秘本玉くしげ / 下 御勝手の逼迫
近來上下おしなべて內證困窮する者多きわけ、又奢の自然とうすらぐべき仕方など、段段上に申せるが如し。然れども、困窮甚せまりて、いかにともすべき方なくさしつまりたる時に至りては、右のごとくゆるやかなる仕方ばかりにては、とてもさしあたりての間には合ひがたき事なれば、左樣の時は、いかにしてなりとも急にそのはからひなくてはかなはず。上下大小ともにみな同じ事也。其中に、大名の御勝手の甚逼迫してさしつまりたる時の作略は、まづ町人百姓の金銀をめさるるが近代世間並の事也。然れども、是は上にも申せるが如く、甚心よからぬこと也。たとひしひてこれをめされても、それは限りある事なれば、いつまでも左樣にて濟ことにあらず。始終のすまぬ事に、大切なる御國政に瑕をつけん事は、いかにしても殘念なること也。
新字:近来上下おしなべて内証困窮する者多きわけ、又奢の自然とうすらぐべき仕方など、段段上に申せるが如し。然れども、困窮甚せまりて、いかにともすべき方なくさしつまりたる時に至りては、右のごとくゆるやかなる仕方ばかりにては、とてもさしあたりての間には合ひがたき事なれば、左様の時は、いかにしてなりとも急にそのはからひなくてはかなはず。上下大小ともにみな同じ事也。其中に、大名の御勝手の甚逼迫してさしつまりたる時の作略は、まづ町人百姓の金銀をめさるるが近代世間並の事也。然れども、是は上にも申せるが如く、甚心よからぬこと也。たとひしひてこれをめされても、それは限りある事なれば、いつまでも左様にて済ことにあらず。始終のすまぬ事に、大切なる御国政に瑕をつけん事は、いかにしても残念なること也。
書き下し
近来上下おしなべて内証困窮する者多きわけ、又奢の自然とうすらぐべき仕方など、段段上に申せるが如し。然れども、困窮甚せまりて、いかにともすべき方なくさしつまりたる時に至りては、右のごとくゆるやかなる仕方ばかりにては、とてもさしあたりての間には合ひがたき事なれば、左様の時は、いかにしてなりとも急にそのはからひなくてはかなはず。上下大小ともにみな同じ事也。其中に、大名の御勝手の甚逼迫してさしつまりたる時の作略は、まづ町人百姓の金銀をめさるるが近代世間並の事也。然れども、是は上にも申せるが如く、甚心よからぬこと也。たとひしひてこれをめされても、それは限りある事なれば、いつまでも左様にて済ことにあらず。始終のすまぬ事に、大切なる御国政に瑕をつけん事は、いかにしても残念なること也。
現代語訳
近ごろ上下おしなべて内実の困窮する者が多いわけ、また奢りが自然と薄らぐはずのやり方などは、だんだん上に申したとおりである。しかしながら、困窮がひどく迫って、どうにもしようがなく差し詰まった時に至っては、右のようなゆるやかなやり方だけでは、とてもさしあたっての間には合いがたいことなので、そのような時は、どのようにしてでも急にその計らいがなくてはならない。上下大小ともにみな同じことである。その中で、大名の御勝手がひどく逼迫して差し詰まった時の方策は、まず町人・百姓の金銀を召し上げなさるのが、近代の世間並みのことである。しかしながら、これは上にも申したように、たいへん感心しないことである。たとえ無理にこれを召し上げなさっても、それは限りのあることなので、いつまでもそのようにして済むことではない。始終の済まない事で、大切な御国政に傷をつけることは、どうしても残念なことである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『秘本玉くしげ』下 家中の禄されば、さしつまりてやむことを得ざるときは、御家中の禄を年を限りて減じ玉ふより外の上策はなし。これ当然のあたりまへ也。但し御家中大小上下、いづれもいづれもほどほどに、先祖よりその禄を玉はり、御蔭によりて家をたて、代代妻子をはぐくみ、家の子を扶持し来りたるに、俄にその禄を過分減ぜられては、一同に甚難義の至り。殊に近年世上困窮の時節、御家中は別して切つめたる禄にて、余分くつろぎもありにくきうへなれば、いよいよ難渋の人人多からんこと、まことにいとをしき御事なれば、なるべきだけは此事はなくてあらまほしきものなれども、上の御身分につきたる御物入どもをも、なるべきだけ省略減少せられ、はしばしくまぐままで御手をつめられて、そのうへやむことを得ぬときは、此法より外に作略は有まじきこと也。
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『秘本玉くしげ』上 勝手逼迫の因既に近来、諸大名の家家用脚足らず、多くは御勝手大に逼迫するは、全く此故也。昔は諸大名何れも年年に大さうなる軍役抔を勤められし時すら、今の如く逼迫する事は無して豊かなりしに、今の世は竟に軍役抔は勤め玉ふ事もなく、知行の物成は新田抔も出来て多くこそなりつれ、昔より減じたる事はなきに、却て御勝手の甚逼迫するはいかなる事ぞや。全く是世上次第に華美になり、いつとなく自然に御身分の余り重重敷成て、何に付ても御物入の昔よりは格別に多きが故也。然りとて、目に見えては先例と格別に變りたる事も有まじけれ共、只目に見えざる事共に大に變り来ぬる事多かるべし。扨、御身分の重重敷によりて次第に御物入の多くなれる訳は、先眼前には飲食衣服、扨は調度抔なれ共、是らは大名の御身上にては何程の事にもあらず。
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『秘本玉くしげ』下 金策の功然るに上役の人々とても、まづさし当りて金銀の手まはりて御用の達するが当分目前の功なる故に、これを賞するから、いづくにても此すぢの役人はすらすらと立身をする事にて、大かた当時は此御勝手をはたらくが第一の政務のやうに成て、金銀を多く得るは敵国を切取たらん如くの功となる所もありとかや、うけ玉はる。抑かやうに当分の御間を合さんためばかりに、君の御威光をも損じ、国政の妨となる事、何に付ても多くは又、下の上を恨み奉ることも甚しく、おのづから上をかろしむるはし共なるは、いといとなげかはしきことなり。然りといへども、まことに御勝手大にさしつまりて当分のまかなひも出来がたき時に於ては、まづ金銀を得るにあらざれば、さしあたりていかにとも作略すべきやうなければ、左様の時は此働きを重く賞するも理の当然也。又これを働くも時に臨みての大功なれば、全くその人をわろしといふべき事にもあらず。
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『秘本玉くしげ』上 定まれる禄惣体大名の御身分のあまりおもおもしきにつきて、御物入のおびただしきは勿論の事にて、又これによりて国政の妨となる事何につけてもおほし。そのわけは其所所に申すべし。抑下民は定まれる禄なければ、困窮に及ぶ者多きも道理なるが、武士は定まれる禄あれば、其分限相応にさへくらさば逼迫することは有まじき道理也。大名方もをりをり凶事水損などありて御収納の減ずる事もあれ共、これらは古へよりある事にて今始まりたることにあらざれば、常常その御手当はなくてかなはぬ事。又公儀の御手伝などに過分の御物入ある、是も定まりたる事なれば、常にその手当も有べき事なり。又凶年などに御領内の民をば随分丈夫に救ひ玉ひて、一人も飢寒に至らぬやうに取計ひ玉ふべきはづ、是も定まれる事也。さて御軍用のたくはへは申すにも及ばぬ事。
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『秘本玉くしげ』上 御用金と仕送り又やむ事を得ずこれを借り玉ふことありとも、それもしひては心よからず。但し御領内に住居してゆたかにくらす君恩をありがたく思ひ奉りて、冥加のためにさし上んことを願ふ者あらんは格別の事也。されど左様の金銀も、皆貧民に施して、なるべきは上の御用には用ひ玉はぬやうにこそあらまほしけれ。又面面の勝手のためにもなり、冥加のためにてもあればとて、つねに金銀の御用を勤めんと願ふ者あらんには、もし御用あらば是は許し玉ふべきにや。されど上の御用をうけ玉はるに付て、人に金銀を貸にも、その御用のすぢにことよせて貸しつくる事、近世何方にも多し。これますます富者を富す事にて、世の貧民のために大なる害也。たとひ上のためには御勝手になる事なりとも、下民のために害あらん事は、すべて禁ぜらるべきにこそ。さてまた今の世は、武家大小によらず、仕おくりといひて町人に勝手をまかなはすること多し。これは便宜にして自由はよきやうなれ共、つまる所は損多し。
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『秘本玉くしげ』下 収納のくせもし此つもりのしまりあしくては、年限の内御収納の過分に多きがくせに成て、年限終りたるとき、又俄に大に御手づかへ有て、数年御家中一同の辛抱もいたづら事になり、却て御勝手の逼迫いやまさること有べし。そのとき又年限を延られんは、いよいよ気の毒也。とかく物はくせつきやすきならひなれば、此年限の間御収納多きがくせにならぬ様の作略、返す返すも肝要たるべきにや。上と下との間甚遠くして、下の情態の上へとほりがたくしれがたき事は、古へより誰もよくしれることなるが、近代は別して大名の御身分殊の外に重重しき故に、猶更此弊は甚しき也。たとひ此御心つきて下の様子をしらんと思召ても、委しく知り玉ふべきてだてなし。
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