抱朴子外篇 / 行品
夫物有似而實非,若然而不然。料之無惑,望形得神,聖者其將病諸,況乎常人?故用才取士,推昵結友,不可以不精擇,不可以不詳試也。若乃性行之惑變,始正而終邪,若王莽初則美於伊霍,晚則劇於趙高,又非中才所能逆盡也。若令士之易別,如鷦鷯之與鴻鵠,狐兔之與龍麟者,則四兇不得官於堯朝,管蔡不得幾危宗周,仲尼無淡臺之失,延陵無捐金之恨,伊尹無七十之勞,項羽無嫌範之悔矣。所患於其如石武石夫之亂瑾瑜,鷦螟之似鳳皇,凝冰之類水精,煙熏之疑雲氣,故令不謬者鮮也。惟帝難之,矧乎近人哉!
新字:夫物有似而実非,若然而不然。料之無惑,望形得神,聖者其将病諸,況乎常人?故用才取士,推昵結友,不可以不精択,不可以不詳試也。若乃性行之惑変,始正而終邪,若王莽初則美於伊霍,晩則劇於趙高,又非中才所能逆尽也。若令士之易別,如鷦鷯之与鴻鵠,狐兔之与竜麟者,則四兇不得官於堯朝,管蔡不得幾危宗周,仲尼無淡台之失,延陵無捐金之恨,伊尹無七十之労,項羽無嫌範之悔矣。所患於其如石武石夫之乱瑾瑜,鷦螟之似鳳皇,凝冰之類水精,煙熏之疑雲気,故令不謬者鮮也。惟帝難之,矧乎近人哉!
書き下し
夫れ物に似て実は非なる有り、然るが若くして然らざる有り。之を料りて惑う無く、形を望みて神を得るは、聖者も其れ将に諸れを病みとせんとす、況んや常人をや。故に才を用い士を取り、昵しみを推して友を結ぶには、精しく択ばざる可からず、詳らかに試みざる可からず。若し乃ち性行の惑変、始めは正しくして終わりは邪なる、王莽の初めは伊・霍より美にして、晩には趙高より劇しきが若きは、又中才の能く逆め尽くす所に非ず。若し士をして別ち易からしむること、鷦鷯の鴻鵠に於ける、狐兔の龍麟に於けるが如くならしめば、則ち四凶は堯朝に官たるを得ず、管・蔡は宗周を幾んど危うくするを得ず、仲尼に澹台の失無く、延陵に捐金の恨み無く、伊尹に七十の労無く、項羽に範を嫌うの悔い無からん。患うる所は、其の石武石夫の瑾瑜を乱し、鷦螟の鳳皇に似、凝冰の水精に類し、煙熏の雲気かと疑うが如き、故に謬らざる者をして鮮からしむ。惟れ帝すら之を難しとす、矧んや近人をや。
現代語訳
そもそも物には、似ていて実は違うもの、そうであるようで実はそうでないものがある。これを推し量って惑わず、形を望んで精神を捉えることは、聖人でさえ難しとするほどで、まして凡人はなおさらである。だから才を用い士を採り、親しみを深めて友を結ぶには、精しく選ばなければならず、詳しく試さなければならない。さらに性質や行いが変わり惑う者、始めは正しく終わりは邪な者、たとえば王莽が初めは伊尹や霍光よりも立派で、晩年には趙高よりも激しくなったような場合は、並の才ではあらかじめ見通しきれない。もし士の見分けが、鷦鷯と鴻鵠、狐や兔と龍や麟の違いのように易しいならば、四凶が堯の朝廷で官に就くことはなく、管叔・蔡叔が周王朝を危うくしかけることもなく、孔子に澹台滅明を見誤る失敗もなく、延陵の季札に金を捨てる悔いもなく、伊尹に七十回の苦労もなく、項羽に范増を疑った後悔もなかったであろう。厄介なのは、碔砆が美玉を紛らし、鷦螟が鳳凰に似、凝った氷が水晶に類し、煙のいぶしが雲気かと疑われるような場合で、そのため誤らない者は稀になる。聖帝すらこれを難しいとした。まして身近な人においてはなおさらである。
解説
この章句が説くこと
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