為る。 未来世の中に於て、無量億の仏を見たてまつり、皆其の長子と為りて、一心に仏道を求めん。 羅睺羅の密行は、惟だ我のみ能く之を知る。現に我が長子と為りて、以て諸の衆生に示す。 無量億千万、功徳数うべからず。仏法に安住して、以て無上道を求む。 爾の時、世尊、学、無学二千人の、其の意柔軟にして、寂然清浄に、一心に仏を観たてまつるを見たまう。仏、阿難に告げたまわく、「汝是の学、無学の二千人を見るや否や。」「唯、然り、已に見たり。」「阿難、是の諸人等は、当に五十世界微塵数の諸仏如来を供養し、恭敬、尊重して、法蔵を護持すべし。末後に同時に、十方の国に於て、各成仏することを得ん。皆同一号にして、名づけて宝相如来、応供、正遍知、明行足、善逝、世間解、無上士、調御丈夫、天人師、仏、世尊と曰わん。寿命は一劫なり。国土の荘厳、声聞、菩薩、正法、像法、皆悉く同等ならん。」 爾の時、世尊、重ねて此の義を宣べんと欲して、偈を説いて言わく、
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法華経・授學無學人記品第九(2)我今僧の中に説く、阿難は法を持つ者なり、当に諸仏を供養して、然して後に正覚を成ずべし。 号して山海慧自在通王仏と曰う。其の国土は清浄にして、常立勝幡と名づく。 諸の菩薩を教化すること、其の数恒沙の如し。仏に大威徳有りて、名聞十方に満つ。 寿命は量有ること無く、衆生を愍れむが故なり。正法は寿に倍し、像法は復是れに倍す。 恒河沙等の如き、無数の諸の衆生、此の仏法の中に於て、仏道の因縁を種えん。 爾の時、会中の新発意の菩薩八千人、咸是の念を作さく、「我等尚お諸の大菩薩の是の如き記を得るを聞かず、何の因縁有りて、諸の声聞は是の如き決を得るや。」 爾の時、世尊、諸の菩薩の心の念う所を知りて、之に告げて曰わく、「諸の善男子、我と阿難等とは、空王仏の所に於て、同時に阿耨多羅三藐三菩提の心を発せり。阿難は常に多聞を楽い、我は常に精進を勤む。是の故に我已に阿耨多羅三藐三菩提を成ずることを得たり。而も阿難は我が法を護持し、亦将来の諸仏の法蔵を護り、諸の菩薩衆を教化成就す。其の本願是の如し、故に斯の記を獲たり。」 阿難、仏前に於て、自ら授記、及び国土の荘厳を聞き、所願具足して、心大いに歓喜し、未曽有なることを得たり。即時に過去の無量千万億の諸仏の法蔵を憶念して、通達無礙なること、今聞く所の如し。亦本願を識る。爾の時、阿難、偈を説いて言わく、 世尊は甚だ稀有なり、我をして過去の、無量の諸仏の法を念ぜしむること、今日聞く所の如し。 我今復疑い無く、仏道に安住す、方便して侍者と為りて、諸仏の法を護持す。
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法華経・授記品第六(2)諸の比丘に告ぐ、我、仏眼を以て、是の迦葉を見るに、未来世に於て、 無数劫を過ぎて、当に作仏することを得べし。而も来世に於て、供養し奉覲すること、 三百万億の、諸仏世尊に、仏の智慧の為に、浄く梵行を修せん。 最上の、二足尊を供養し已りて、一切の、無上の慧を修習し、 最後身に於て、成仏することを得ん。其の土は清浄にして、瑠璃を地と為し、 多く諸の宝樹あり、道の側に行列し、金縄もて道を界い、見る者歓喜す。 常に好き香を出し、衆の名華を散らし、種種の奇妙なるを、以て荘厳と為す。 其の地は平正にして、丘坑有ること無し。諸の菩薩衆は、称計すべからず、 其の心は調柔にして、大神通に逮び、諸仏の、大乗経典を奉持す。 諸の声聞衆は、無漏の後身にして、法王の子なり、亦計るべからず、 乃ち天眼を以てするも、数え知ること能わず。其の仏の当に寿なるべきは、十二小劫、 正法の世に住すること、二十小劫、像法も亦住すること、二十小劫なり。 光明世尊、其の事、是くの如し。 爾の時、大目犍連、須菩提、摩訶迦旃延等、皆悉く悚慄し、一心に合掌して、尊顔を瞻仰し、目を暫くも捨てず、即ち共に同声に偈を説きて言わく、 大雄猛世尊、諸釈の法王、我等を哀愍するが故に、而も仏の音声を賜え。 若し我が深心を知り、見て授記を為さば、甘露を以て灑ぎ、熱を除きて清涼を得るが如し。 饑国より来りて、忽ちに大王の膳に遇い、心猶お疑懼を懐き、未だ敢て即便ち食わず、 若し復た王の教えを得ば、然して後に乃ち敢て食らうが如し。我等も亦是くの如し、毎に小乗の過ちを惟い、 当に云何にして、仏の無上の慧を得べきかを知らず。仏の音声を聞くと雖も、我等作仏せんと言いたまうに、 心尚お憂懼を懐き、未だ敢て便ち食わざるが如し、若し仏の授記を蒙らば、爾して乃ち快く安楽ならん。 大雄猛世尊、常に世間を安んぜんと欲したまう、願わくは我等に記を賜え、饑えて教えを需めて食らうが如し。
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法華経・法師品第十(1)爾の時、世尊、薬王菩薩に因りて、八万の大士に告げたまわく、「薬王、汝是の大衆の中の、無量の諸天、竜王、夜叉、乾闥婆、阿修羅、迦楼羅、緊那羅、摩睺羅伽、人と非人、及び比丘、比丘尼、優婆塞、優婆夷、声聞を求むる者、辟支仏を求むる者、仏道を求むる者を見るや。是の如き等の類、咸仏前に於て、妙法華経の一偈一句、乃至一念も随喜する者は、我皆授記を与う、当に阿耨多羅三藐三菩提を得べし。」 仏、薬王に告げたまわく、「又如来の滅度の後に、若し人有りて、妙法華経の乃至一偈一句を聞き、一念も随喜せば、我も亦阿耨多羅三藐三菩提の記を授与す。若し復人有りて、妙法華経を受持し、読誦し、解説し、書写し、乃至一偈をも、此の経巻に於て、敬い視ること仏の如くし、種種に供養し、華、香、瓔珞、末香、塗香、焼香、繒蓋、幢幡、衣服、伎楽、乃至合掌恭敬せば、薬王、当に知るべし、是の諸人等は、已に曽て十万億の仏を供養し、諸仏の所に於て、大願を成就し、衆生を愍れむが故に、此の人間に生ぜり。」 「薬王、若し人有りて問わん、何等の衆生か、未来世に於て、当に作仏することを得べきと。応に是の諸人等は、未来世に於て、必ず作仏することを得べしと示すべし。何を以ての故に。若し善男子、善女人、法華経に於て、乃至一句も、受持し、読誦し、解説し、書写し、種種に経巻を供養し、華、香、瓔珞、末香、塗香、焼香、繒蓋、幢幡、衣服、伎楽、合掌恭敬せば、是の人は、一切世間の応に瞻奉すべき所にして、応に如来の供養を以て之を供養すべし。当に知るべし、此の人は是れ大菩薩にして、阿耨多羅三藐三菩提を成就し、衆生を哀愍して、願って此の間に生まれ、広く妙法華経を演べ分別す。何ぞ況んや尽く能く受持して、種種に供養せんをや。」
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法華経・信解品第四(9)而も我等を説かく、諸の無漏を得、小乗の声聞の弟子を成就せりと。仏、我等に敕したまわく、最上の道を説け、此れを修習する者は、当に成仏を得べし、と。 我、仏の教えを承け、大菩薩の為に、諸の因縁、種種の譬喩、若干の言辞を以て、無上道を説く。諸の仏子等、我より法を聞き、 日夜に思惟し、精勤して修習す。是の時、諸仏、即ち其の記を授けたまわく、汝、来世に於て、当に作仏することを得べし、一切の諸仏の秘蔵の法、 但だ菩薩の為に、其の実事を演べ、而も我が為に、斯の真要を説きたまわず、と。彼の窮子の、其の父に近づくことを得て、諸物を知ると雖も、心に希い取らざるが如く、 我等も、仏法の宝蔵を説くと雖も、自ら志願無きこと、亦復是くの如し。我等、内に滅して、自ら足れりと謂い、唯だ此の事を了じて、更に余事無し。 我等、若し浄仏国土、衆生を教化することを聞くも、都て欣楽無し。所以は何ん。一切の諸法は、皆悉く空寂にして、無生無滅、 無大無小、無漏無為なり、是くの如く思惟して、喜楽を生ぜず。我等は長夜に、仏の智慧に於て、貪無く著無く、復た志願無くして、 自ら法に於て、是れ究竟なりと謂えり。我等、長夜に、空法を修習して、三界の、苦悩の患を脱することを得、最後身、有余涅槃に住す。 仏の教化したまう所、道を得ること虚しからず、則ち已に、仏の恩に報いたりと為す。我等、諸の仏子等の為に、菩薩の法を説いて、以て仏道を求めしむと雖も、 而も是の法に於ては、永く願楽無し。導師、捨てられたり、我が心を観たまうが故に、初めより勧進せず、実利有ることを説きたまわず。富める長者の、子の志の劣れるを知り、 方便力を以て、其の心を柔伏し、然して後に乃ち、一切の財物を付するが如く、仏も亦是くの如し、稀有の事を現じ、小を楽う者を知りて、方便力を以て、