抱朴子外篇 / 用刑
「八卦之作,窮理盡性,明罰用獄,著於《噬嗑》;系以徽纆,存乎《習坎》。然用刑其來尚矣。逮於軒轅,聖德尤高,而躬親征伐,至於百戰,僵屍涿鹿,流血阪泉,猶不能使時無叛逆,載戢幹戈。亦安能使百姓皆良,民不犯罪而不治者,未之有也。唐虞之盛,象天用刑,竄殛放流,天下乃服。漢文玄默,比隆成康,猶斷四百,鞭死者多。夫匠石不舍繩墨,故無不直之木。明主不廢戮罰,故無陵遲之政也。
新字:「八卦之作,窮理尽性,明罰用獄,著於《噬嗑》;系以徽纆,存乎《習坎》。然用刑其来尚矣。逮於軒轅,聖徳尤高,而躬親征伐,至於百戦,僵屍涿鹿,流血阪泉,猶不能使時無叛逆,載戢幹戈。亦安能使百姓皆良,民不犯罪而不治者,未之有也。唐虞之盛,象天用刑,竄殛放流,天下乃服。漢文玄黙,比隆成康,猶断四百,鞭死者多。夫匠石不舎縄墨,故無不直之木。明主不廃戮罰,故無陵遅之政也。
書き下し
「八卦の作は、理を窮め性を尽くし、罰を明らかにし獄を用うること、噬嗑に著る。系ぐに徽纆を以てするは、習坎に存す。然らば刑を用うるは其の来たること尚し。軒轅に逮びて、聖徳尤も高きも、躬ら征伐を親らし、百戦に至り、屍を涿鹿に僵し、血を阪泉に流して、猶お時に叛逆無からしめ、載ち干戈を戢めしむる能わず。亦た安んぞ能く百姓をして皆良く、民をして罪を犯さざらしめて治まらざる者は、未だ之れ有らざるなり。唐・虞の盛んなるや、天に象りて刑を用い、竄殛放流して、天下乃ち服す。漢文は玄黙にして、成・康に隆を比ぶるも、猶お断つこと四百、鞭死する者多し。夫れ匠石は縄墨を舎かず、故に直ならざるの木無し。明主は戮罰を廃せず、故に陵遅の政無きなり。
現代語訳
「八卦が作られたとき、理を窮め性を尽くし、罰を明らかにして獄を用いることは、噬嗑の卦に著れている。縄で縛ることは、習坎の卦にある。だから刑を用いることは、その由来が古い。軒轅(黄帝)に至って、聖徳はとりわけ高かったが、自ら征伐を行い、百戦に及び、涿鹿に屍を横たえ、阪泉に血を流しても、なお時に叛逆をなくし、武器を収めさせることはできなかった。まして百姓をすべて善良にし、民に罪を犯させないようにする(刑を用いない)ことができ、その上で治まった例は、いまだかつてない。唐・虞の盛世は、天にかたどって刑を用い、流刑や追放を行って、天下はそこでようやく服した。漢の文帝は静かで無為を旨とし、成王・康王に並ぶ盛りであったが、それでもなお四百人を断罪し、鞭打ちで死ぬ者も多かった。大工の匠石は墨縄を手放さないので、曲がった木が出ない。明君は刑罰を捨てないので、衰えていく政治にならない。
解説
この章句が説くこと
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