抱朴子外篇 / 喻蔽
若如雅論,貴少賤多,則穹隆無取乎宏燾,而旁泊不貴於厚載也。夫跡水之中,無吞舟之鱗;寸枝之上,無垂天之翼;蟻垤之巔,無扶桑之林;潢潦之源,無襄陵之流。巨鰲首冠瀛洲,飛波淩乎方丈;洪桃盤於度陵,建木竦於都廣;沈鯤橫於天池,雲鵬戾乎玄象。且夫雷霆之駭,不能細其響;黃河之激,不能局其流;騏騄追風,不能近其跡;鴻鵠奮翅,不能卑其飛。雲厚者雨必猛,弓勁者箭必遠。王生學博才大,又安省乎!
新字:若如雅論,貴少賤多,則穹隆無取乎宏燾,而旁泊不貴於厚載也。夫跡水之中,無呑舟之鱗;寸枝之上,無垂天之翼;蟻垤之巔,無扶桑之林;潢潦之源,無襄陵之流。巨鰲首冠瀛洲,飛波淩乎方丈;洪桃盤於度陵,建木竦於都広;沈鯤横於天池,雲鵬戻乎玄象。且夫雷霆之駭,不能細其響;黄河之激,不能局其流;騏騄追風,不能近其跡;鴻鵠奮翅,不能卑其飛。雲厚者雨必猛,弓勁者箭必遠。王生学博才大,又安省乎!
書き下し
若し雅論の如く、少なきを貴び多きを賤しむならば、則ち穹隆は宏き燾いに取る無く、旁泊は厚き載せるを貴ばず。夫れ跡水の中に、舟を呑む鱗無く、寸枝の上に、天に垂るる翼無し。蟻垤の巓に、扶桑の林無く、潢潦の源に、陵を襄る流れ無し。巨鰲は首に瀛洲を冠し、飛波は方丈を淩ぐ。洪桃は度陵に盤り、建木は都広に竦ゆ。沈鯤は天池に横たわり、雲鵬は玄象に戻る。且つ夫れ雷霆の駭くは、其の響きを細くする能わず。黄河の激するは、其の流れを局する能わず。騏騄は風を追い、其の跡を近くする能わず。鴻鵠は翅を奮い、其の飛ぶを卑くする能わず。雲厚き者は雨必ず猛く、弓勁き者は箭必ず遠し。王生は学博く才大なり、又た安んぞ省みんや。
現代語訳
もし雅なる論の通りに、少ないことを貴び多いことを賤しむなら、天の大きなおおいは広く覆うことに価値がなく、大地のひろがりは厚く載せることを貴ばないことになる。そもそも牛の足跡にたまった水の中に、舟を呑む魚はなく、わずか一寸の枝の上に、天に垂れるほどの翼を持つ鳥はいない。蟻塚の頂に扶桑の林はなく、水たまりの源に陵を押し流す流れはない。巨大な亀は頭に瀛洲を戴き、飛ぶ波は方丈を凌ぐ。大きな桃は度陵に蟠り、建木は都広にそびえる。沈む鯤は天池に横たわり、雲の鵬は天空に至る。かつ雷霆の驚かす響きは小さくできず、黄河の激しい流れは狭めることができず、騏や騄の駿馬が風を追う跡を近くすることはできず、鴻や鵠が翼を振るって飛ぶのを低くすることはできない。雲が厚ければ雨は必ず激しく、弓が強ければ矢は必ず遠くへ飛ぶ。王生は学が広く才が大きい。どうしてこの理を省みないことがあろうか。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
抱朴子外篇・廣譬抱朴子曰く、源を開くこと億仞ならざれば、則ち山を懐くの流れ無く、崇峻の霄を淩がざれば、則ち天に彌るの雲無し。財豊かならざれば、則ち其の恵み博からず、才遠からざれば、則ち其の辞贍らず。故に盈丈の牙を睹れば、則ち其の径寸の口より出でざるを知り、百尋の枝を則れば、則ち其の毫末の木に附かざるを知る。
-
抱朴子外篇・博喻抱朴子曰く、蔭を万畝に垂るる者は、必ず峻極の嶺に出づ、天に滔り陵に襄る者は、必ず板桐の源より発す。邈世の勲は、必ず絶倫の器に由り、傾きを定むるの算は、必ず冠俗の懐より吐く。是を以て焦螟の巣の蟲には、風に乗るの羽無く、溝澮の中には、宵朗の琦無し。
-
抱朴子外篇・喻蔽「吾子云う、玉は少なきを以て貴く、石は多きを以て賤しと。夫れ玄圃の下、荊華の顛、九員の沢、折方の淵、琳瑯積みて山を成し、夜光煥として天を灼く、顧うに善からずや。又た庖犧氏の著作多からざるを引くも、周公既に大易を繇し、之に加うるに礼楽を以てし、仲尼は春秋を作りて之を重ぬるに十篇を以てするが若き、庖犧に過ぎ、老氏より多きは、皆当に貶さるべきなり。言少なければ則ち至理備わらず、辞寡なければ既に庶事暢びず。是を以て必ず篇を累ね巻を積んで、綱領挙がるを須つ。義和は光を升げて以て旦を啓き、望舒は景を曜かせて以て夜を灼く。五材は並び生じて用を異にし、百薬は雑え秀でて治を殊にす。四時会して歳功成り、五色聚まりて錦繍麗し、八音諧いて簫韶美し、群言合して道芸弁ず。猗頓の材を積みて之を用うること甚だ少なきは、是れ何ぞ原憲に異ならん。無銓の量を懐きて著述約陋なるは、亦た何ぞ瑣碌に別つに加えん。音は知者の為に珍とされ、書は識者の為に伝わる。瞽曠の鍾を調うるは、未だ必ずしも同世に解を求めず。格言高文、豈に賞する莫きを患えて之を減らさんや。且つ夫れ江海の穢物は、勝げて計る可からざるも、其の深きを損なわず。五嶽の曲木は、訾量す可からざるも、其の峻しきを虧かず。夏后の璜は、分毫の瑕有りと雖も、暉曜符彩、足りて相い補う。数千万言、艶ならざる辞有りと雖も、事義高遠にして、足りて相い掩う。故に曰く、四瀆の濁りは、甕水の清きに方べず。巨象の痩せたるは、羔羊の肥えたるに同じからず。」
-
抱朴子外篇・博喻抱朴子曰く、価直万金なる者は、其の物を見るを待たずして好悪別つ可く、条枝連抱なる者は、其の木を囲むを俟たずして巨細論ず可し。故に洪濤の天に滔るを望めば、則ち其の潢汙の中に起こらざるを知り、翰草の汪濊たるを観れば、則ち其の章句の徒より出でざるを知る。
-
抱朴子外篇・喻蔽抱朴子曰く、余は雅に王仲任が論衡八十余篇を作るを、冠倫の大才と為すと謂えり。同門の魯生有りて余を難じて曰く、「夫れ瓊瑤は寡きを以て奇と為し、磧礫は多きを以て賤と為す。故に庖犧の卦は十に盈たずして二儀を彌綸し、老氏の言は万に満たずして道徳備さに挙がる。王充の書を著すは、箱を兼ね袠を累ね、而も乍ち出で乍ち入り、或いは儒、或いは墨、辞を属ね義を比ぶるも、又た尽くは美ならず。所謂陂原の蒿莠は、歩武の黍稷に若かざるなり」と。抱朴子答えて曰く、「且つ夫れ作る者を聖と謂い、述ぶる者を賢と謂う。徒だ述作の品を見て、未だ多少の限りを聞かず。吾子の所謂は、巣穴の沈昧に竄れて、八紘の外無きを知らず、燈燭の宵曜を守りて、三光の晃朗を識らず、潢洿の浅狭に遊びて、南溟の浩汗を覚えず、丘垤の位埤きに滞りて、嵩岱の峻極なるを悟らざるなり。両儀の大と称せらるる所以は、其の八荒を函括し、緬邈として表無きを以てなり。山海の富と為る所以は、其の曠闊を包籠し、雑錯を含受するを以てなり。
-
抱朴子外篇・博喻抱朴子曰く、波を止むるの修鱗は、窮谷の隘きより出でず、鸞の棲む峻木は、培螻の卑きに秀でず、九疇の格言は、庸猥の口より吐かれず、金版の高算は、恒民の懐より出でず。百抱の支を睹れば、則ち以て其の本の細からざるを知るに足り、汪濊の文を睹れば、則ち以て其の人の淵邃なるを覚るに足る。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る