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秘本玉くしげ / 上 献言の志

秘本玉くしげ上。秘本玉くしげ上。本居宣長著。身におはぬしづがしわざも玉匣あけてだにみよ中のこゝろを。我ら如き下賤の者の、御國政のすぢなどをかりそめにもとやかく申奉むことは、いともいともおほけなく恐れ多き御事なれども、とにかくに御武運長久、御領內上下安靜ならむことを、恐れながら明くれ祈り奉る心から、とあらばや、かくあらばやと思ふ事どものおほきところに、吾君御仁德深くましまして、此度ありがたき思召共仰出され、「猶又勘辨の事もこれあらば、隔意なく申出べし」との仰事を承はるに付ては、いよいよつねづね祈り奉る心の內のかたはしをも申し顯さまほしくて、下賤の身分をわすれ、恐れをもかへりみず、當時うけ給はり及ぶ他國の樣子共をかれこれ引出て、存心のほどをつくろはずかざらず、此一書に申述侍る也。然れども、猶恐れあるべき事とならば、御覽に備へられんことは、ともかくも取傳へ玉はん人の心にまかせ奉る也。

新字:秘本玉くしげ上。秘本玉くしげ上。本居宣長著。身におはぬしづがしわざも玉匣あけてだにみよ中のこゝろを。我ら如き下賤の者の、御国政のすぢなどをかりそめにもとやかく申奉むことは、いともいともおほけなく恐れ多き御事なれども、とにかくに御武運長久、御領内上下安静ならむことを、恐れながら明くれ祈り奉る心から、とあらばや、かくあらばやと思ふ事どものおほきところに、吾君御仁徳深くましまして、此度ありがたき思召共仰出され、「猶又勘弁の事もこれあらば、隔意なく申出べし」との仰事を承はるに付ては、いよいよつねづね祈り奉る心の内のかたはしをも申し顕さまほしくて、下賤の身分をわすれ、恐れをもかへりみず、当時うけ給はり及ぶ他国の様子共をかれこれ引出て、存心のほどをつくろはずかざらず、此一書に申述侍る也。然れども、猶恐れあるべき事とならば、御覧に備へられんことは、ともかくも取伝へ玉はん人の心にまかせ奉る也。

書き下し

秘本玉くしげ上。秘本玉くしげ上。本居宣長著。身におはぬしづがしわざも玉匣あけてだにみよ中のこゝろを。我ら如き下賤の者の、御国政のすぢなどをかりそめにもとやかく申奉むことは、いともいともおほけなく恐れ多き御事なれども、とにかくに御武運長久、御領内上下安静ならむことを、恐れながら明くれ祈り奉る心から、とあらばや、かくあらばやと思ふ事どものおほきところに、吾君御仁徳深くましまして、此度ありがたき思召共仰出され、「猶又勘弁の事もこれあらば、隔意なく申出べし」との仰事を承はるに付ては、いよいよつねづね祈り奉る心の内のかたはしをも申し顕さまほしくて、下賤の身分をわすれ、恐れをもかへりみず、当時うけ給はり及ぶ他国の様子共をかれこれ引出て、存心のほどをつくろはずかざらず、此一書に申述侍る也。然れども、猶恐れあるべき事とならば、御覧に備へられんことは、ともかくも取伝へ玉はん人の心にまかせ奉る也。

現代語訳

秘本玉くしげ 上。秘本玉くしげ 上。本居宣長著。(歌)身分に似合わぬ賤しい者の仕業ではあるが、玉くしげ(美しい箱)を開けるように、せめて開いて中の心を見てほしい。私どものような下賤の者が、御国の政治の筋道などについて、仮にもあれこれ申し上げることは、まことに身の程知らずで恐れ多いことであるが、とにもかくにも御武運長久と、御領内の上下が安らかであることを、恐れながら朝夕お祈り申し上げる心から、ああであればよい、こうであればよいと思う事柄が多くあるところに、わが君(紀州藩主徳川治貞)は御仁徳が深くいらせられて、このたびありがたい御意向をいくつも仰せ出され、「なおまた考えのあることがあれば、遠慮なく申し出よ」との仰せを承ったので、いよいよ日頃お祈り申し上げている心の内の一端でも申し表したくなり、下賤の身分を忘れ、恐れをも顧みず、今うけたまわり及んでいる他国の様子などをあれこれ引き合いに出して、思うところを繕わず飾らず、この一書に申し述べるのである。しかしながら、なお恐れ多いことであるならば、御覧に供されるかどうかは、ともかくも取り次いでくださる方の心にお任せ申し上げる。

解説

本書の冒頭で、宣長が献言に至った経緯を述べる序である。天明七年(1787)、紀州藩主徳川治貞は領内の政治について広く意見を求めた。天明の飢饉が続き、各地で一揆や打ちこわしが起きていた年であり、藩主の求めは切実なものであった。松坂の町医者であった宣長は、身分違いを繰り返し詫びながらも、他国の見聞を引いて「つくろはずかざらず」書くと宣言する。冒頭の歌の「玉匣あけてだにみよ中のこころを」は、書名の玉くしげにも掛けられている。上が意見を求めても、下が本音を言わなければ何も変わらない。そして本音を引き出せるかどうかは、求める側の構えにかかっている。自分の組織の「遠慮なく申し出よ」は、本当に飾らない声を引き出せているだろうか。

この章句が説くこと

献言藩主仁徳本音玉匣

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