碧巌録 / 第八十五則
見之不取 思之千里好箇斑斑 爪牙未備君不見。大雄山下忽相逢落落聲光皆振地 大丈夫見也無收虎尾兮捋虎鬚見之不取。思之千里。正當嶮處都不能使。等他道爭奈老僧何。好與本分草料。當時若下得這手脚。他必須有後語。二人只解放不解收。見之不取。早是白雲萬里。更說什麼思之千里。
新字:見之不取 思之千里好箇斑斑 爪牙未備君不見。大雄山下忽相逢落落声光皆振地 大丈夫見也無収虎尾兮捋虎鬚見之不取。思之千里。正当嶮処都不能使。等他道争奈老僧何。好与本分草料。当時若下得這手脚。他必須有後語。二人只解放不解収。見之不取。早是白雲万里。更説什麼思之千里。
書き下し
之を見て取らずんば、之を思ふこと千里。好箇の斑斑、爪牙未だ備はらず。君見ずや、大雄山下忽ち相逢ふ、落落たる声光皆な地を振るふ。大丈夫、見るや也た無しや、虎尾を収めて虎鬚を捋づ。之を見て取らずんば、之を思ふこと千里。正に嶮処に当たつて都て使ふこと能はず。他の「老僧を争奈何せん」と道ふを等ちて、好し本分の草料を与ふべし。当時若し這の手脚を下し得ば、他必ず須らく後語有るべし。二人只だ放つことを解して収むることを解せず。之を見て取らず、早く是れ白雲万里なり。更に什麼の之を思ふこと千里をか説かん。
現代語訳
見て取らなければ、後で千里も隔たって思い返すことになる。立派な斑模様の虎だが、爪も牙もまだ備わっていない。君は知らないか、大雄山のふもとでばったり出くわし、からりとした声と光が大地を揺るがしたことを。大丈夫よ、見たか見ないか。虎の尾をつかみ、虎のひげをしごく。見て取らなければ、後で千里も隔たって思い返すことになる、とは、まさに険しい処に臨んで、少しも使いこなせなかったことである。相手が「わしをどうしようというのか」と言うのを待って、本分の飼い葉を食らわせてやればよかった。あの時もしこの手を下せたなら、相手もきっと次の言葉があったはずだ。二人ともただ放つことを知って収めることを知らない。見て取らないうちに、もう白雲万里の彼方である。そのうえ何が「思うこと千里」なものか。
解説
この章句が説くこと
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『碧巌録』第八十五則好箇の斑斑、爪牙未だ備はらずとは、是なることは則ち是れ箇の大虫、也た牙を蔵し爪を伏することを解す、争奈せん人を咬むことを解せざることを。君見ずや、大雄山下忽ち相逢ふ、落落たる声光皆な地を振るふ。百丈一日黄檗に問うて云く、「什麼の処よりか来る」。檗云く、「山下に菌子を採り来る」。丈云く、「還た大虫を見るや」。檗便ち虎声を作す。丈、腰下より斧を取つて斫る勢を作す。檗、約住して便ち掌す。丈、晩に至つて上堂して云く、「大雄山下に一虎有り、汝等諸人、出入に切に須らく好く看るべし。老僧今日親しく一口に遭ふ」と。後来、溈山、仰山に問ふ、「黄檗の虎の話作麼生」。仰云く、「和尚の尊意如何」。溈山云く、「百丈当時合に一斧にて斫殺すべし。什麼に因つてか此の如くなるに到る」。仰山云く、「然らず」。溈山云く、「子又た作麼生」。仰山云く、「唯だ虎頭に騎るのみにあらず、亦た虎尾を収むることを解す」。溈山云く、「寂子、甚だ嶮崖の句有り」。雪竇引用して前面の公案を明かす。声光落落として大地に振るふなり。這箇些子、転変自在にして、句中に出身の路有らんことを要す。大丈夫、見るや也た無しや。還た見るや。虎尾を収めて虎鬚を捋づ。也た須らく是れ本分なるべし。任ひ爾虎尾を収め虎鬚を捋づるも、未だ一時に鼻孔を穿却することを免れず。
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『碧巌録』第五十四則雪竇、此の話を頌し得て極めて会し易し。大意は只だ雲門の機鋒を頌す。所以に道ふ、「虎頭虎尾一時に収む」と。古人云く、「虎頭に拠り虎尾を収む、第一句下に宗旨を明らむ」と。雪竇只だ欵に拠つて案を結す。雲門の会く虎頭に拠り、又た能く虎尾を収むることを愛す。僧両手を展べ、門便ち打つは、是れ虎頭に拠るなり。雲門両手を展べ、僧無語、門又た打つは、是れ虎尾を収むるなり。頭尾斉しく収め、眼は流星に似て、自然に石火を撃つが如く、閃電光に似たり。直に得たり凜凜たる威風四百州。直に尽大地の世界をして風颯颯地たらしむ。「却つて問ふ、知らず何ぞ太だ嶮なる」。妨げず嶮しき処有ることを。雪竇云く、「一著を放過す」。且く道へ、如今放過せざる時又た作麼生。尽大地の人、総に須らく棒を喫すべし。如今の禅和子、総に道ふ、「他の手を展ぶる時を等つて、也た他に本分の草料を還す」と。似たることは則ち也た似たるも、是なることは則ち未だ是ならず。雲門は只だ恁麼に爾をして休せしむべからず。也た須らく別に事在るべし。
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『碧巌録』第七十二則「和尚、有りや未だしや、金毛の獅子、地に踞せず。両両三三、旧路を行く、大雄山下、空しく弾指す」。和尚、有りや未だしや。雪竇は款に拠つて案を結す。是なることは則ち是なり、只だ是れ金毛の獅子、争奈せん地に踞せざることを。獅子の物を捉ふるや、牙を蔵し爪を伏せ、地に踞して返擲す。物、大小と無く、皆全威を以てし、其の功を全うせんことを要す。雲巌云く、「和尚、有りや未だしや」と、只だ是れ旧路上に向かつて行く。所以に雪竇云く、百丈は大雄山下に向かつて空しく弾指す、と。
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『碧巌録』第二十六則機に臨んで眼を具し、危亡を顧みず。所以に道ふ、「虎穴に入らずんば、争でか虎子を得ん」と。百丈は尋常虎の翅を挿むが如くに相似たり。這の僧も也た死生を避けず、敢へて虎鬚を捋でて便ち問ふ、「如何なるか是れ奇特の事」。這の僧も也た眼を具す。百丈便ち他の与に担荷して云く、「独坐大雄峰」。其の僧便ち礼拝す。衲僧家は須らく是れ未だ問はざる已前の意を別って始めて得べし。這の僧の礼拝は、尋常と同じからず。也た須らく是れ眼を具して始めて得べし。平生の心胆をして人に向かって傾けしむること莫れ、相識るも還た相識らざるが如し。只だ這の僧問ふ、「如何なるか是れ奇特の事」。百丈云く、「独坐大雄峰」。僧礼拝す。丈便ち打つ。看よ他の放ち去れば則ち一時に倶に是、収め来たれば則ち蹤を掃ひ跡を滅するを。且く道へ、他の便ち礼拝する意旨如何。若し是れ好しと道はば、甚に因ってか百丈便ち他を打つ、什麼をか作す。若し是れ不好と道はば、他の礼拝に什麼の不得の処か有る。這裏に到って須らく是れ休咎を識り緇素を別って、千峰の頂上に向かって立って始めて得べし。
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『碧巌録』第八十五則古人暫時間の拈弄、豈に勝負得失是非等の見有らんや。桐峯は臨済に見ゆ。其の時深山に在りて庵を卓つ。這の僧、彼の中に到つて遂に問ふ、「這裏にて忽ち大虫に逢ふ時、又た作麼生」。峯便ち虎声を作す。也た好し、事に就いて便ち行ず。這の僧も也た錯を将て錯に就くことを会して、便ち怕るる勢を作す。庵主呵呵大笑す。僧云く、「這の老賊」。峯云く、「老僧を争奈何せん」。是なることは則ち是なれども、二俱に了ぜず、千古の下、人の点検に遭ふ。所以に雪竇道ふ、「是なることは則ち是なれども、両箇の悪賊、只だ耳を掩ひて鈴を偷むことを解するのみ」と。他の二人皆な是れ賊なりと雖も、機に当たつて却つて用ゐず、所以に耳を掩ひて鈴を偷む。此の二老、百万の軍陣を排べて、却つて只だ掃箒を闘はすが如し。若し此の事を論ぜば、須らく是れ人を殺して眼を眨かざる底の手脚なるべし。若し一向に縦して擒へず、一向に殺して活かさずんば、人の怪笑に遭ふことを免れず。然も是の如くなりと雖も、他の古人も亦た許多の事無し。看よ他の両箇の恁麼なる、総に是れ機を見て作す。五祖道ふ、「神通遊戯三昧、慧炬三昧、荘厳王三昧」と。自ら是れ後人脚跟地に点かず、只だ去いて古人を点検して便ち道ふ、得有り失有りと。有る底は道ふ、分明に是れ庵主節を落すと。且く没交渉なることを得たり。雪竇道ふ、他の二人相見するに皆な放過の処有りと。其の僧道ふ、「這裏にて忽ち大虫に逢ふ時、又た作麼生」と。峯便ち虎声を作す。此れ便ち是れ放過の処なり。乃至「老僧を争奈何せん」と道ふ、此れも亦た是れ放過の処なり。著著第二機に落在す。雪竇道ふ、用ゐんと要せば便ち用ゐよと。如今の人、恁麼に道ふを聞いて、便ち道ふ、当時好し与に令を行ずべしと。且く盲枷瞎棒すること莫れ。只だ徳山の入門便棒、臨済の入門便喝の如き、且く道へ、古人の意如何。雪竇後面に便ち只だ此の如く頌出す。且く道へ、畢竟作麼生か耳を掩ひて鈴を偷むことを免れ得去らん。頌に云く、
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『碧巌録』第五十四則虎頭虎尾一時に収む、凜凜たる威風四百州。却つて問ふ、知らず何ぞ太だ嶮なる。師云く、「一著を放過す」。
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