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秘本玉くしげ / 下 神事は削らず

然るを世に儉約といへば、まづ第一に此神事或は先祖の祭より省略せんとするは、いかにぞや。抑今世上一同に次第次第に華美になり、奢長じたることなれば、それに准じて神事をも次第に華美に丁寧にすべきは、あたりまへ也。己が身分のみ奢をまして、神を祭る事をばまさずしては、いかが也。たとひ身分の事をば昔にかへして万を省略すとも、神事のみは次第に加へまさんこそ本意ならめ。

新字:然るを世に倹約といへば、まづ第一に此神事或は先祖の祭より省略せんとするは、いかにぞや。抑今世上一同に次第次第に華美になり、奢長じたることなれば、それに准じて神事をも次第に華美に丁寧にすべきは、あたりまへ也。己が身分のみ奢をまして、神を祭る事をばまさずしては、いかが也。たとひ身分の事をば昔にかへして万を省略すとも、神事のみは次第に加へまさんこそ本意ならめ。

書き下し

然るを世に倹約といへば、まづ第一に此神事或は先祖の祭より省略せんとするは、いかにぞや。抑今世上一同に次第次第に華美になり、奢長じたることなれば、それに准じて神事をも次第に華美に丁寧にすべきは、あたりまへ也。己が身分のみ奢をまして、神を祭る事をばまさずしては、いかが也。たとひ身分の事をば昔にかへして万を省略すとも、神事のみは次第に加へまさんこそ本意ならめ。

現代語訳

それなのに世に倹約というと、まず第一にこの神事、あるいは先祖の祭りから省略しようとするのは、どういうことか。そもそも今は世の中一同に次第次第に華美になり、奢りが増長したことであるから、それに準じて神事をも次第に華美に丁寧にすべきなのは当たり前である。自分の身分の事ばかり奢りを増して、神を祭る事を増さないのでは、いかがなものか。たとえ身分の事は昔に返して万事を省略するとしても、神事だけは次第に加え増すことこそ本意であろう。

解説

倹約といえばまず神事や先祖の祭りを削る世の風を、宣長は「いかにぞや」と問う。世の中が華美になり奢りが増したのなら、それに応じて神事も華やかに丁寧にするのが当然で、自分の暮らしだけ奢って神の祭りを増やさないのはおかしい。たとえ身の回りを昔に返して万事省くとしても、神事だけは次第に加えるのが本意だ、と言い切る。上巻の「倹約の的外れ」で、飲食衣服を削る倹約を批判したのと同じ筋である。削るべきは身分の奢りであって、祭りではない。本書を締めくくる「神事は楽しく」の段と対をなす。コスト削減で真っ先に削られるものが、本当に削るべきものか。

この章句が説くこと

倹約神事奢り先祖の祭り削減

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