秘本玉くしげ / 上 源を濁して流れを
これに因て法度を立て、百姓の兄弟子共などを外へ出す事を嚴しく禁ぜらる國國もあれども、それは源を濁して流れの末を清くせんとするが如くなる物なる故に、その禁制もとかくに立がたく、又今の世はただ當座の事をのみはかりて始終の所を考へざるならひなれば、さしあたりてまづ其年の上納だにととのへば宜しき事にして、百姓の痛むをばかへり見ず、百姓いためばゆくゆく上の大なる御損失なることをも思はず、漸漸に農民のおとろへゆく事は、かへすがへすも歎かはしきことの至りなり。さて二つに、百姓の身分は右のごとくくつろぎなきうへに、又町人などの世のおごりを見ならひて、おのづからおごりもつきたる故に、いよいよ困窮甚しき也。尤町人の奢りにくらぶれば、百姓のおごりは何ほどの事にもあらざれ共、地体くつろぎなきうへなれば、いささかの事にても痛みにはなる也。困窮の百姓の身分にて奢などいふほどの事はとてもならぬことなれ共、世上につれて覺えずしらずおごりの付たる事多し。
新字:これに因て法度を立て、百姓の兄弟子共などを外へ出す事を厳しく禁ぜらる国国もあれども、それは源を濁して流れの末を清くせんとするが如くなる物なる故に、その禁制もとかくに立がたく、又今の世はただ当座の事をのみはかりて始終の所を考へざるならひなれば、さしあたりてまづ其年の上納だにととのへば宜しき事にして、百姓の痛むをばかへり見ず、百姓いためばゆくゆく上の大なる御損失なることをも思はず、漸漸に農民のおとろへゆく事は、かへすがへすも嘆かはしきことの至りなり。さて二つに、百姓の身分は右のごとくくつろぎなきうへに、又町人などの世のおごりを見ならひて、おのづからおごりもつきたる故に、いよいよ困窮甚しき也。尤町人の奢りにくらぶれば、百姓のおごりは何ほどの事にもあらざれ共、地体くつろぎなきうへなれば、いささかの事にても痛みにはなる也。困窮の百姓の身分にて奢などいふほどの事はとてもならぬことなれ共、世上につれて覚えずしらずおごりの付たる事多し。
書き下し
これに因て法度を立て、百姓の兄弟子共などを外へ出す事を厳しく禁ぜらる国国もあれども、それは源を濁して流れの末を清くせんとするが如くなる物なる故に、その禁制もとかくに立がたく、又今の世はただ当座の事をのみはかりて始終の所を考へざるならひなれば、さしあたりてまづ其年の上納だにととのへば宜しき事にして、百姓の痛むをばかへり見ず、百姓いためばゆくゆく上の大なる御損失なることをも思はず、漸漸に農民のおとろへゆく事は、かへすがへすも歎かはしきことの至りなり。さて二つに、百姓の身分は右のごとくくつろぎなきうへに、又町人などの世のおごりを見ならひて、おのづからおごりもつきたる故に、いよいよ困窮甚しき也。尤町人の奢りにくらぶれば、百姓のおごりは何ほどの事にもあらざれ共、地体くつろぎなきうへなれば、いささかの事にても痛みにはなる也。困窮の百姓の身分にて奢などいふほどの事はとてもならぬことなれ共、世上につれて覚えずしらずおごりの付たる事多し。
現代語訳
これによって法度を立てて、百姓の兄弟・子どもなどを外へ出すことを厳しく禁じられる国々もあるけれども、それは源を濁しておいて流れの末を清くしようとするようなものであるので、その禁制もとかく立ちにくく、また今の世はただ当座のことばかりを計って始終のところを考えない習わしであるので、さしあたってまずその年の上納さえ整えばよいことにして、百姓が痛むのを顧みず、百姓が痛めばゆくゆく上の大きな御損失になることをも思わず、だんだん農民が衰えていくことは、かえすがえすも嘆かわしいことの極みである。さて二つ目に、百姓の身分は右のようにゆとりがないうえに、また町人などの世の奢りを見習って、自然と奢りも付いたので、いよいよ困窮がひどいのである。もっとも町人の奢りに比べれば、百姓の奢りは何ほどのことでもないけれども、もともとゆとりがないうえであるから、わずかなことでも痛手にはなるのである。困窮の百姓の身分で奢りなどというほどのことはとてもできないことであるが、世上につれて知らず知らずのうちに奢りが付いたことが多い。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『秘本玉くしげ』上 村が衰える右にも申せる如く、年貢は有来りたる定まりのほどはやむ事を得ず其通りなり共、せめては其うへをいささかもまさぬやうにこそあらまほしきに、近来は漸漸に増事のみにて少しも減ずる事はなく、猶又さまざまのかかり物などいふことさへ次第に多くなり、其外何のかのと云て百姓手前より出す物年年に多くなりゆく故に、百姓は困窮年年につのり、未進つもりつもりて終に家絶へ田地あるれば、其田地の年貢を村中へ負する故に、余の百姓も又堪がたきやうになり、或は困窮にたへかねては農業をすてて、江戸大坂城下城下などへうつりて商人となる者も次第に多く、子共多ければ一人はせんかたなく百姓を立さすれども、残りはおほく町人の方へ奉公に出して、つひに商人になりなどする程に、いづれの村にても百姓の竈は段段にすくなくなりて、田地あれ、村中次第に衰微す。
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『秘本玉くしげ』上 一揆は上の非抑、此事の起るを考るに、後にいづれも下の非はなくして、皆上の非なるより起れり。今の世、百姓町人の心もあしくなりたりとはいへども、よくよく堪がたきにいたらざれば、此事はおこるものにあらず。たとひ起さんと思ふ者ありとても、村村一致することはかたく、又悪党者ありてこれをすすめありきても、かやうの事を一同にひそかに申合す事はもれやすきものなれば、中中大抵の事にては一致はしがたかるべし。然るに近年、此事の所所に多きは、他国の例を聞ていよいよ百姓の心も動き、又役人の取はからひもいよいよ非なること多く、困窮も甚しきが故に、一致しやすきなるべし。然れ共また、近来世上に此事多きに付ては、何れの国も上にもつねづねその心がけおこたらず、起しがたきやうのかねての防ぎもあることなれば、下はいよいよ一致しがたく、起しがたき道理也。上のかねての防ぎは、隠すべき事にあらざればいかやうにも議しやすく、表向にてとりはからふ事なれば行ひやすく、またたとひ下へ隠してはからふ事も、上はもとより一致なればいかやうにもなる事なるに、下のかやうの事を起さんとするは、上へ隠して至て密密に談合すべき事にて、殊に世間ひろければ、かならず中途にて漏れ顕はるべき道理なるに、近年たやすく一致し固まりて、此事の起りやすきは、畢竟これ人為にはあらず。上たる人、深く遠慮をめぐらさるべきなり。然りとて、いかほど起らぬやうのかねての防ぎ工夫をなす共、末を防ぐばかりにては止がたかるべし。とかく、その因て起る本を直さずばあるべからず。その本を直すといふは、非理のはからひをやめて民をいたはる是也。
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『秘本玉くしげ』上 百姓あはれさて、年貢廿分の一ほどにて済し古への代とても、百姓富る者ばかりにはあらず、貧しき者も有しかども、其時代は年貢いささかなりし故に、一反か二反の田地を作れば、今の世に一町の余も作るほどの米を得たる故に、貧しき者も貧しきなりに、身を労し心を労する事は甚少なかりしに、今の世は年貢多き故に、古へに一反反の田を作りて取しほどの米は、一町も二町も作らざれば我物になりがたきによりて、それだけに身を労し心をも労する事甚しきがうへに、あまつさへ正味の米は多くは上へ上げて、自分はただ米ならぬ麁末の物をのみ食して過す也。これを思へば、今の世の百姓といふものは、いともいともあはれにふびんなるもの也。
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『秘本玉くしげ』上 富を散じて救う肥しなどをも丈夫にいれ、人手間をも十分にかけてつくる故に、みのりも殊に宜しく、米などを売出すにも、利の多き時を待て売故に、金銀を得ること多く、貧しき百姓はすこしの米を売にも、待ことなりがたき故に急にうれば、見す見す利を得ることなりがたくして、すべて商人の趣とかはることなし。とにかくに貧民は、何に付てもふびんなる者也。然れ共、世上の金銀財宝は、とかく平等には行わたりがたきものにて、片ゆきのするは古今のつねにて、ほどよく融通するやうにはなりがたき事也。其内にも今の世は、別して貧しき者はますます貧しく、富る者ますます富ことの甚しければ、上に立て治め玉ふ人の御はからひを以て、いかにもして甚富る者の手にあつまるところの金銀を、よきほどに散して、専ら貧民を救ひ玉ふやうにあらまほしきもの也。但しその散しやうは、その者の帰服して心から出すやうにあらではおもしろからず。
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『秘本玉くしげ』上 取り上げに飽かず然るに他国の様子をうけ玉はれば、上上も下下の役人も、百姓をあしらふに露ほどもめぐみいたはる心はなくして、年貢は本より今の世の定まりの如く出すべきはづのものと心得、その定まりの年貢の外にも、なほさまざまの事共を工夫し出して、ただひたすらに取上る事をつとめとしてあきたる事なく、たまたま主君は仁心ありてこれをゆるやかにせんと思ひ玉へども、下なる役人これをゆるさず、或は下なる役人仁心あれども、上よりこれをゆるさず、ただ百姓を苦しめに苦しむる所もありとかやうけたまはる。
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『秘本玉くしげ』上 年貢を増すな又百姓も、年代久しくなれ来りたる年貢の事なれば、今の定まりほどは必上るべきはづのものと心得居て、是を過分に多しとは思はぬことなれば、ふびんながらも年貢は定まりのとほりなるべき事なれ共、せめては右の子細を思召て、今の世の百姓は必身を労する事も古よりは甚しく、年貢に大に苦しむものぞといふ事を朝夕わすれ玉はず、不便に思召て、有来りたる定まりの年貢の上をいささかもまさぬやうに、すこしにても百姓の辛苦のやすまるべきやうにと心がけ玉ふべき事、御大名の肝要なるべく、下下の役人たちまでも此心がけを第一として、忠義を思はば随分百姓をいたはるべき旨を、常常仰付らるべき御事にこそ。
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