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秘本玉くしげ / 上 旧きに依る

すべての事、ただ時世のもやうにそむかず、先規の有來りたるかたを守りてこれを治むれば、たとひ少少の弊は有ても大なる失はなきもの也。何事も久しく馴來りたる事は、少少あしき所ありても世人の安んずるもの也。新に始むる事は、よき所有てもまづは人の安んぜざるものなれば、なるべきだけは舊によりて改めざるが國政の肝要也。これ卽まことの道にかなへる子細あり。

新字:すべての事、ただ時世のもやうにそむかず、先規の有来りたるかたを守りてこれを治むれば、たとひ少少の弊は有ても大なる失はなきもの也。何事も久しく馴来りたる事は、少少あしき所ありても世人の安んずるもの也。新に始むる事は、よき所有てもまづは人の安んぜざるものなれば、なるべきだけは旧によりて改めざるが国政の肝要也。これ即まことの道にかなへる子細あり。

書き下し

すべての事、ただ時世のもやうにそむかず、先規の有来りたるかたを守りてこれを治むれば、たとひ少少の弊は有ても大なる失はなきもの也。何事も久しく馴来りたる事は、少少あしき所ありても世人の安んずるもの也。新に始むる事は、よき所有てもまづは人の安んぜざるものなれば、なるべきだけは旧によりて改めざるが国政の肝要也。これ即まことの道にかなへる子細あり。

現代語訳

すべての事は、ただ時代の様相に背かず、先例として伝わってきたやり方を守って治めれば、たとえ少しの弊害はあっても大きな過ちはないものである。何事も長く馴れてきた事は、少々悪いところがあっても世の人が安心するものである。新しく始める事は、よいところがあってもまず人が安心しないものだから、できるかぎり旧いやり方によって改めないのが政治の肝要である。これはすなわち、まことの道にかなう理由がある。

解説

保守的に読める一段だが、根拠が興味深い。宣長が挙げるのは、旧法が正しいからではない。「世人の安んずるもの也」——人が安心するから、である。逆に新法は「よき所有てもまづは人の安んぜざる」。中身が良くても、新しいというだけで人は落ち着かない。制度の良し悪しではなく、受け入れる側の心理で判断している。そして条件が一つ置かれている。「ただ時世のもやうにそむかず」——時代の様相に背かないこと。何もかも旧のままでよいとは言っていない。時代とずれた旧法は、この理屈の外にある。改革を急ぐ側にとっては耳の痛い一段だが、内容の正しさと受け入れられやすさは別だ、という指摘は動かない。

この章句が説くこと

旧によりて改めず世人の安んずる時世のもやう変えることの心理

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