秘本玉くしげ / 上 御用金と仕送り
又やむ事を得ずこれを借り玉ふことありとも、それもしひては心よからず。但し御領內に住居してゆたかにくらす君恩をありがたく思ひ奉りて、冥加のためにさし上んことを願ふ者あらんは格別の事也。されど左樣の金銀も、皆貧民に施して、なるべきは上の御用には用ひ玉はぬやうにこそあらまほしけれ。又面面の勝手のためにもなり、冥加のためにてもあればとて、つねに金銀の御用を勤めんと願ふ者あらんには、もし御用あらば是は許し玉ふべきにや。されど上の御用をうけ玉はるに付て、人に金銀を貸にも、その御用のすぢにことよせて貸しつくる事、近世何方にも多し。これますます富者を富す事にて、世の貧民のために大なる害也。たとひ上のためには御勝手になる事なりとも、下民のために害あらん事は、すべて禁ぜらるべきにこそ。さてまた今の世は、武家大小によらず、仕おくりといひて町人に勝手をまかなはすること多し。これは便宜にして自由はよきやうなれ共、つまる所は損多し。
新字:又やむ事を得ずこれを借り玉ふことありとも、それもしひては心よからず。但し御領内に住居してゆたかにくらす君恩をありがたく思ひ奉りて、冥加のためにさし上んことを願ふ者あらんは格別の事也。されど左様の金銀も、皆貧民に施して、なるべきは上の御用には用ひ玉はぬやうにこそあらまほしけれ。又面面の勝手のためにもなり、冥加のためにてもあればとて、つねに金銀の御用を勤めんと願ふ者あらんには、もし御用あらば是は許し玉ふべきにや。されど上の御用をうけ玉はるに付て、人に金銀を貸にも、その御用のすぢにことよせて貸しつくる事、近世何方にも多し。これますます富者を富す事にて、世の貧民のために大なる害也。たとひ上のためには御勝手になる事なりとも、下民のために害あらん事は、すべて禁ぜらるべきにこそ。さてまた今の世は、武家大小によらず、仕おくりといひて町人に勝手をまかなはすること多し。これは便宜にして自由はよきやうなれ共、つまる所は損多し。
書き下し
又やむ事を得ずこれを借り玉ふことありとも、それもしひては心よからず。但し御領内に住居してゆたかにくらす君恩をありがたく思ひ奉りて、冥加のためにさし上んことを願ふ者あらんは格別の事也。されど左様の金銀も、皆貧民に施して、なるべきは上の御用には用ひ玉はぬやうにこそあらまほしけれ。又面面の勝手のためにもなり、冥加のためにてもあればとて、つねに金銀の御用を勤めんと願ふ者あらんには、もし御用あらば是は許し玉ふべきにや。されど上の御用をうけ玉はるに付て、人に金銀を貸にも、その御用のすぢにことよせて貸しつくる事、近世何方にも多し。これますます富者を富す事にて、世の貧民のために大なる害也。たとひ上のためには御勝手になる事なりとも、下民のために害あらん事は、すべて禁ぜらるべきにこそ。さてまた今の世は、武家大小によらず、仕おくりといひて町人に勝手をまかなはすること多し。これは便宜にして自由はよきやうなれ共、つまる所は損多し。
現代語訳
また、やむを得ずこれ(富者の金銀)をお借りになることがあっても、それも無理にするのは感心しない。ただし、御領内に住んで豊かに暮らせる君恩をありがたく思い申し上げて、冥加のために差し上げることを願う者があるなら、それは格別のことである。けれども、そのような金銀も、みな貧民に施して、なるべくなら上の御用にはお用いにならないようであってほしいものである。また、それぞれの勝手のためにもなり、冥加のためでもあるからといって、いつも金銀の御用を勤めたいと願う者があるならば、もし御用があるなら、これはお許しになってもよいだろうか。けれども、上の御用を承るについて、人に金銀を貸すにも、その御用の筋にかこつけて貸し付けることが、近ごろはどこでも多い。これはますます富者を富ませることであって、世の貧民のために大きな害である。たとえ上のためには御都合のよいことであっても、下民のために害のあることは、すべて禁じられるべきである。さてまた、今の世は、武家の大小によらず、仕送りといって町人に家計をまかなわせることが多い。これは便宜であって便利はよいようだけれども、つまるところは損が多い。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『秘本玉くしげ』下 御勝手の逼迫近来上下おしなべて内証困窮する者多きわけ、又奢の自然とうすらぐべき仕方など、段段上に申せるが如し。然れども、困窮甚せまりて、いかにともすべき方なくさしつまりたる時に至りては、右のごとくゆるやかなる仕方ばかりにては、とてもさしあたりての間には合ひがたき事なれば、左様の時は、いかにしてなりとも急にそのはからひなくてはかなはず。上下大小ともにみな同じ事也。其中に、大名の御勝手の甚逼迫してさしつまりたる時の作略は、まづ町人百姓の金銀をめさるるが近代世間並の事也。然れども、是は上にも申せるが如く、甚心よからぬこと也。たとひしひてこれをめされても、それは限りある事なれば、いつまでも左様にて済ことにあらず。始終のすまぬ事に、大切なる御国政に瑕をつけん事は、いかにしても残念なること也。
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『秘本玉くしげ』上 分限相応町人はこれによりて多くの利を得る、それだけ武家に損ある事は目に見えたれども、困窮の節など、さしあたりて便宜なるによりて、損をば知ながら皆申付る事也。然れども、これはみな富者のうけたまはりてする事なれば、ますます富を重ねさせて、武家には損あることなれば、なるべきだけは無用にせまほしき事也。人は何事も、その身の分際相応にするがよき也。分限に過て奢るがわろき事は申すに及ばず、又あまり降して軽くするも正道にはあらず。大名は大名相応に御身を持玉ふよし。質素がよきとて、下下の武士の如く御身を持玉ふべきにもあらず。次に其下にたつ武士も、又その相応相応がよし。百姓町人も、又その身上相応に身を持が宜しき也。すべて事を軽くするがよろしとても、又あまり身持かろがろしければ、それに応じておのづから心も万の行ひも、いやしく軽軽しくなりて、上にたつ人などは殊によからぬ事多きもの也。
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『秘本玉くしげ』上 救ふ者を賞すさてもし志ありて貧人を救ふ者あらんには、そのほどほどに厚くこれを賞美したまはば、弥相はげみて救ふ者多かるべし。然れ共、他国の様子をうけ玉はるに、近来民を救ふ政はすくなくして、ただひたすら上の御用の金銀をのみ云付らるるゆゑに、富人はこれを恐れて、志ある者も救をば得せず。又たまたま救ふ者あれども、それをば賞せらるる事もなくして、ただ上の御用に立ものをのみ賞せらるるやうなるが、左様に金銀を以て上の御用に立て賞美せられ、はぶりのよき者をば、世上にては却てそねみにくむことゆゑ、それを望む者はすくなし。貧民を救ひて賞せられんは、世の中の人の甚悦ぶ事なれば、そねみにくむ者はなくして、これをうらやむもののみ多かるべし。此所をよく考へて、富人の金銀を散して貧民を賑はすべき仕方はあるべき事也。さて右にも申せる如く、富人とてもその金銀は面面の働きにて得たるところなれば、しひてこれをめされんは心よからぬ事也。
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『秘本玉くしげ』上 富を散じて救う肥しなどをも丈夫にいれ、人手間をも十分にかけてつくる故に、みのりも殊に宜しく、米などを売出すにも、利の多き時を待て売故に、金銀を得ること多く、貧しき百姓はすこしの米を売にも、待ことなりがたき故に急にうれば、見す見す利を得ることなりがたくして、すべて商人の趣とかはることなし。とにかくに貧民は、何に付てもふびんなる者也。然れ共、世上の金銀財宝は、とかく平等には行わたりがたきものにて、片ゆきのするは古今のつねにて、ほどよく融通するやうにはなりがたき事也。其内にも今の世は、別して貧しき者はますます貧しく、富る者ますます富ことの甚しければ、上に立て治め玉ふ人の御はからひを以て、いかにもして甚富る者の手にあつまるところの金銀を、よきほどに散して、専ら貧民を救ひ玉ふやうにあらまほしきもの也。但しその散しやうは、その者の帰服して心から出すやうにあらではおもしろからず。
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『秘本玉くしげ』上 富人の帰服いかほど多く蓄へ持たればとても、これみな上より玉はりたるにもあらず、人の物を盗めるにもあらず、法度に背きたる事をして得たるにもあらず、皆これ面面の先祖、又は己が働きにて得たる金銀なれば、一銭といへどもしひてこれを取べき道理はなし。金銀はいかほど沢山に持ても、人毎に猶ふやさんとこそ思へ、いささかにても故なくてこれを出す事をば甚愁ふるもの也。然れ共又、心より帰服だにすれば、よしなき仏寺などのために多くの金銀を出してをしむとなければ、まして領主の貧民を救ひ玉ふ御仁政のためならんには、其模様に依て随分心から感服して相働き、御用に立つべき事にて、是には宜しき仕方の有べき事也。とにかくに、しひてこれを召んことは心よからず。又其金銀を他の事に用ひんも心よからず。ひたすら貧民を救はまほしきこと也。上より民を救ひ玉ふ御仁政の専行はれて、貧民その御めぐみを有がたく存じ奉る様子を見ば、仰付られず共、おのづから富人は救ひの志出来べきこと也。
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『秘本玉くしげ』下 金策の功然るに上役の人々とても、まづさし当りて金銀の手まはりて御用の達するが当分目前の功なる故に、これを賞するから、いづくにても此すぢの役人はすらすらと立身をする事にて、大かた当時は此御勝手をはたらくが第一の政務のやうに成て、金銀を多く得るは敵国を切取たらん如くの功となる所もありとかや、うけ玉はる。抑かやうに当分の御間を合さんためばかりに、君の御威光をも損じ、国政の妨となる事、何に付ても多くは又、下の上を恨み奉ることも甚しく、おのづから上をかろしむるはし共なるは、いといとなげかはしきことなり。然りといへども、まことに御勝手大にさしつまりて当分のまかなひも出来がたき時に於ては、まづ金銀を得るにあらざれば、さしあたりていかにとも作略すべきやうなければ、左様の時は此働きを重く賞するも理の当然也。又これを働くも時に臨みての大功なれば、全くその人をわろしといふべき事にもあらず。
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