抱朴子外篇 / 弭訟
儻令女有國色,傾城絕倫,而值豪右權臣之徒,目玩冶容,心忘禮度,資累千金,情無所吝。十倍還娉,猶所不憚,況但一乎?華氏不難於殺孔父而取其妻,楚人為子迎婦,以其美而自納之。以此論之,豈惜傾竭居產以助女氏還前家之直哉!小人輕薄,睚眥成怨,又喜委衰逐盛,蹋冷趨熱,此法之行,則必多奪貧賤而與富貴者矣。不審吾君,何方以防弊乎!
新字:儻令女有国色,傾城絶倫,而値豪右権臣之徒,目玩冶容,心忘礼度,資累千金,情無所吝。十倍還娉,猶所不憚,況但一乎?華氏不難於殺孔父而取其妻,楚人為子迎婦,以其美而自納之。以此論之,豈惜傾竭居産以助女氏還前家之直哉!小人軽薄,睚眥成怨,又喜委衰逐盛,蹋冷趨熱,此法之行,則必多奪貧賤而与富貴者矣。不審吾君,何方以防弊乎!
書き下し
儻し女に国色有り、城を傾け絶倫なるも、豪右権臣の徒に値わば、目は冶容を玩び、心は礼度を忘れ、資は千金を累ね、情に吝しむ所無し。十倍して娉を還すも、猶お憚らざる所、況んや但だ一なるをや。華氏は孔父を殺して其の妻を取るに難しとせず、楚人は子の為に婦を迎えて、其の美なるを以て自ら納る。此を以て之を論ずれば、豈に居産を傾竭して以て女氏の前家の直を還すを助くるを惜しまんや。小人は軽薄にして、睚眥も怨みと成り、又衰を委て盛を逐い、冷を蹋み熱に趨るを喜ぶ。此の法の行わるれば、則ち必ず貧賤より多く奪いて富貴に与えんか。審らかならず吾が君、何れの方を以て弊を防がんとするか。
現代語訳
もし女が国一番の美貌で、城を傾けるほど並外れていて、権勢ある豪族や重臣の徒に出会えば、目は艶やかな姿を弄び、心は礼の度を忘れ、財産は千金を積み、情にも惜しむところがない。結納を十倍にして返すことさえ憚らないのだから、まして一倍ならなおさらである。華督は孔父嘉を殺してその妻を奪うことをためらわず、楚の人は子のために嫁を迎えながら、その美しさゆえに自らのものにした。これを以て論ずれば、家産を傾けつくして女の家が前の家に返す額を助けることなど、惜しむはずがない。小人は軽薄で、睨まれたことも怨みになり、衰えたものを捨てて盛んなものを追い、冷たいところを踏んで熱いところに走ることを好む。この法が行われれば、貧しく賤しい者から多くを奪って富貴の者に与えることになるであろう。わが君は、どのような方法でこの弊害を防ごうとするのか、詳しく知りたいものだ。
解説
この章句が説くこと
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抱朴子外篇・弭訟夫れ伏せざる人は、死を視ること帰するが猶し、血刃の禍は、是に於いて将に起こらんとす。今茍くも其の辞訟の小醜を惜しみて、其の忍び難きの大恨みを構うるは、所謂其の僦覧の煩わしきを愛しみて、其の雕殞の酷きを忘るるなり。夫れ物を市に買う者、或いは価を加えて之を奪えば、則ち忍びて忿然たらざるは鮮し、況んや奪われて告ぐるを待つの妻をや。此の法遂に用いらるれば、婚を結ぶ者をして、敬を納め親迎すと雖も、猶お奪わるるの慮りを抱かしめん。何となれば、劉君の論は、同牢を以て断と為す、固なり。爾れば則ち女氏は幣を受くること積年なりと雖も、恒に意に在るの威を挟み、数ば奪う可きを恃みて、必ず婿を択ぶに惰り、婿小しく意を得ざれば、便ち改悔するを得、讎を結び禍を帯びること、此れより甚だしきは莫し。曩人の法を画きし、慮りは終始に関わり、漸を杜ぎ萌を防ぎ、思うこと良に精しきも、恣奪の路を関さず、報板の制を以て断ずるは、殆ど決する有らんか。
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抱朴子外篇・弭訟抱朴子答えて曰く、「劉君は徳譲の淩替を憫れみ、民争の化を損なうを疾み、我を速くせしむると雖も訟えて、室家足らず、和を用うるの貴きも、将に遂に淪胥せんとす。讜言を創めて以て世の遺を拾い、嘉謀を建てて以て流遁を拯う。紛嘩の俗は、将に此を以て易り、無恥の風は、将に此に由りて移らん。情偽を弥綸すること、固より間し難し。誠に経国の永法、至益の篤論なり。洪は不敏を以て、至理を識らず、造次に問いを承け、竊かに疑い有り。夫れ婚媾の結びは、義として逼迫する無し、彼は則ち簡択して求め、此は則ち意に可なれば乃ち許す。軽諾して後に悔ゆるは、罪は女氏に在り、言を食み信を棄て、与奪情に任するは、厳防峻制も、未だ之を弭むる能わず。今猥りに之を恣にし、唯だ裨娉を倍にするを責むれば、貧者の憚る所にして、財に豊かなる者は、則ち其の願いに適う。後に許す所の者は、或いは能く富殖して、其の裨娉を助けば、必ず甘心する所ならん。然れば則ち先の家は拱默して、言有るを得ず、情を原ねて之を論ずれば、能く怨嘆する無からんや。
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抱朴子外篇・弭訟或ひと曰く、「女氏をして娉を受くること豊約と無く、皆即日に報板せしめ、後に皆時人をして別板に姓名を署せしめ、必ず十人已上、必ず遠行及び死亡に備えしむ可し。又女の父兄若しくは伯叔をして、婿家に書を答えしめ、必ず手書の一紙とし、若し変悔有りて証拠明らかなる者は、女氏の父母兄弟、皆刑罪を加えん。此くの如くんば、庶わくは訟無き者ならんか」と。
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抱朴子外篇・弭訟姑子の劉君士由の論に曰く、「人綱は夫婦に始まり、判合は二儀に擬う。是の故に大婚の礼は、古人の重んずる所、将に二姓の好を合わせて、以て祖宗の基を承けんとす。主人は門に拝迎し、命を廟に聴き、玄纁・贄幣、親ら御して綏を授く。婿に三年の喪有れば、命を女氏に致し、女氏許諾して敢えて改めず。大喪既に没すれば、命を婿に請い、婿に辞有りて、然る後に乃ち嫁ぐ。崇敬・譲る所以なり。豈に先に訟えて後に婿とすと謂うこと有らんや。而るに末世は軽慢にして、化を傷つけ俗を敗り、挙げて義を修めず、許して与えず、訟鬩穢辱して、官曹に煩塞す。今諸もろの婚を争う者をして、未だ同牢に及ばざれば、皆義絶を聴し、而して酒礼を倍還し、其の幣帛を帰さしむ可し。其の嘗て已に再び離れたる者は、一倍の裨娉。其の三たび絶つ者は、再倍の裨娉。此くの如くんば、離るる者は訟心を生ぜず、貪吝なる者は重く受くるに利無し、乃ち王治の要術、易えざる永法なり」と。
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抱朴子外篇・疾謬或いは他門に宿し、或いは夜を冒して反る。仏寺に遊戯し、漁畋を観視す。高きに登り水に臨み、境を出でて慶吊す。車を開き幃を褰げ、城邑を周章す。杯觴を路に酌み、弦歌を行に奏し、転た相高尚とし、非を習いて俗と成る。生きながらにして因縁を致し、肯んぜざる所無し。淫を誨うるの源、急ならざることの甚だしきなり。寡妻に刑すれば、家邦乃ち正し。願わくは諸君子、少しく禁絶す可きことを。婦に外事無きは、微を防ぐ所以なり。抱樸子曰く、軽薄の人は、跡高深に廁わり、交わり財贍を成し、名位粗ぼ会えば、便ち礼に背き教えを判ち、托して率任と雲い、才逸倫ならざるに、強いて放達を為す。傲兀無検の者を以て大度と為し、節操を惜護する者を以て渋少と為す。是に於いて臘鼓の無頼の子、白醉耳熱の後、党を結び群を合わせ、遊ぶに類を択ばず、奇士碩儒も、或いは籬を隔てて授けず、妄りに行く所在、遠しと雖も必ず至り、手を携え袂を連ね、以て遨び以て集い、他の堂室に入り、人の婦女を観、玷の修短を指し、美醜を評論す。此れ等の何為る者なるかを解せず。
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抱朴子外篇・疾謬抱樸子曰く、俗間に婦を戯るるの法有り。稠衆の中、親属の前に於いて、問うに醜言を以てし、責むるに慢対を以てす。其の鄙黷たること、忍んで論ず可からず。或いは蹙するに楚撻を以てし、或いは脚を繋ぎ倒懸す。酒客は酗醟して、限斉を知らず、傷の血を流す有り、支体を踒折するに至る者有り、嘆く可き者なり。古人は離別に感じて燭を滅さず、親に代わるを悲しみて楽を挙げず。礼を論ずるに、娶る者は羞じて賀せず。今は既に旧典を動蹈する能わざるも、徳は郷閭の敬う所と為り、言は人士の信ずる所と為るに至りては、誠に宜しく色を正して矯して之を呵るべし。何ぞ其の波流を同じくし、此の弊俗を長ずるを謂わんや。然れども民間の之を行うこと日久しく、其の非を覚る莫し。或いは清談の禁ずる能わざる所、峻刑に非ざれば止む能わず。遂に周を詘し孔を疵り、傲放を以て邈世と謂う。
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