法華経 / 方便品第二(11)
如是諸世尊,種種緣譬喻,無數方便力,演說諸法相。 是諸世尊等,皆說一乘法,化無量眾生,令入於佛道。 又諸大聖主,知一切世間、天人群生類,深心之所欲, 更以異方便,助顯第一義。若有眾生類,值諸過去佛, 若聞法布施,或持戒忍辱、精進禪智等,種種修福慧。 如是諸人等,皆已成佛道。諸佛滅度已,若人善軟心, 如是諸眾生,皆已成佛道。諸佛滅度已,供養舍利者, 起萬億種塔,金銀及玻璃、硨磲與瑪瑙、玫瑰琉璃珠, 清淨廣嚴飾,莊校於諸塔。或有起石廟,栴檀及沈水, 木蜜並餘材,塼瓦泥土等。若於曠野中,積土成佛廟。 乃至童子戲,聚沙為佛塔。如是諸人等,皆已成佛道。 若人為佛故,建立諸形像,刻雕成眾相,皆已成佛道。 或以七寶成,鋀石赤白銅、白鑞及鉛錫,鐵木及與泥, 或以膠漆布、嚴飾作佛像,如是諸人等,皆已成佛道。 彩畫作佛像,百福莊嚴相,自作若使人,皆已成佛道。 乃至童子戲,若草木及筆、或以指爪甲、而畫作佛像, 如是諸人等,漸漸積功德,具足大悲心,皆已成佛道。 但化諸菩薩,度脫無量眾。若人於塔廟、寶像及畫像, 以華香幡蓋、敬心而供養。若使人作樂,擊鼓吹角貝, 簫笛琴箜篌、琵琶鐃銅鈸,如是眾妙音,盡持以供養。
新字:如是諸世尊,種種縁譬喩,無数方便力,演説諸法相。 是諸世尊等,皆説一乗法,化無量衆生,令入於仏道。 又諸大聖主,知一切世間、天人群生類,深心之所欲, 更以異方便,助顕第一義。若有衆生類,値諸過去仏, 若聞法布施,或持戒忍辱、精進禅智等,種種修福慧。 如是諸人等,皆已成仏道。諸仏滅度已,若人善軟心, 如是諸衆生,皆已成仏道。諸仏滅度已,供養舎利者, 起万億種塔,金銀及玻璃、硨磲与瑪瑙、玫瑰琉璃珠, 清浄広厳飾,荘校於諸塔。或有起石廟,栴檀及沈水, 木蜜並余材,塼瓦泥土等。若於曠野中,積土成仏廟。 乃至童子戯,聚沙為仏塔。如是諸人等,皆已成仏道。 若人為仏故,建立諸形像,刻雕成衆相,皆已成仏道。 或以七宝成,鋀石赤白銅、白鑞及鉛錫,鉄木及与泥, 或以膠漆布、厳飾作仏像,如是諸人等,皆已成仏道。 彩画作仏像,百福荘厳相,自作若使人,皆已成仏道。 乃至童子戯,若草木及筆、或以指爪甲、而画作仏像, 如是諸人等,漸漸積功徳,具足大悲心,皆已成仏道。 但化諸菩薩,度脱無量衆。若人於塔廟、宝像及画像, 以華香幡蓋、敬心而供養。若使人作楽,撃鼓吹角貝, 簫笛琴箜篌、琵琶鐃銅鈸,如是衆妙音,尽持以供養。
書き下し
是くの如き諸の世尊は、種種の縁・譬喩、無数の方便力をもって、諸法の相を演説したもう。 是の諸の世尊等は、皆な一乗の法を説き、無量の衆生を化して、仏道に入らしめたもう。 又た諸の大聖主は、一切世間の天・人・群生類の、深心の欲する所を知り、 更に異なる方便をもって、第一義を助け顕したもう。若し衆生の類、諸の過去の仏に値い、 若しは法を聞き、布施し、或いは持戒・忍辱・精進・禅・智等、種種に福慧を修せば、 是くの如き諸人等は、皆な已に仏道を成ぜり。諸仏の滅度し已りて、若し人、善軟の心にして、 是くの如き諸の衆生は、皆な已に仏道を成ぜり。諸仏の滅度し已りて、舎利を供養する者、 万億種の塔を起て、金・銀及び玻璃、硨磲と瑪瑙、玫瑰・琉璃珠をもって、 清浄に広く厳飾し、諸の塔を荘校す。或いは石廟を起つる有り、栴檀及び沈水、 木蜜并びに余の材、塼瓦・泥土等をもってす。若しは曠野の中に於いて、土を積んで仏廟を成し、 乃至童子の戯れに、沙を聚めて仏塔と為すも、是くの如き諸人等は、皆な已に仏道を成ぜり。 若し人、仏の為の故に、諸の形像を建立し、刻み彫りて衆相を成せば、皆な已に仏道を成ぜり。 或いは七宝をもって成し、鋀石、赤白の銅、白鑞及び鉛・錫、鉄・木及び泥をもってし、 或いは膠漆・布をもって、厳飾して仏像を作らば、是くの如き諸人等は、皆な已に仏道を成ぜり。 彩画して仏像を作り、百福荘厳の相をなさば、自ら作り、若しは人をして作らしむるも、皆な已に仏道を成ぜり。 乃至童子の戯れに、若しは草木及び筆、或いは指爪甲をもって、画きて仏像を作らば、 是くの如き諸人等は、漸漸に功徳を積み、大悲心を具足して、皆な已に仏道を成ぜり。 但だ諸の菩薩を化し、無量の衆を度脱す。若し人、塔廟、宝像及び画像に於いて、 華香・幡蓋をもって、敬心して供養し、若しは人をして楽を作さしめ、鼓を撃ち、角貝を吹き、 簫・笛・琴・箜篌、琵琶・鐃・銅鈸、是くの如き衆の妙音を、尽く持って供養し、
現代語訳
このような諸の世尊は、さまざまな縁と譬え、無数の方便の力によって、諸法の相を説かれます。 これらの世尊は、皆、一乗の法を説き、無数の衆生を教え導いて、仏道に入らせられます。 また、諸の大聖主は、一切の世間の天、人、衆生の、心の奥深くの望むところを知り、 さらに別の方便によって、第一義を助け顕されます。もし衆生が、過去の諸仏にめぐりあい、 法を聞き、布施し、あるいは持戒、忍辱、精進、禅定、智慧などを行って、さまざまに福と慧を修めるなら、 このような人々は、みなすでに仏道を成就したのです。諸仏が滅度されたのち、もし人がやさしく柔らかな心をもっているなら、 このような衆生は、みなすでに仏道を成就したのです。諸仏が滅度されたのち、舎利を供養する者が、 万億種の塔を建て、金、銀、玻璃、硨磲、瑪瑙、玫瑰、琉璃の珠で、 清らかに広く飾り、多くの塔を整え飾る場合もあります。あるいは石の廟を建てる者もあり、栴檀や沈水香、 木蜜やその他の材木、瓦や泥土などを用います。あるいは荒野の中で、土を積んで仏廟を作り、 子どもが遊びの中で砂を集めて仏塔を作っても、このような人々は、みなすでに仏道を成就したのです。 もし人が仏のために、さまざまな像を建て、刻み彫って多くの相を作るなら、みなすでに仏道を成就しています。 あるいは七宝で作り、鍮石、赤銅や白銅、白鑞や鉛や錫、鉄や木や泥で作り、 あるいは膠や漆を塗った布で、飾り立てて仏像を作るなら、このような人々は、みなすでに仏道を成就しています。 色を塗って仏像を描き、百の福で飾られた相を表し、自分で作るか人に作らせるかにかかわらず、みなすでに仏道を成就しています。 子どもが遊びの中で、草や木や筆、あるいは指の爪で、絵に仏像を描いても、 このような人々は、次第に功徳を積み、大悲の心を具えて、みなすでに仏道を成就しています。 ただ菩薩を教え導き、無数の衆生を救い出すのみです。もし人が塔廟、宝の像、絵の像に対して、 花や香、旗や天蓋で、敬いの心をもって供養し、あるいは人に音楽を奏でさせ、太鼓を打ち、角や貝を吹き、 簫、笛、琴、箜篌、琵琶、鐃、銅鈸など、このようなさまざまな妙なる音を、すべて用いて供養するなら、
解説

人生を、一行の式にしてみた。
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