日暮硯 / 『日暮硯』未進の者を大声で叱る
一、次に木工、「御年貢未進の者共參り居り候や」「罷在候」「お身達は何とて未進いたし候や、總て田地といふものは、御年貢を上納して、諸役相勤め候上、妻子を養ふ程有る樣に積り立てたるものなり、蒔き付ける時節に蒔きつけ、相應のこやしをして時節を違へず耕作すれば、御年貢上納成らざる理はこれ無き筈に候、それを未進をするは、第一家業に疎にして、人並の耕作をせぬ故なり、御年貢上納する程作り出さぬといふは、不屆千萬なり。其の上に、先納、先々納迄差し上げたる者もある中に、未進するとは言語道斷なり、うぬらはずた〱にしても、飽き足らぬ奴等なり、役人は何として此の者共に未進させて置きしぞ、骨をひしいで成り共、急度取り立つべき筈なり、夫に未進をさせて置くとは、役人も大べらぼう、うぬ等は大不屆者なり」と大聲に叱責致され候。
新字:一、次に木工、「御年貢未進の者共参り居り候や」「罷在候」「お身達は何とて未進いたし候や、総て田地といふものは、御年貢を上納して、諸役相勤め候上、妻子を養ふ程有る様に積り立てたるものなり、蒔き付ける時節に蒔きつけ、相応のこやしをして時節を違へず耕作すれば、御年貢上納成らざる理はこれ無き筈に候、それを未進をするは、第一家業に疎にして、人並の耕作をせぬ故なり、御年貢上納する程作り出さぬといふは、不届千万なり。其の上に、先納、先々納迄差し上げたる者もある中に、未進するとは言語道断なり、うぬらはずた〱にしても、飽き足らぬ奴等なり、役人は何として此の者共に未進させて置きしぞ、骨をひしいで成り共、急度取り立つべき筈なり、夫に未進をさせて置くとは、役人も大べらぼう、うぬ等は大不届者なり」と大声に叱責致され候。
書き下し
一、次に木工、「御年貢未進の者共參り居り候や」「罷在候」「お身達は何とて未進いたし候や、總て田地といふものは、御年貢を上納して、諸役相勤め候上、妻子を養ふ程有る樣に積り立てたるものなり、蒔き付ける時節に蒔きつけ、相應のこやしをして時節を違へず耕作すれば、御年貢上納成らざる理はこれ無き筈に候、それを未進をするは、第一家業に疎にして、人並の耕作をせぬ故なり、御年貢上納する程作り出さぬといふは、不屆千萬なり。其の上に、先納、先々納迄差し上げたる者もある中に、未進するとは言語道斷なり、うぬらはずた〱にしても、飽き足らぬ奴等なり、役人は何として此の者共に未進させて置きしぞ、骨をひしいで成り共、急度取り立つべき筈なり、夫に未進をさせて置くとは、役人も大べらぼう、うぬ等は大不屆者なり」と大聲に叱責致され候。
現代語訳
次に木工は、「年貢の未進をした者たちは来ているか」と問い、「おります」と答えがあった。「そなたたちはどうして未進をしたのか。そもそも田地というものは、年貢を上納し、諸役を勤めたうえで、妻子を養えるだけ残るように見積もって定められたものである。蒔きつける時期に蒔き、相応の肥やしをやり、時期を違えず耕作すれば、年貢を納められないはずはない。それを未進するのは、第一に家業をおろそかにして、人並みの耕作をしないからだ。年貢を納めるだけ作り出さぬというのは、不届き千万である。そのうえ、先納、先々納まで差し上げた者もいるなかで未進するとは、言語道断である。おまえたちはずたずたにしても飽き足らぬ奴らだ。役人はどうしてこの者たちに未進させておいたのか。骨を砕いてでも、きっと取り立てるべきであった。それなのに未進をさせておくとは、役人も大べらぼうだ。おまえたちは大不届き者である」と、大声で叱りつけた。
解説

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日暮硯・『日暮硯』未進を赦し皆に下される評曰、此時木工殿の額色、二た目と見られぬ程おそろしき樣子にて、面を擧げたるもの一人もなかりしとなり。軈て面を和らげ「併し、斯くいふも亦皆理窟なり、殿樣御勝手御不如意なる事も存知の前、御用金を出し、先々納迄差上げる者も有る中に、未進をするといふは、能々貧にて、內證に一物なき故の事成るべし、お身達も定めて人並に御年貢上納仕度く思ふべけれども、不仕合にあふか、長病らひするか、又は不時の災難に逢ひ、耕作も存分に成らず、收納少き故の事成るべし、嘸難儀なるべし、甚だ不便千萬、氣の毒なる事なり、又役人もお身達が物なきといふ事を能く知りたる故、未進をも許容して置きたる物ならん、是は役人の仁政といふ物にて、有り難き事なり、されば唯今未進を差し上げよと申付けたればとて、元來なきものを差し上げる手段も有るまじ、仍て、未進を御取成さらぬは御上の御損とし、上納せぬ分をお身達の德として唯今迄の未進の分は、以後上納に及ばず、殘らずお身達に下さるゝ程に、左樣に相心得べく候」「有り難き仕合に存じ奉り候」「其の代りに、當御年貢を、一粒でも未進さする事が有るにおいては、急度曲事に申付くべし、左樣に相心得べく候」「畏り奉り候、たとへ裸に相成り候ても上納仕るべく候」「然らば此の者共も、手前が申す儀得心にて滿足致候。」
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日暮硯・『日暮硯』先納を損にしてもらう無心一、木工詞を改め「先納、先々納まで差し上げ候者へ申す、是は何卒御返濟成されたきものなれども、皆々知りたる通り、何も無き故、其儀もならず、今聞く通り、未進の分を皆吳て仕舞ふたれば、彌よ以て先納方へは返濟出來ぬなり、依つて只今迄先納したる分は、御上の取り德とし、お身達の方は差上げ損にして吳れよ、此段は手前が皆への無心なり、得心して吳れやうや如何」「畏り奉り候、向後先納、先々納仰付けられまじくと先刻仰せ渡され候上は、唯今迄差上候分は、一粒も御貰ひ申す所存御座なく候間、左樣思召下され度」「先づ以て皆々、得心して吳れて千萬辱けなし、其の代りに、一つの無心あり、此の事は今日直ちに返答も成る間敷候故、宿へ戾り、惣百姓へ申し聞かせ、熟談の上にて返答してくれよ、其の無心といふは右先納、先々納を損にして、其の上に當年の分を上納して吳れよ、然なくては殿樣一向御取り續き成され難く候、お身達が得心して吳れねば、手前切腹といふはこゝの事なり、お身達も算用知るかしらね共、手前は算者に積らせ、自分にも當つて見たるに、願ひ事等に付、御領分中の者共より、諸役人へ賄賂を遣す事、一年中錢につもりて百石につき何程なり、扨て又年中の諸役に、人足手間費の費ゆる事、錢につもりて百石に付何程なり、又九百人の足輕を、年貢催促に出すも月々の事故、其の物入りも年中には百石に付何程になる。此三品分を算盤に上げて見れば、年貢の內、凡そ七分程に相成る、今迄は是だけ皆無駄に成り、御上の御爲にはならず、百姓方の費へと言ふ物、お身達の損毛なり。此の損毛七分の上に三分足せば、當年貢は相濟むわけなり、此處を惣百姓へ申し聞せ吳れよ、僅か三分足せば、當年貢は濟み候間、當月より都合にて、月割上納なり、御年貢上納にして納めて吳れよ、此の段が手前より、惣百姓へ據なき無心なり、皆々の所存次第にして、手前に首尾能く役儀勤めさせ吳れるか、又は切腹させ候か、皆々の了簡次第なり、何卒此の譯を能々皆々へ言ひ聞かせ、篤と熟談の上、追て返答して吳れよ」と申され候へば、皆々、「畏り奉り候、今日直に御請け申上たく存じ候へ共、返す返すも惣百姓へ申し聞かせ候樣にと仰せられ候故、罷り歸り、有り難き御政道の趣を、惣百姓へ申し聞け、悅ばせ候上、重ねて御請け申上ぐべく候」と皆々同音に答へける。
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日暮硯・『日暮硯』先納・先々納を叱り、改める一、木工、「先納、先々納差上候百姓は參り居り候や」「相詰め罷在候」「お身達は、何故に先納先々納迄も差上候や、但し先納すれば何ぞ勝手よろしき筋これ有り候て先納致し候や如何」「迷惑千萬には奉存候へ共、御役人樣より仰せ付けられ候ゆへ、據なく差上申候」「役人が申候共、當御年貢の外は一切出さゞる筈なり、先納するさへも皆々過分のことなるに、先々納差出すといふことがある者か、お身達は、よく〱のべらぼうなり、又如何に百姓共が心よく出せばとて、役人として、先納、先々納迄取り上げるといふ事があるものか、甚だ無慈悲の致し方なり、公には有るまじき事なり。此の一條、百姓共は大べらぼうなり、役人共は無慈悲なり」と一旦叱りつけ、「然し、斯く言ふは皆理窟なり、何を言つても、御上も御勝手が御不如意ゆへ、役人も百姓より取上げざれば御用が辨ぜず、是非なく先納を申し付け、猶夫にても不足ゆへ、先々納迄も申し付けたるものならん、然れば役人の無慈悲には無く、詮方なさの御奉公なり。又百姓等、先納、先々納迄差し上げたといふも、御勝手御不如意にて、御內證に何も無いと言ふ處を能く存知たる故に、迷惑ながらも、役人の私ならぬ事と合點して、先納をする上に、先々納まで差し上げたるものならん、然ればお身達は、能々の正直者なり、左程正直なる百姓を御持の殿樣は、結構なる御果報なれども、御勝手の御整ひなされぬこと、扨々是非もなき御事なり然し向後は、先々納は勿論、當御年貢の外は、先納も申付けず候間、左樣相心得申すべし」と言渡され、一同、「有り難き仕合せ」と畏まる。
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日暮硯・『日暮硯』勝手は直ると殿へ言上扨て百姓相談の上、名主、長百姓等、御役所へ罷り出で、「先達て仰せ渡され候趣、惣百姓へ申し聞け候處、皆々有難がり候て、當年貢の儀は勿論、二年分なりとも差し上げ申すべく候間、何時なりとも御用次第に仰せ付け下され候樣仕りたくと一同相願ひ申候間、左樣思召下さるべく候」と申上候へば、木工殿申され候は、「先づ以て手前が申す趣き、惣百姓迄、皆々得心し吳れ、甚だ滿足致し候、皆のかげにて、手前も首尾よく御役相勤め、痛い目にも逢はず、皆是れ百姓中のかげなり、過分千萬に存じ候、それのみならず二年分なりとも上納致すべしとの事、惣百姓の志、上聞に達しなば、御前もさぞ御滿足遊ばさるべし、去り乍ら、當御年貢さへ納めて吳れば十分に候、二年分上納には及ばず候、惣百姓中の志、過分千萬、殘らず上聞に達すべく候間、其の段、能々申し聞けべく候、さて又皆々、隨分家業に油斷なく出精すべし、家業に疎なるものは天下の罪人なり、家業を出精して餘分あらば、分限相應の樂みは如何なる儀にても苦しからず候、家業に出精の上たのしむ事ならば、慰みには、淨瑠璃、三味線、博奕なりとも、好きたる事をして樂むべし、然し博奕は、天下一統御法度なり、若し商賣に致すものこれ有るに於ては、屹度曲事に申し付くべし、吳々も博奕を商賣に致す儀は、公儀御法度なれば、屹度相愼み申すべく候、慰みに致す分は苦しからず候間、豫て左樣可相心得候、すべて人は、分限相應の樂みがなくては、精も出で難きものなり、精も出すべし、樂みもすべし、其の上第一に信心もすべし、神佛を信仰する心なくば、さいなん多きものなり、依つて神佛を能く信仰して、現當二世を祈るべし、偖て又先達て申し付け候書付、相認め、持參致候や」と申され候へば、「成る程、持參仕候」と差出す、「手前が見るにあらず、御前の御覽に入れるなり、皆々歸つて出精せよ」とて、一同を歸されける。其の後木工、御前へ出で申し上げ候は、先づ以て御悅び遊ばさるべく候、御勝手は十分に相直り申すべく候。其の譯は、御借用金は殘らず橫に寢て仕舞ひ、無借金となり候上に、當年より十萬石、丸々納り(月割故也)一粒が損失御座なく候筈故、御勝手は、十分に相調ひ申し候上に、一人も御上を御恨み申す者御座なく、却つて有り難がり候て、御年貢は二年分なりとも差し上げ申すべしと申し、當月より滯りなく御年貢上納仕る筈に御座候、是れ皆御前の御仁心深き故の御尊德に御座候」と申上げれば、御前にも殊の外御滿足にて、「是れ我が德にあらず、皆其の方の働き、莫大の勳功、金石にも銘ずべき忠勤なり」と御稱美遊ばされ候へば、木工は有り難き御意を謝し、「扨て又是は百姓共相認候ものに御座候間、ひそかに御覽遊ばさるべく候」と申上げ、封書を呈し退出す。
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日暮硯・『日暮硯』御用金を出した者への詫び一、木工又改めて「御用金差し上げたる者共參り居り候や」「罷在候」「お身達は、何故に御用金を差し上げ候や、上より利息にても被下候や、又何ぞ勝手に宜しき事これ有り候て、差し上げ候や如何」「唯今迄御用金差上候へ共、利息下され候儀は勿論、元金も御返濟下され候事御座なく、迷惑至極に存じ奉り候へ共、御役人樣、嚴しく仰せ付けられ候故、是非なく差し上げ候次第に御座候」「役人より何程に申し付け候共、御座らぬというて出さぬ筈に候、假令公儀より殿樣へ御用金被仰付候共手前江戶へまかり出で、金は御座無くと言ふて出す所存はなし、出さぬというて殺しはせぬ故、出すまじき金を出す筈は無き事なり。それを出すといふは、お身達もお身達なり、役人も役人なり、よしやお身達が所持して居ればとて、御返濟もなき金を出せといふは、餘り非道なる致し方なり、然し是も理窟なり、實は御上に金なき故、江戶表の御用御勤り成されず候間、お身達が持ち合せしを幸に、無心言ふて據なく御借り上げに成つたものなり、返濟したくも元來金はなきゆへ、詮方なく、其の分にて打ち過ぎたるものなり。されば役人も、强ち非道といふものにあらず、お身達も、江戶表の譯を知りたるゆへ、迷惑ながら金を差出し、御用の間に合せたる事なれば、奇特千萬、お身達の働きにより、江戶表の御首尾も好く、殿樣にも御滿足遊ばされ候事なり、神妙々々、然し今後、御用金は一切申し付けず候間、左樣に相心得申すべく候」と申され候へば「有り難き仕合奉存候」と悅服致候。
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『秘本玉くしげ』上 年貢を増すな又百姓も、年代久しくなれ来りたる年貢の事なれば、今の定まりほどは必上るべきはづのものと心得居て、是を過分に多しとは思はぬことなれば、ふびんながらも年貢は定まりのとほりなるべき事なれ共、せめては右の子細を思召て、今の世の百姓は必身を労する事も古よりは甚しく、年貢に大に苦しむものぞといふ事を朝夕わすれ玉はず、不便に思召て、有来りたる定まりの年貢の上をいささかもまさぬやうに、すこしにても百姓の辛苦のやすまるべきやうにと心がけ玉ふべき事、御大名の肝要なるべく、下下の役人たちまでも此心がけを第一として、忠義を思はば随分百姓をいたはるべき旨を、常常仰付らるべき御事にこそ。