碧巌録 / 第一百則
眉間赤遂逃。俄有客曰。子得非眉間赤邪。曰然。客曰。吾甑山人也。能為子報父讎。赤曰。父昔無辜。枉被荼毒。君今惠念。何所須邪。客曰。當得子頭并劍。赤乃與劍并頭。客得之進於楚王。王大喜。客曰。願煎油烹之。王遂投於鼎中。客詒於王曰。其首不爛。王方臨視。客於後以劍擬王頭墮鼎中。於是二首相囓。客恐眉間赤不勝。乃自刎以助之。三頭相囓。尋亦俱爛雪竇道。此劍能倚天照雪。尋常道。倚天長劍光能照雪。這些子用處直得大冶兮磨礱不下。任是良工拂拭也未歇。良工即干將是也。故事自顯。雪竇頌了末後顯出道。別別也不妨奇特。別有好處。與尋常劍不同。且道如何是別處。珊瑚枝枝撐著月。可謂光前絕後獨據寰中。更無等匹。畢竟如何諸人頭落也。老僧更有一小偈。詒 囓萬斛盈舟信手拏 却因一粒甕吞蛇拈提百轉舊公案 撒却時人幾眼沙
新字:眉間赤遂逃。俄有客曰。子得非眉間赤邪。曰然。客曰。吾甑山人也。能為子報父讎。赤曰。父昔無辜。枉被荼毒。君今恵念。何所須邪。客曰。当得子頭并剣。赤乃与剣并頭。客得之進於楚王。王大喜。客曰。願煎油烹之。王遂投於鼎中。客詒於王曰。其首不爛。王方臨視。客於後以剣擬王頭堕鼎中。於是二首相囓。客恐眉間赤不勝。乃自刎以助之。三頭相囓。尋亦倶爛雪竇道。此剣能倚天照雪。尋常道。倚天長剣光能照雪。這些子用処直得大冶兮磨礱不下。任是良工払拭也未歇。良工即干将是也。故事自顕。雪竇頌了末後顕出道。別別也不妨奇特。別有好処。与尋常剣不同。且道如何是別処。珊瑚枝枝撐著月。可謂光前絶後独拠寰中。更無等匹。畢竟如何諸人頭落也。老僧更有一小偈。詒 囓万斛盈舟信手拏 却因一粒甕呑蛇拈提百転旧公案 撒却時人幾眼沙
書き下し
眉間赤遂に逃る。俄かに客有りて曰く、「子は眉間赤に非ざるを得んや」。曰く、「然り」。客曰く、「吾は甑山の人なり。能く子が為に父の讎を報いん」。赤曰く、「父昔辜無くして、枉げて荼毒を被る。君今恵念す、何の須ゐる所ぞや」。客曰く、「当に子の頭并びに剣を得べし」。赤乃ち剣并びに頭を与ふ。客之を得て楚王に進む。王大いに喜ぶ。客曰く、「願はくは油を煎て之を烹ん」。王遂に鼎中に投ず。客王を詒きて曰く、「其の首爛れず」。王方に臨みて視る。客後よりして剣を以て王に擬すれば、頭鼎中に堕つ。是に於て二首相囓む。客眉間赤の勝たざらんことを恐れ、乃ち自刎して以て之を助く。三頭相囓み、尋いで亦た俱に爛る。雪竇道ふ、此の剣能く天に倚りて雪を照らすと。尋常道ふ、天に倚る長剣、光能く雪を照らすと。這の些子の用処、直に大冶も磨礱し下さず、任是ひ良工も払拭して也た未だ歇まざることを得たり。良工とは即ち干将是れなり。故事自ら顕かなり。雪竇頌し了りて末後に顕出して道ふ、「別別」と。也た妨げず奇特なることを。別に好処有りて、尋常の剣と同じからず。且く道へ、如何なるか是れ別処。珊瑚枝枝月を撐著す。謂ひつべし、光前絶後、独り寰中に拠りて、更に等匹無しと。畢竟如何。諸人頭落つ。老僧更に一小偈有り。詒。囓。万斛舟に盈ちて手に信せて拏る、却つて一粒に因りて甕蛇を呑む。拈提す百転の旧公案、撒却す時人の幾眼の沙。
現代語訳
眉間赤はそこで逃げた。すると不意に一人の客が現れて言った。「あなたは眉間赤ではないか」。「そうだ」と答えた。客は言った。「わたしは甑山の者だ。あなたのために父の仇を討ってあげよう」。眉間赤は言った。「父は昔、罪もないのに、不当にむごい目に遭いました。あなたが今そう思ってくださるなら、何が必要ですか」。客は言った。「あなたの首と剣とをもらわねばならない」。眉間赤はそこで剣と首とを与えた。客はそれを持って楚王に献上した。王は大いに喜んだ。客は「どうか油を煮立ててこれを煮てください」と言った。王はそこで首を鼎の中に投げ入れた。客は王を欺いて「その首は煮えただれません」と言った。王がちょうど近寄って覗き込むと、客は後ろから剣を王に当て、王の首は鼎の中に落ちた。そこで二つの首は互いに噛み合った。客は眉間赤が勝てないのではないかと恐れ、自ら首をはねて加勢した。三つの首は噛み合い、まもなくどれも煮えただれてしまった。雪竇は、この剣はよく天に倚りかかって雪を照らすと言う。世に「天に倚る長剣、その光はよく雪を照らす」と言うとおりである。このわずかな働きは、まさに大いなる鍛冶師も磨き上げることができず、たとえ良き工匠でも拭い清めてやまないほどである。良き工匠とは干将のことである。故事はおのずから明らかである。雪竇は頌し終えると、最後にはっきりと「格別だ、格別だ」と言い出した。まことにすばらしい。格別に良いところがあり、ありふれた剣とは違う。さて言ってみよ、何が格別なのか。珊瑚の枝々が月を支えている。前に光を放ち後を絶ち、ひとり天下の中に拠って、並ぶものがないと言うべきである。結局どうか。皆の首が落ちた。老僧にはさらに一つの小偈がある。〔「詒」「囓」は、故事の中の字に付いた音注の見出し字が残ったものである〕「一万石が舟に満ち、手にまかせてつかみ取る。かえって一粒のために、甕が蛇を呑む。百たびも転じてきた古い公案を拈じて示し、世の人の幾つもの眼に砂をまき散らした」。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『碧巌録』第一百則祖庭事苑に孝子伝を載せて云く、楚王の夫人、甞て夏涼に乗じて鉄柱を抱き、感じて孕む。後に一の鉄塊を産む。楚王干将をして鋳て剣と為さしむ。三年にして乃ち双剣を成す、一は雌一は雄。干将密かに雄を留め、雌を以て楚王に進む。王匣中に秘するに、常に悲鳴を聞く。王群臣に問ふ。臣曰く、「剣に雌雄有り、鳴くは雄を憶ふのみ」。王大いに怒りて即ち干将を収めて之を殺す。干将其の応を知り、乃ち剣を以て屋柱の中に蔵し、因りて妻莫耶に嘱して曰く、「日北戸に出づ、南山其れ松、松石に生ず、剣其の中に在り」。妻後に男を生む、眉間赤と名づく。年十五にして母に問ひて曰く、「父何くにか在る」。母乃ち前事を述ぶ。久しく思惟して柱を剖きて剣を得、日夜父の為に讎を報いんと欲す。楚王も亦た其の人を募り覓め、宣言す、「眉間赤を得る者有らば厚く之を賞せん」。
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『碧巌録』第一百則前来道ふ、「三句弁ずべし、一鏃遼空なり」と。這の話を会せんと要せば、須らく是れ情塵意想を絶して、浄尽して方に他の「珊瑚枝枝月を撐著す」と道ふを見るべし。若し更に道理を作さば、転た摸索不著なるを見ん。此の語は是れ禅月の友人を懐ふ詩に曰く、「厚きこと鉄囲山上の鉄に似、薄きこと双成仙体の纈に似たり。蜀機の鳳雛動けば蹶蹩たり、珊瑚枝枝月を撐著す。王凱が家中に蔵して掘り難く、顔回は飢漢にして天雪を愁ふ。古檜は筆直にして雷も折らず、雪衣の石女蟠桃欠く。佩びて竜宮に入りて歩むこと遅遅たり、繍簾銀簟何ぞ参差たる。即ち知らず驪竜珠を失ふことを、知るや知らずや」。巴陵句中に於て一句を取りて吹毛剣に答ふ、則ち是れ快なり。剣刃の上に毛を吹きて之を試むるに、其の毛自ら断ず、乃ち利剣之を吹毛と謂ふなり。巴陵只だ他の問ふ処に就いて、便ち這の僧の話に答ふ。頭落つることも也た知らず。頌に云く、
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『碧巌録』第一百則平らかならざるを平らげんと要す、大巧は拙なるが若し。或いは指、或いは掌、天に倚りて雪を照らす。大冶も磨礱し下さず、良工も払拭して未だ歇まず。別別、珊瑚枝枝月を撐著す。蚍蜉。平らかならざるを平らげんと要す、大巧は拙なるが若しとは、古へ俠客有り、路に不平の、強を以て弱を凌ぐを見れば、即ち剣を飛ばして強者の頭を取る。所以に宗師家は、眉に宝剣を蔵し、袖に金鎚を掛けて、以て不平の事を断ず。大巧は拙なるが若しとは、巴陵の答ふる処、不平の事を平らげんと要するも、他の語忒殺だ巧に傷るるが為に、返つて拙に成るに相似たり。何が故ぞ、他は面に当りて揮ひ来らず、却つて僻地裏に去きて、一截に暗に人の頭を取りて、人覚えざるが為なり。或いは指、或いは掌、天に倚りて雪を照らすとは、会得せば則ち天に倚る長剣の凛凛たる神威の如し。古人道ふ、「心月孤り円かにして、光万象を呑む。光は境を照らすに非ず、境も亦た存するに非ず。光境俱に忘ず、復た是れ何物ぞ」。此の宝剣、或いは指上に現在し、忽ち掌中に現ず。昔日慶蔵主説きて這裏に到りて、手を竪てて云く、「還た見るや」。也た必ずしも手指の上に在らず。雪竇路を借りて経過し、爾をして古人の意を見せしむ。且く道へ、一切処是れ吹毛剣ならざるべからざるなり。所以に道ふ、「三級浪高うして魚龍と化す、痴人猶ほ戽む夜塘の水」。
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『碧巌録』第八則雪竇若し恁麼に慈悲もて頌出して人をして見せしめずんば、争でか善知識と名づくることを得ん。古人此の如くなる、一一皆是れ事已むことを獲ず。蓋し後学の他の言句に著いて、転た情解を生ずるが為に、所以に古人の意旨を見ず。如今忽ち箇の出で来つて、禅床を掀倒し、大衆を喝散する有るも、他を怪しむことを得ず。然も此の如くなりと雖も、也た須らく実に這の田地に到つて始めて得べし。雪竇道ふ、「千古対無し」。他只だ道ふ、「看よ翠巌が眉毛在りや」。什麼の奇特の処か有つて、便乃ち千古対無き。須らく知るべし、古人一言半句を吐き出す、是れ造次にあらざることを。須らく是れ乾坤を定むる底の眼有つて始めて得べし。雪竇一言半句を著くるも、金剛王宝剣の如く、踞地の獅子の如く、石火を撃つが如く、閃電光に似たり。若し是れ頂門に眼を具せずんば、争でか能く他の古人の落処を見ん。這箇の示衆、直に千古対無きことを得て、徳山の棒、臨済の喝に過ぎたり。
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『碧巌録』第四十二則他は是れ作家なるが為に、後に列剎相望みて、至る所競ひて誉む。薬山に到つて盤桓すること既に久しく、遂に薬山を辞す。山至つて他を重んじ、十人の禅客に命じて相送らしむ。是の時雪の下るに値ふ。居士雪を指して云く、「好雪片片、別処に落ちず」。全禅客云く、「什麼の処にか落在す」。士便ち掌す。全禅客既に令を行ずること能はず、居士令を行ずること一半。令行ずと雖も、全禅客恁麼に酬対す。也た是れ他の落処を知らざるにあらず。各機鋒有り、巻舒同じからず。然れども居士の処に到らざること有り、所以に他の架下に落ちて、他の彀中を出で難し。居士打ち了つて、更に与に道理を説いて云く、「眼見ること盲の如く、口説くこと啞の如し」。雪竇前語に別して云く、「初め問ふ処、但だ雪団を握つて便ち打たん」。雪竇恁麼なるは、他の問端に辜かざらんことを要す。只だ是れ機遅し。慶蔵主道ふ、「居士の機は掣電の如し。汝が雪団を握るを等たば、幾時にか到らん。声に和して便ち応じ、声に和して打ちて、方始めて勦絶せん」。雪竇自ら他の打処を頌して云く。彀(字音の注)。
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『碧巌録』第三十一則古人の行脚は、遍く叢林を歴て、直に此の事を以て念と為し、他の曲彔木床上の老和尚の、具眼か具眼ならざるかを辨ぜんことを要す。古人は一言相契へば即ち住し、一言契はざれば即ち去る。看よ他の麻谷、章敬に到り、禅床を遶ること三匝、錫を振ること一下して、卓然として立つ。章敬云く、是、是と。殺人刀活人剣、須らく是れ本分の作家なるべし。雪竇云く、錯と。両辺に落在す。爾若し両辺に去いて会せば、雪竇の意を見ず。他卓然として立つ、且く道へ、什麼事の為ぞ。雪竇什麼としてか却つて錯と道ふ。什麼の処か是れ他の錯れる処。章敬是と道ふ、什麼の処か是れ是なる処。雪竇は坐して判語を読むが如し。麻谷箇の是の字を担ひて、便ち去いて南泉に見ゆ。依然として禅床を遶ること三匝、錫を振ること一下して、卓然として立つ。泉云く、不是、不是と。殺人刀活人剣、須らく是れ本分の宗師なるべし。雪竇云く、錯と。章敬は是是と道ひ、南泉は不是不是と道ふ。為復是れ同か是れ別か。前頭に是と道ふ、什麼としてか也た錯なる。後頭に不是と道ふ、什麼としてか也た錯なる。若し章敬の句下に向いて薦得せば、自救も也た了ぜず。若し南泉の句下に向いて薦得せば、祖仏の与に師と為るべし。然も恁麼なりと雖も、衲僧家は須らく是れ自ら肯ひて始めて得べし。一向に人の口辯を取ること莫れ。他の問ひ既に一般なるに、什麼としてか一箇は是と道ひ、一箇は不是と道ふ。
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