抱朴子外篇 / 良規
夫君,天也,父也。君而可廢,則天亦可改,父亦可易也。功蓋世者不賞,威震主身危。此徒戰勝攻取,勛勞無二者,且猶鳥盡而弓棄,兔訖而犬烹。況乎廢退其君,而欲後主之愛己,是奚異夫為人子而舉其所生捐之山谷,而取他人養之,而雲我能為伯瑜曾叁之孝,但吾親不中奉事,故棄去之。雖日享三牲,昏定晨省,豈能見憐信邪?霍光之徒,雖當時增班進爵,賞賜無量,皆以計見崇,豈斯人之誠心哉?夫納棄妻而論前婿之惡,買仆虜而毀故主之暴,凡人庸夫,猶不平之。何者?重傷其類,自然情也。故樂羊以安忍見疏,而秦西以過厚見親。而世人誠謂湯武為是,而伊霍為賢,此乃相勸為逆者也。
新字:夫君,天也,父也。君而可廃,則天亦可改,父亦可易也。功蓋世者不賞,威震主身危。此徒戦勝攻取,勛労無二者,且猶鳥尽而弓棄,兔訖而犬烹。況乎廃退其君,而欲後主之愛己,是奚異夫為人子而舉其所生捐之山谷,而取他人養之,而雲我能為伯瑜曽叁之孝,但吾親不中奉事,故棄去之。雖日享三牲,昏定晨省,豈能見憐信邪?霍光之徒,雖当時增班進爵,賞賜無量,皆以計見崇,豈斯人之誠心哉?夫納棄妻而論前婿之悪,買仆虜而毀故主之暴,凡人庸夫,猶不平之。何者?重傷其類,自然情也。故楽羊以安忍見疏,而秦西以過厚見親。而世人誠謂湯武為是,而伊霍為賢,此乃相勧為逆者也。
書き下し
夫れ君は、天なり、父なり。君にして廃す可くんば、則ち天も亦た改む可く、父も亦た易う可きなり。功の世を蓋う者は賞せられず、威の主を震わす者は身危うし。此の徒は戦勝攻取して、勲労二無き者なり、且つ猶お鳥尽きて弓棄てられ、兎訖きて犬烹らる。況んや其の君を廃退して、後の主の己を愛せんことを欲するをや。是れ奚ぞ夫の人の子として其の生む所を挙げて之を山谷に捐て、而して他人を取りて之を養い、而して我は能く伯瑜曾参の孝を為さんと云い、但だ吾が親は奉事するに中らず、故に棄て去ると云うに異ならんや。日に三牲を享くと雖も、昏に定め晨に省るとも、豈に能く憐れまれ信ぜらるるを見んや。霍光の徒は、当時班を増し爵を進め、賞賜量り無しと雖も、皆な計を以て崇ばるるのみ、豈に斯の人の誠心ならんや。夫れ棄妻を納れて前の婿の悪を論じ、仆虜を買いて故主の暴を毀るは、凡人庸夫も、猶お之を平らかならずとす。何となれば、重ねて其の類を傷つくるは、自然の情なればなり。故に楽羊は安忍を以て疏まれ、秦西は過厚を以て親しまる。而るに世人は誠に湯武を謂いて是と為し、伊霍を賢と為す。此れ乃ち相い勧めて逆を為すなり。
現代語訳
君主は天であり、父である。君主を廃してよいのなら、天もまた改めてよく、父もまた取り替えてよいことになる。功が世を覆うほどの者は賞せられず、威が主君を震わせるほどの者は身が危うい。この類の者は、戦に勝ち攻め取り、勲功に並ぶ者がなくても、なお鳥が尽きれば弓は棄てられ、兎が尽きれば犬は煮られる。まして君主を廃し退けて、後の主君が自分を愛してくれることを望むのは、なおさらである。これは、人の子として自分を生んだ親を山や谷に捨て、他人を取って養い、それで私は伯瑜や曾参の孝を行えると言い、ただ私の親は仕えるのに適さないから棄てるのだ、と言うのと何が違うだろうか。毎日三牲の供物を捧げ、夕方に寝所を定め朝に様子を見ても、どうして憐れまれ信じられることがあろうか。霍光たちは、その当時位を増し爵を進め、恩賞は量り知れなかったが、すべて計略によって崇められたにすぎず、どうしてその人の誠心によるものであろうか。離縁された妻を迎えて前の夫の悪を語り、奴僕を買って旧主の暴虐をそしることは、凡人や庸夫でさえ、これを不当だとする。なぜなら、自分と同類の者を重ねて傷つけるのは、自然の情として耐えがたいからである。だから楽羊は残忍さで疎まれ、秦西は情の厚さで親しまれた。それなのに世の人は、誠に湯王・武王を是とし、伊尹・霍光を賢とする。これは互いに逆を行うよう勧めることである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
抱朴子外篇・良規方策に載する所、尊君卑臣、強幹弱枝せざる莫し。春秋の義は、天は讎とす可からず。大聖経を著して、父に資りて君に事う。民の生は三に在り、之を奉ずること一の如し。而るに廃立の事を許せば、不道の端を開き、下は陵ぎ上は替れ、以て訓とし難し。俗儒は鮑肆に沈淪し、詭辯に困しみ、方に湯武を論じて馬肝を食らうと為す、以て斯の事を弾く者を、権の変たるを知らず、善を起こすに貴く順を犯さざるを、理に反して義に叛くを正しとせざるを謂わず、と為す。而して前代に言を立つる者は、之を析くに大道を以てせず、此の情有る者をして剡鋒の端に立ち、方に崩れんとする山に登らしむ。年を延ばし世に長ずる、危うきを遠ざくるの術に非ず。策命暫く隆く、弘賞暴かに集まると雖も、犧牛の紋繍を被り、淵魚の莽麦を愛し、渇する者の口を雲日の酒に資り、饑うる者の飽くを郁肉・漏脯に取るに異ならず。而るに筆を属る者は皆な共に之を褒め、以て美談と為し、容れ誅せざるの罪を以て変を知ると為す、人をして悒みて永く慨かしむる所以なり。
-
抱朴子外篇・良規夫れ危うくして持せずんば、安んぞ彼の相を用いん。争臣七人あれば、救う可き無道無し。王莽の徒をして其の奸変を生ぜしめ、外には旧事を引きて以て非を飾り、内には豺狼の禍心を包むは、伊霍に由り、基づくを斯の乱とす。将来の君子は、宜しく茲を深く戒むべし。夫れ廃立の事は、小順にして大逆、長ず可からざるなり。召王の譎りすら、已に貶抑せらる。況んや主を退くること、悪んぞ其れ可ならんや。此れ等は皆な計行われ事成りて、徐ろに殃いを受くる者のみ。若し夫れ陰謀始めて権あり、而して貪人之を売れば、赤族して祀を殄す。而して他家の封ぜらるる者も、亦た少なからず。若し奸佞の翼ね成して驕乱するもの有り、桀の幹辛推哆、紂の崇悪来、厲の党の若きは、忠良に改め置くこと、亦た易からずや。君側の衆悪を除き、凶族を四裔に流し、兵を擁して強きを持し、直道もて法を守り、柯斧を厳操し、色を正して縄を拱し、賞を明らかにして罰を必ず、犯す有らば赦す無く、賢を官し能を任じ、唯だ忠をのみ与し、事は専擅せず、請いて而る後に行う。君に違謬有らば、理に拠りて正諫し、戦戦競競として、恭敬を忘れず、社稷をして永く上に安んぜしめ、己が身をして下に患い無からしむ。功成るも処らず、骸を乞いて告退し、高く忠能を選び、進めて以て自ら代えしむれば、亦た綽として余裕有らずや。何ぞ必ずしも至尊の璽紱を奪い、奉ずる所の見主を危うくせんや。
-
抱朴子外篇・良規又、廃せらるるの君も、未だ必ずしも悉く非ならず。或いは少主を輔翼して、威を作し福を作し、罪大に悪積み、後患を為すを慮る。及び猶お勢を持するに、因りて之を易え、以て近局の禍いを延ぶ。定策の功を規り、計は自ら利するに在りて、未だ必ずしも国の為ならず。威を取ること既に重く、殺生口に決す。廃せらるるの主は、神器去り、下流の罪は、帰せざる莫し。其の然るを知ると雖も、孰か敢えて言に形さん。東牟・朱虛の以て其の計を致す無く、南史・董狐の以て其の罪を証する無し。将来今日、誰か又た之を理めん。独り見る者のみ乃ち能く追いて覚る、桀紂の悪は是の若く其れ悪ならず、湯武の事は是の若く其れ美ならざるを。
-
抱朴子外篇・良規抱朴子曰く、翔集して木を択ばざる者は、必ず罻に離るるの禽有り。身を出して時を料らざる者は、必ず危辱の士有り。時の得たるや、則ち飄乎として猶お応龍の景雲を覧るがごとし。時の失えるや、則ち蕩然として巨魚の陸に枯るるが若し。是を以て智者は其の器を蔵して以て待つ有り、其の身を隠して以て為す有り。若し乃ち高巌将に隕ちんとするは、細縷の綴ぐ所に非ず、龍門沸騰するは、掬壌の遏む所に非ず。則ち乾没に茍且せず、険に僥倖に投ぜず。抱朴子曰く、周公の王位を摂し、伊尹の太甲を黜け、霍光の昌邑を廃し、孫綝の少帝を退くるは、之を道を舎てて権を用い、以て社稷を安んずと謂う。然れども周公の狼跋に放逐せられ、流言路に載ち、伊尹は終に戮を受け、大霧三日あり、霍光は幾んど身に及び、家も亦た尋いで滅び、孫綝は桑蔭未だ移らず、首足処を異にす。皆な笑音未だ絶えざるに、号咷已に及べり。
-
抱朴子外篇・臣節抱朴子曰く、昔、唐虞に在りては、古を稽え欽明なれども、猶お群后の翼亮を俟ちて、以て巍巍の成功に臻る。故に能く帝の載を熙め、庶績凝り、四門穆穆として、百揆時に序で、蛮夷は夏を猾すの変無く、阿閣に鳴鳳の巣有り。之を元首に喩え、之を股肱に方ぶれば、尊卑の殊なる有りと雖も、邈として実に一体の相い頼るが若し。君は必ず能を度りて授くれば、覆餗の敗を備え、臣は必ず才を量りて受くれば、故に流放の禍無し。夫れ影の如く響きの如く、俯伏して命を惟れ聴く者は、偸容の尸素なり。令に違い顔を犯し、蹇蹇として躬を匪みざる者は、上を安んずる民の翰なり。意に先んじて指を承くる者は、佞諂の徒なり。過ちを匡し違いを弼くる者は、社稷の鯁なり。必ず将に斧を伏し質に金して正諫し、鼎鑊に拠りて言を尽くさんとす。忠にして疑われ、諍いて得ざる者は、放たるるを待つ可し。必ず死するも補い無く、将に主の過ちを増さんとするは、之を去る可し。
-
抱朴子外篇・官理抱朴子曰く、騄駬が逸跡を騁するは、造父の御に由るなり。禹・稷の百揆を序するは、唐・虞の主に遭えばなり。故に労せずして千里至り、揖譲して頌声作るを能くす。臧否の驌騻に乗り、殷辛の三仁に臨むが若きは、長駆軽騖せんと欲すれば則ち轡急に轅逼り、規を尽くし忠を竭くさんと欲すれば則ち禍は機を発するが如し。車の険途に傾き、国の覆りて振わざる所以なり。故に良駿は拙き御に敗れ、智士は暗き世に躓く。仲尼も魯侯の出づるを止むる能わず、晏嬰も崔杼の乱を遏むる能わず。其の才は則ち是なるも、主は則ち非なり。夫れ君は猶お器のごときなり、臣は猶お物のごときなり。器小さく物大なれば、相受くる能わず。髫孺は千金に背きて蛺蜨を逐い、越人は八珍を棄てて蛙黽を甘しとす。即ち好きを賞せざるを患え、又悪しきを識らざるを病む。夫れ用いざれば則ち珍なりと雖も貴ばれず、与にする莫ければ則ち之を傷つくる者必ず至る。昔、衛霊は聖言を聴きて数しば驚き、秦孝は高談を聞きて睡寐す。而るに隆平の化を緝め、良能の勲を収めんと欲するは、猶お却行して以て馳するを逐い、楚に適きて燕を道うがごときなり。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る