法華経 / 授學無學人記品第九(3)
爾時佛告羅侯羅:「汝於來世、當得作佛,號蹈七寶華如來、應供、正遍知、明行足、善逝世間解、無上士、調御丈夫、天人師、佛、世尊。當供養十世界微塵等數諸佛如來,常為諸佛而作長子,猶如今也。是蹈七寶華佛,國土莊嚴,壽命劫數,所化弟子,正法、像法,亦如山海慧自在通王如來無異,亦為此佛而作長子。過是已後,當得阿耨多羅三藐三菩提。」 爾時世尊欲重宣此義,而說偈言: 我為太子時, 羅侯為長子, 我今成佛道, 受法為法子, 於未來世中, 見無量億佛, 皆為其長子, 一心求佛道。 羅侯羅密行, 惟我能知之, 現為我長子, 以示諸眾生。 無量億千萬 功德不可數, 安住於佛法, 以求無上道。 爾時世尊見學無學二千人,其意柔軟,寂然清淨,一心觀佛。佛告阿難:「汝見是學無學二千人否。唯、然,已見。」「阿難,是諸人等,當供養五十世界微塵數諸佛如來,恭敬、尊重,護持法藏。末後、同時於十方國、各得成佛,皆同一號,名曰寶相如來、應供、正遍知、明行足、善逝世間解、無上士、調御丈夫、天人師、佛、世尊。壽命一劫。國土莊嚴,聲聞、菩薩、正法、像法、皆悉同等。」 爾時世尊重宣此義,而說偈言:
新字:爾時仏告羅侯羅:「汝於来世、当得作仏,号蹈七宝華如来、応供、正遍知、明行足、善逝世間解、無上士、調御丈夫、天人師、仏、世尊。当供養十世界微塵等数諸仏如来,常為諸仏而作長子,猶如今也。是蹈七宝華仏,国土荘厳,寿命劫数,所化弟子,正法、像法,亦如山海慧自在通王如来無異,亦為此仏而作長子。過是已後,当得阿耨多羅三藐三菩提。」 爾時世尊欲重宣此義,而説偈言: 我為太子時, 羅侯為長子, 我今成仏道, 受法為法子, 於未来世中, 見無量億仏, 皆為其長子, 一心求仏道。 羅侯羅密行, 惟我能知之, 現為我長子, 以示諸衆生。 無量億千万 功徳不可数, 安住於仏法, 以求無上道。 爾時世尊見学無学二千人,其意柔軟,寂然清浄,一心観仏。仏告阿難:「汝見是学無学二千人否。唯、然,已見。」「阿難,是諸人等,当供養五十世界微塵数諸仏如来,恭敬、尊重,護持法蔵。末後、同時於十方国、各得成仏,皆同一号,名曰宝相如来、応供、正遍知、明行足、善逝世間解、無上士、調御丈夫、天人師、仏、世尊。寿命一劫。国土荘厳,声聞、菩薩、正法、像法、皆悉同等。」 爾時世尊重宣此義,而説偈言:
書き下し
爾の時、仏、羅睺羅に告げたまわく、「汝は来世に於て、当に作仏することを得べし。号を蹈七宝華如来、応供、正遍知、明行足、善逝、世間解、無上士、調御丈夫、天人師、仏、世尊と曰わん。当に十世界微塵等数の諸仏如来を供養して、常に諸仏の為に長子と作ること、猶お今の如くなるべし。是の蹈七宝華仏の、国土の荘厳、寿命劫数、所化の弟子、正法、像法は、亦山海慧自在通王如来に異なること無く、亦此の仏の為に長子と作らん。是れ過ぎて已後、当に阿耨多羅三藐三菩提を得べし。」 爾の時、世尊、重ねて此の義を宣べんと欲して、偈を説いて言わく、 我太子為りし時、羅睺は長子為り、我今仏道を成じ、法を受けて法子と為る。 未来世の中に於て、無量億の仏を見たてまつり、皆其の長子と為りて、一心に仏道を求めん。 羅睺羅の密行は、惟だ我のみ能く之を知る。現に我が長子と為りて、以て諸の衆生に示す。 無量億千万、功徳数うべからず。仏法に安住して、以て無上道を求む。 爾の時、世尊、学、無学二千人の、其の意柔軟にして、寂然清浄に、一心に仏を観たてまつるを見たまう。仏、阿難に告げたまわく、「汝是の学、無学の二千人を見るや否や。」「唯、然り、已に見たり。」「阿難、是の諸人等は、当に五十世界微塵数の諸仏如来を供養し、恭敬、尊重して、法蔵を護持すべし。末後に同時に、十方の国に於て、各成仏することを得ん。皆同一号にして、名づけて宝相如来、応供、正遍知、明行足、善逝、世間解、無上士、調御丈夫、天人師、仏、世尊と曰わん。寿命は一劫なり。国土の荘厳、声聞、菩薩、正法、像法、皆悉く同等ならん。」 爾の時、世尊、重ねて此の義を宣べんと欲して、偈を説いて言わく、
現代語訳
そのとき、仏は羅睺羅に告げられました。「あなたは来世で、仏となることができる。号を蹈七宝華如来、応供、正遍知、明行足、善逝、世間解、無上士、調御丈夫、天人師、仏、世尊という。十世界の微塵ほどの数の諸仏如来を供養し、いつも諸仏の長子となることは、今と同じである。この蹈七宝華仏の国土の荘厳、寿命の劫の数、教化される弟子、正法と像法は、山海慧自在通王如来と異なることがなく、また、この仏の長子となる。その後に、この上ない悟りを得るであろう。」 そのとき世尊は、重ねてこの意義を述べようとして、偈を説いて言われました。 私が太子であったとき、羅睺は長子であった。私が今、仏道を成就し、法を受けて法の子となった。未来の世において、無量億の仏にお会いし、皆その長子となって、一心に仏道を求めるであろう。羅睺羅の人知れぬ行いは、ただ私だけが知っている。現に私の長子となって、衆生に示しているのである。無量億千万の功徳は数えきれない。仏法に安住して、無上の道を求めている。 そのとき世尊は、学の者と無学の者二千人が、その意が柔らかく、静かで清らかに、一心に仏を見つめているのを見られました。仏は阿難に告げられました。「あなたはこの学と無学の二千人が見えるか。」「はい、すでに見ております。」「阿難よ、これらの人々は、五十世界の微塵ほどの数の諸仏如来を供養し、恭しく敬い尊重して、法の蔵を護り持つであろう。最後に同時に、十方の国で、それぞれ仏となることができる。みな同じ号で、宝相如来、応供、正遍知、明行足、善逝、世間解、無上士、調御丈夫、天人師、仏、世尊という。寿命は一劫である。国土の荘厳、声聞、菩薩、正法、像法は、みな同じであろう。」 そのとき世尊は、重ねてこの意義を述べようとして、偈を説いて言われました。
解説

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法華経・授學無學人記品第九(1)爾の時、阿難、羅睺羅、是の念を作さく、「我等每に自ら思惟するに、設い授記を得ば、亦快からずや。」即ち座より起ち、仏の前に到り、頭面に足を礼し、倶に仏に白して言さく、「世尊、我等も此に於て、亦応に分有るべし。惟だ如来のみ有りて、我等の帰する所なり。又我等は一切世間の天、人、阿修羅の見知識せらるる所と為り、阿難は常に侍者と為りて、法蔵を護持し、羅睺羅は是れ仏の子なり。若し仏、阿耨多羅三藐三菩提の記を授けたまわば、我が願既に満ち、衆望も亦足りなん。」 爾の時、学、無学の声聞の弟子二千人、皆座より起ち、偏えに右の肩を袒にし、仏の前に到り、一心に合掌し、世尊を瞻仰して、阿難、羅睺羅の願う所の如くして、住立して一面にす。爾の時、仏、阿難に告げたまわく、「汝は来世に於て、当に作仏することを得べし。号を山海慧自在通王如来、応供、正遍知、明行足、善逝、世間解、無上士、調御丈夫、天人師、仏、世尊と曰わん。当に六十二億の諸仏を供養し、法蔵を護持して、然して後に阿耨多羅三藐三菩提を得べし。二十千万億恒河沙の諸の菩薩等を教化して、阿耨多羅三藐三菩提を成ぜしめん。国を常立勝幡と名づけ、其の土は清浄にして、瑠璃を地と為す。劫を妙音遍満と名づく。其の仏の寿命は無量千万億阿僧祇劫なり。若し人、千万億無量阿僧祇劫の中に於て、算数校計すとも、知ることを得ること能わず。正法の世に住すること、寿に倍し、像法の世に住すること、復正法に倍せん。阿難、是の山海慧自在通王仏は、十方の無量千万億恒河沙等の諸仏如来の、共に讃歎して、其の功徳を称する所と為らん。」 爾の時、世尊、重ねて此の義を宣べんと欲して、偈を説いて言わく、
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法華経・譬喻品第三(4)「舎利弗、汝は未来世に於いて、無量無辺不可思議劫を過ぎ、若干千万億の仏を供養し、正法を奉持し、菩薩の行ずる所の道を具足して、当に作仏することを得べし。号を華光如来・応供・正遍知・明行足・善逝・世間解・無上士・調御丈夫・天人師・仏・世尊と曰わん。国を離垢と名づけ、其の土は平正にして、清浄に厳飾し、安穏・豊楽にして、天人熾盛ならん。琉璃を地と為し、八つの交道有り、黄金を縄と為して、以て其の側を界う。其の傍らに、各七宝の行樹有りて、常に華果有らん。華光如来も、亦三乗を以て衆生を教化せん。」 「舎利弗、彼の仏の出でたまう時、悪世に非ずと雖も、本願を以ての故に、三乗の法を説かん。其の劫を大宝荘厳と名づく。何が故に名づけて大宝荘厳と曰う。其の国中には菩薩を以て大宝と為すが故なり。彼の諸の菩薩は、無量無辺にして、不可思議、算数譬喩の及ぶこと能わざる所、仏の智力に非ざれば、能く知る者無し。若し行かんと欲する時は、宝華足を承く。此の諸の菩薩は、初発意に非ず、皆久しく徳本を植え、無量百千万億の仏の所に於いて、梵行を浄修し、恒に諸仏の称歎したまう所と為る。常に仏慧を修し、大神通を具え、善く一切諸法の門を知り、質直にして偽り無く、志念堅固なり。是の如き菩薩、其の国に充満せん。」 「舎利弗、華光仏の寿は十二小劫なり、王子たりて未だ作仏せざる時を除く。其の国の人民は、寿八小劫なり。華光如来、十二小劫を過ぎて、堅満菩薩に阿耨多羅三藐三菩提の記を授く。諸の比丘に告ぐ、是の堅満菩薩は、次に当に作仏すべし、号を華足安行・多陀阿伽度・阿羅訶・三藐三仏陀と曰わん、其の仏の国土も、亦復是の如くならん。舎利弗、是の華光仏の滅度の後、正法の世に住すること三十二小劫、像法の世に住すること亦三十二小劫なり。」 爾の時、世尊重ねて此の義を宣べんと欲して、偈を説きて言わく、
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