抱朴子外篇 / 知止
夫矢曾繳紛紜則鴛雛徊翮,坑阱充蹊則麟虞斂跡。情不可極,欲不可滿,達人以道制情,以計遣欲,為謀者猶宜使忠,況自為策而不詳哉!蓋知足者常足也,不知足者無足也。常足者,福之所赴也;無足者,禍之所鍾也。生生之厚,殺哉生矣,宋氏引苗,郢人張革,誠欲其快,而實速萎裂,知進忘退,斯之謂乎?夫筴奔而不止者,鮮不傾墜;淩波而無休者,希不沈溺;弄刃不息者,傷刺之由也;斫擊不輟者,缺毀之原也。盈則有損,自然之理,周廟之器,豈欺我哉?故養由之射,行人識以馳弦,東野之禦,顏子知其方敗,成功之下,未易久處也。夫飲酒者不必盡亂,而亂者多焉;富貴者豈其皆危,而危者有焉。
新字:夫矢曽繳紛紜則鴛雛徊翮,坑阱充蹊則麟虞斂跡。情不可極,欲不可満,達人以道制情,以計遣欲,為謀者猶宜使忠,況自為策而不詳哉!蓋知足者常足也,不知足者無足也。常足者,福之所赴也;無足者,禍之所鍾也。生生之厚,殺哉生矣,宋氏引苗,郢人張革,誠欲其快,而実速萎裂,知進忘退,斯之謂乎?夫筴奔而不止者,鮮不傾墜;淩波而無休者,希不沈溺;弄刃不息者,傷刺之由也;斫撃不輟者,欠毀之原也。盈則有損,自然之理,周廟之器,豈欺我哉?故養由之射,行人識以馳弦,東野之禦,顔子知其方敗,成功之下,未易久処也。夫飲酒者不必尽乱,而乱者多焉;富貴者豈其皆危,而危者有焉。
書き下し
夫れ矢と繳と紛紜たれば則ち鴛雛は翮を徊らし、坑阱の蹊に充つれば則ち麟虞は跡を斂む。情は極む可からず、欲は満たす可からず、達人は道を以て情を制し、計を以て欲を遣る。謀を為す者すら猶お宜しく忠ならしむべし、況んや自ら策を為して詳らかにせざるをや。蓋し足るを知る者は常に足り、足るを知らざる者は足る無し。常に足る者は福の赴く所、足る無き者は禍の鍾まる所なり。生を生とするの厚きは、殺は哉ち生ず。宋氏の苗を引き、郢人の革を張るは、誠に其の快を欲するも、実は萎え裂くるを速やかにす。進むを知りて退くを忘るとは、斯れの謂いか。夫れ筴は奔りて止まざれば、傾き墜ちざること鮮し。波を淩ぎて休むこと無き者は、沈溺せざること希なり。刃を弄びて息まざるは傷刺の由なり。斫り撃ちて輟めざるは缺毀の原なり。盈つれば則ち損あるは、自然の理にして、周廟の器、豈に我を欺かんや。故に養由の射は、行人の識りて以て弦を馳す。東野の禦は、顔子の其の方に敗れんとするを知る。成功の下は、未だ久しく処り易からず。夫れ酒を飲む者は必ずしも尽く乱れず、而れども乱るる者多し。富貴なる者は豈に其れ皆危うからん、而れども危うき者あり。
現代語訳
矢と糸つきの矢が入り乱れれば鴛鴦のひなは羽を巡らして避け、落とし穴が道に満ちれば麒麟や騶虞は足跡を収める。情は極めてはならず、欲は満たしてはならない。達人は道によって情を制し、計によって欲を払う。人の謀を引き受ける者でさえ忠実であるべきなのに、まして自分の策を立てて詳しく考えないことがあってよいだろうか。思うに、足るを知る者は常に足り、足るを知らない者は足りることがない。常に足りる者は福の集まる所であり、足りない者は禍の集まる所である。生に厚くしすぎれば、かえって死が生じる。宋の人が苗を引き伸ばし、郢の人が革を張りすぎたのは、まことに早く成果を得たかったのだが、実際には枯れ裂けるのを早めた。進むことを知って退くことを忘れるとは、これのことだろうか。そもそも駆ける馬は止まらなければ、転覆しないことはまれで、波を越えて休まない者は、溺れないことはまれである。刃を弄んでやめないのは傷つく由縁であり、斫り打ってやめないのは欠け壊れる原因である。満ちれば欠けるのは自然の理で、周の廟の傾く器が、どうして我々を欺こうか。だから養由基の弓は通りがかりの人が弦を緩めるように諭し、東野畢の馬術は顔回がやがて敗れると知った。成功の下には長くとどまりにくい。酒を飲む者がすべて乱れるわけではないが、乱れる者は多い。富貴の者がすべて危ういわけではないが、危うい者はいる。
解説
この章句が説くこと
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抱朴子外篇・知止抱朴子曰く、禍は足る無きより大なるは莫く、福は知止より厚きは莫し。盈つるを抱き沖に居る者は、必ず全うするの算なり。宴安し盛満なる者は、保ち難きの危うきなり。善巻・巣父・許由・管・胡の徒の若きは、みな雲物を蹈みて以て高く鶩せ、龍鳳に依りて跡を竦め、鋒を韜むを香餌の中に覘い、覆車を来軔の路に寤り、険途を違りて遐く済る。故に能く詹何の釣緡を免る。善く微景を形の外に料り、堅氷を未だ霜ふらざるに覿、薪を徙し突を曲ぐること方に熾んなる火に於いてし、舟を纚ぎ楫を弭むること沖風の前に於いてし、九牛の害を瞻て深く沈み、密蔚を望みて曾ち逝き、巣を葦苕の末に托せず、寝を崩山の崖に偃せざる者と謂う可きなり。斯れ皆器大に量弘く、機を審らかにし致を識り、儕を淩ぎて独り往き、常欲に牽かれず、神は造化に参わり、心は万物を遺る。欲す可きも其の純粋を蠆介すること能わず、理に近きも其の清澄を耗滑すること能わず。苟くも若き人の自然無くんば、誠に絶軌に企及し難し。徒らに功成れば身退くを知らしめ、労に処ること大なる者は賞せられず、狡兎死すれば則ち猟犬の用いられざるを知り、高鳥尽くれば則ち良弓の将に棄てられんとするを覚らしむ。彭・韓の明鏡に鑒みて、簪を抽くの術を念い、越の種の暗機を睹て、則ち金象の貴きを識る。範公の艘を泛べて以て景を絶ち、薛生の乱を遜れて以て潔を全うし、二疏の印を盈つるに方りて投じ、田豫の紱を漏尽に釈くが若きは、進みては亢悔の咎を脱れ、退きては濡尾の吝無く、清風は以て千載の塵を揚ぐるに足り、徳音は以て将来の惑いを祛うに足る。之を陳宝に方ぶれば、亦た邈からずや。
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抱朴子外篇・知止吾聞く、熾んなる無くして滅びざるは無く、溢るる靡くして損なわざるは靡く、煥赫は委灰の兆しを有し、春草は秋に瘁むの端となる。日中すれば則ち昃き、月盈つれば則ち蝕く。四時の序は、功を成す者は退く。遠くは諸を物に取れば、高く崇く峻きを構えて限り無きは、則ち頽れ壊るるを惟れ憂う。近くは諸を身に取れば、嘉き膳と旨き酒とを節せざれば、則ち疾を結びて性を傷う。況んや其の高きこと雲霄に概し、積むこと猶お止まず、其の威は人主を震わして崇きを加え、又た息まざる者をや。蚊虻の山より堕つるは、適に翺翔するに足る。兕虎の墜つるは、砕けて齏と為る。此れ大なる物の、所を失うべからざるを言うなり。且つ夫れ色を正して違を弾じ、直道にして行い、幹紀を打撲して、讎隙を慮らざれば、則ち怨み深く恨み積もる。若し法を舍き非を容れ、属托すること響くが如く、剛を吐き柔を茹い、委曲して縄墨すれば、則ち忠は□れ喪敗す。此の地に居る者は、変じて労せざらんや。是を以て身名並び全うする者は甚だ希にして、足を折り食を覆す者は乏しからず。
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抱朴子外篇・知止或いは智小さくして大を謀るに敗れ、或いは轅弱くして重きを載せて折れ、或いは独り是にして衆の非に陥り、或いは忠を尽くして兼会に訐かる。或いは高算を倡えて晁錯の禍を受け、或いは心力を竭くして呉起の害に遭う。故に高きに跼まり厚きに蹐むもの有りて、猶お免れず。公旦の放たれ、仲尼の行き、賈生の下士に遜擯せられ、子長の無辜に熏腎せられ、楽毅の斉を平らげ、伍員の楚を破り、白起の百勝を以て疆を拓き、文子の九術を以て越に覇たらしめ、韓信の功天下に蓋い、黥布の家を滅ぼして以て命を佐くるは、栄えは晷を移さず、辱めは已に及べり。其の禍を避けざるは、豈に智者ならんや。臣たること易からず、豈に一途のみならんや。要して之を言えば、決は主を択ぶに在り。我の頼むに足らざること、其の験は此くの如し。退きを告げて賢に避くれば、潔くして且つ安く、美名と厚実とは、福の大なるは焉より大なるは莫し。能く此の術を修むる者は、万に未だ一有らず。吉凶は人に由る、思う勿かる可けんや。逆耳の言は、之を楽しむ者希にして、献納して栄えを期すれば、将に身の禍を速やかにせんとす。誹謗を救うに其れ暇あらず、何ぞ信受の必す可けんや。
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