秘本玉くしげ / 上 村が衰える
右にも申せる如く、年貢は有來りたる定まりのほどはやむ事を得ず其通りなり共、せめては其うへをいささかもまさぬやうにこそあらまほしきに、近來は漸漸に增事のみにて少しも減ずる事はなく、猶又さまざまのかかり物などいふことさへ次第に多くなり、其外何のかのと云て百姓手前より出す物年年に多くなりゆく故に、百姓は困窮年年につのり、未進つもりつもりて終に家絶へ田地あるれば、其田地の年貢を村中へ負する故に、餘の百姓も又堪がたきやうになり、或は困窮にたへかねては農業をすてて、江戶大坂城下城下などへうつりて商人となる者も次第に多く、子共多ければ一人はせんかたなく百姓を立さすれども、殘りはおほく町人の方へ奉公に出して、つひに商人になりなどする程に、いづれの村にても百姓の竈は段段にすくなくなりて、田地あれ、村中次第に衰微す。
新字:右にも申せる如く、年貢は有来りたる定まりのほどはやむ事を得ず其通りなり共、せめては其うへをいささかもまさぬやうにこそあらまほしきに、近来は漸漸に增事のみにて少しも減ずる事はなく、猶又さまざまのかかり物などいふことさへ次第に多くなり、其外何のかのと云て百姓手前より出す物年年に多くなりゆく故に、百姓は困窮年年につのり、未進つもりつもりて終に家絶へ田地あるれば、其田地の年貢を村中へ負する故に、余の百姓も又堪がたきやうになり、或は困窮にたへかねては農業をすてて、江戸大坂城下城下などへうつりて商人となる者も次第に多く、子共多ければ一人はせんかたなく百姓を立さすれども、残りはおほく町人の方へ奉公に出して、つひに商人になりなどする程に、いづれの村にても百姓の竈は段段にすくなくなりて、田地あれ、村中次第に衰微す。
書き下し
右にも申せる如く、年貢は有来りたる定まりのほどはやむ事を得ず其通りなり共、せめては其うへをいささかもまさぬやうにこそあらまほしきに、近来は漸漸に増事のみにて少しも減ずる事はなく、猶又さまざまのかかり物などいふことさへ次第に多くなり、其外何のかのと云て百姓手前より出す物年年に多くなりゆく故に、百姓は困窮年年につのり、未進つもりつもりて終に家絶へ田地あるれば、其田地の年貢を村中へ負する故に、余の百姓も又堪がたきやうになり、或は困窮にたへかねては農業をすてて、江戸大坂城下城下などへうつりて商人となる者も次第に多く、子共多ければ一人はせんかたなく百姓を立さすれども、残りはおほく町人の方へ奉公に出して、つひに商人になりなどする程に、いづれの村にても百姓の竈は段段にすくなくなりて、田地あれ、村中次第に衰微す。
現代語訳
右にも申したように、年貢はこれまでの定まりのほどはやむを得ずそのとおりであっても、せめてその上をいささかも増さないようにこそありたいのに、近ごろはだんだん増すことばかりで少しも減らすことはなく、なおまたさまざまの掛かり物(付加的な負担)などということさえ次第に多くなり、そのほか何やかやと言って百姓の手元から出す物が年々多くなっていくので、百姓の困窮は年々つのり、未進(滞納)が積もり積もってついに家が絶え田地が荒れると、その田地の年貢を村中へ負わせるので、ほかの百姓もまた堪えがたいようになり、あるいは困窮に堪えかねて農業を捨てて、江戸・大坂や城下城下などへ移って商人となる者も次第に多く、子どもが多ければ一人はしかたなく百姓を継がせるけれども、残りは多く町人の方へ奉公に出して、ついに商人になったりなどするので、どの村でも百姓の竈(戸数)はだんだん少なくなって、田地は荒れ、村中が次第に衰微する。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『秘本玉くしげ』上 百姓あはれさて、年貢廿分の一ほどにて済し古への代とても、百姓富る者ばかりにはあらず、貧しき者も有しかども、其時代は年貢いささかなりし故に、一反か二反の田地を作れば、今の世に一町の余も作るほどの米を得たる故に、貧しき者も貧しきなりに、身を労し心を労する事は甚少なかりしに、今の世は年貢多き故に、古へに一反反の田を作りて取しほどの米は、一町も二町も作らざれば我物になりがたきによりて、それだけに身を労し心をも労する事甚しきがうへに、あまつさへ正味の米は多くは上へ上げて、自分はただ米ならぬ麁末の物をのみ食して過す也。これを思へば、今の世の百姓といふものは、いともいともあはれにふびんなるもの也。
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『秘本玉くしげ』上 源を濁して流れをこれに因て法度を立て、百姓の兄弟子共などを外へ出す事を厳しく禁ぜらる国国もあれども、それは源を濁して流れの末を清くせんとするが如くなる物なる故に、その禁制もとかくに立がたく、又今の世はただ当座の事をのみはかりて始終の所を考へざるならひなれば、さしあたりてまづ其年の上納だにととのへば宜しき事にして、百姓の痛むをばかへり見ず、百姓いためばゆくゆく上の大なる御損失なることをも思はず、漸漸に農民のおとろへゆく事は、かへすがへすも歎かはしきことの至りなり。さて二つに、百姓の身分は右のごとくくつろぎなきうへに、又町人などの世のおごりを見ならひて、おのづからおごりもつきたる故に、いよいよ困窮甚しき也。尤町人の奢りにくらぶれば、百姓のおごりは何ほどの事にもあらざれ共、地体くつろぎなきうへなれば、いささかの事にても痛みにはなる也。困窮の百姓の身分にて奢などいふほどの事はとてもならぬことなれ共、世上につれて覚えずしらずおごりの付たる事多し。
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『秘本玉くしげ』上 年貢を増すな又百姓も、年代久しくなれ来りたる年貢の事なれば、今の定まりほどは必上るべきはづのものと心得居て、是を過分に多しとは思はぬことなれば、ふびんながらも年貢は定まりのとほりなるべき事なれ共、せめては右の子細を思召て、今の世の百姓は必身を労する事も古よりは甚しく、年貢に大に苦しむものぞといふ事を朝夕わすれ玉はず、不便に思召て、有来りたる定まりの年貢の上をいささかもまさぬやうに、すこしにても百姓の辛苦のやすまるべきやうにと心がけ玉ふべき事、御大名の肝要なるべく、下下の役人たちまでも此心がけを第一として、忠義を思はば随分百姓をいたはるべき旨を、常常仰付らるべき御事にこそ。
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『秘本玉くしげ』上 年貢の由来近来百姓は殊に困窮の甚しき者のみ多し。これに二つの故あり。一には、地頭へ上る年貢甚多きが故也。二つには、世上一同の奢につれて、百姓もおのづから身分のおごりもつきたる故也。まづ一つに、地頭へ上る年貢のはなはだ多きと申す子細は、まづ唐土の上古には、十か一といふを中分の宜しきほどとしたるなれども、後には段段多くなりたり。然れ共、此方の今のごとくに多くはあらず。さて本朝は、大宝のころ令の御定めを考ふるに、廿分の一ほどにあたりて、たとへば米廿俵とる所にて、年貢はわづかに一俵ほどにて済たる也。但しこれにはいささか不審なることありて、別に僕が考へもあれど、たとひその考への如くにしても、十分の一には過ざること也。其外に調庸など云物ありしか共、それ何もほどの事にもあらず。大寳のころかくのごとくなれば、それより以前上古はなほなほすくなかりけん事、思ひやるべし。
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『秘本玉くしげ』上 取り上げに飽かず然るに他国の様子をうけ玉はれば、上上も下下の役人も、百姓をあしらふに露ほどもめぐみいたはる心はなくして、年貢は本より今の世の定まりの如く出すべきはづのものと心得、その定まりの年貢の外にも、なほさまざまの事共を工夫し出して、ただひたすらに取上る事をつとめとしてあきたる事なく、たまたま主君は仁心ありてこれをゆるやかにせんと思ひ玉へども、下なる役人これをゆるさず、或は下なる役人仁心あれども、上よりこれをゆるさず、ただ百姓を苦しめに苦しむる所もありとかやうけたまはる。
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『秘本玉くしげ』上 商人の友つぶれ上中下共に身分不相応におごりて、内証は困窮なるゆゑに、商事は多くても、買たる物のあたゐを得出さざる者殊の外多く、又借たる金銀を返さざる者おほきゆゑに、売者貸者利を得ることなりがたくて損をする事おほく、又世上の惣体の商は多けれ共、百姓の商人になるが多くて、商人の数次第に多きゆゑに、手まへ手まへの一分の商高は多からず。商高少なくては渡世になりがたきゆゑに、しひて多くせんとすれば、掛損などに多くなりて、又困窮に至る。さて町人は、内証は困窮しながらも、百姓よりは身を労する事もすくなく、又百姓よりは奢てとほるものゆゑに、百姓はこれをうらやみて、とかく町人になる事を願ふもの多し。それ故に商人は年年に多くなりて、友つぶれになる也。さて又、世上の奢甚しきゆゑに、其奢のすぢに用るもろもろの物おびただしく、それに人の手間をつゐやす事もおびただしき也。
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