呻吟語 / 内篇・修身・理に罪を得ざるは難し
不得罪於法易,不得罪於理難。君子只是不得罪於理耳。
書き下し
法に罪を得ざるは易く、理に罪を得ざるは難し。君子は只だ是れ理に罪を得ざるのみ。
現代語訳
法に触れずにいるのはたやすく、理に触れずにいるのは難しい。君子はただ、理に触れないようにするだけです。
解説
法と理の難しさの差を、二十字足らずで示します。法は条文なので抜け道があり、守るのは易しい。理には条文が無く、抜け道も無いので守るのが難しい。だから君子は初めから理のほうを基準にすると言います。法に触れていないという弁明が通用しない世界に、自分を置くということです。倫理の水準を法の上に置く宣言として、簡潔きわまりない一段になっています。
この章句が説くこと
法理基準抜け道倫理
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『呻吟語』内篇・存心・君子は理を畏るること法を畏るるより甚だし法に罪を得るは、尚ほ逃避す可し。理に罪を得るは、更に身を存する處無し。只だ我が底の心、便ち我を放し過ごさず。是の故に君子は理を畏るること法を畏るるより甚だし。
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『呻吟語』内篇・修身・智者は四つと鬥はず智者は命と鬥はず、法と鬥はず、理と鬥はず、勢と鬥はず。
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『墨子』法儀然らば則ち奚を以て治法を為して可ならんか。當に皆な其の父母に法らば奚若ん。天下の父母為る者は衆けれども、仁なる者は寡し。若し皆な其の父母に法らば、此の法は不仁なり。法、不仁なれば、以て法と為す可からず。當に皆な其の學に法らば奚若ん。天下の學を為す者は衆けれども、仁なる者は寡し。若し皆な其の學に法らば、此の法は不仁なり。法、不仁なれば、以て法と為す可からず。當に皆な其の君に法らば奚若ん。天下の君為る者は衆けれども、仁なる者は寡し。若し皆な其の君に法らば、此の法は不仁なり。法、不仁なれば、以て法と為す可からず。故に父母・學・君の三者は、以て治法と為す可き莫し。
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『墨子』法儀子墨子曰く、天下の事を從むる者は、以て法儀無かる可からず。法儀無くして其の事能く成る者は、有ること無し。士の將相為る者に至ると雖も皆な法有り、百工の事を從むる者に至ると雖も亦た皆な法有り。百工は方を為すに矩を以てし、圜を為すに規を以てし、直きは繩を以てし、正しきは懸を以てす。巧工も不巧工も無く、皆な此の四者を以て法と為す。巧なる者は能く之に中り、不巧なる者は中つる能わずと雖も、放依して以て事を從めば、猶お已に逾えたり。故に百工の事を從むるや、皆な法度有り。今、大なる者は天下を治め、其の次は大國を治むるに、而も法度無し。此れ百工の辯なるに若かざるなり。
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『墨子』法儀然らば則ち奚を以て治法を為して可ならんか。故に曰く、天に法るに若くは莫し、と。天の行いは廣くして私無く、其の施しは厚くして徳とせず、其の明るきは久しくして衰えず。故に聖王は之に法る。既に天を以て法と為さば、動作有為には、必ず天に度り、天の欲する所は則ち之を為し、天の欲せざる所は則ち止む。
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