碧巌録 / 第七十七則
超談禪客問偏多 縫罅披離見也麼餬餅[祝/土]來猶不住至今天下有誵訛[祝/土]超談禪客問偏多。此語禪和家偏愛問。不見雲門道。爾諸人橫擔拄杖。道我參禪學道。便覓箇超佛越祖道理。我且問爾。十二時中。行住坐臥。屙屎放尿。至於茅坑裏蟲子市肆買賣羊肉案頭。還有超佛越祖底道理麼。道得底出來。若無莫妨我東行西行。便下座。有者更不識好惡。作圓相。土上加泥。添枷帶鎖。縫罅披離見也麼。他致問處。有大小大縫罅。雲門見他問處披離。所以將餬餅攔縫塞定。這僧猶自不肯住。却更問。是故雪竇道。餬餅[祝/土]來猶不住。至今天下有誵訛。如今禪和子。只管去餬餅上解會。不然去超佛越祖處作道理。既不在這兩頭。畢竟在什麼處。三十年後。待山僧換骨出來。却向爾道。
新字:超談禅客問偏多 縫罅披離見也麼餬餅[祝/土]来猶不住至今天下有誵訛[祝/土]超談禅客問偏多。此語禅和家偏愛問。不見雲門道。爾諸人横担拄杖。道我参禅学道。便覓箇超仏越祖道理。我且問爾。十二時中。行住坐臥。屙屎放尿。至於茅坑裏虫子市肆買売羊肉案頭。還有超仏越祖底道理麼。道得底出来。若無莫妨我東行西行。便下座。有者更不識好悪。作円相。土上加泥。添枷帯鎖。縫罅披離見也麼。他致問処。有大小大縫罅。雲門見他問処披離。所以将餬餅攔縫塞定。這僧猶自不肯住。却更問。是故雪竇道。餬餅[祝/土]来猶不住。至今天下有誵訛。如今禅和子。只管去餬餅上解会。不然去超仏越祖処作道理。既不在這両頭。畢竟在什麼処。三十年後。待山僧換骨出来。却向爾道。
書き下し
「超談の禅客、問ふこと偏に多し、縫罅披離するを見るや。餬餅築き来たるも猶ほ住まらず、今に至るまで天下に誵訛有り」。超談の禅客、問ふこと偏に多し。此の語、禅和家偏に問ふことを愛す。見ずや雲門道ふ、「爾諸人、拄杖を横担して、我れ参禅学道すと道ひ、便ち箇の超仏越祖の道理を覓む。我れ且く爾に問ふ、十二時中、行住坐臥、屙屎放尿、乃至茅坑裏の虫子、市肆の買売、羊肉の案頭に、還た超仏越祖底の道理有りや。道ひ得る底は出で来たれ。若し無くんば、我が東行西行を妨ぐること莫れ」と。便ち下座す。有る者は更に好悪を識らず、円相を作す。土上に泥を加へ、枷を添へ鎖を帯ぶ。縫罅披離するを見るや。他の問を致す処、大小大の縫罅有り。雲門、他の問処の披離するを見て、所以に餬餅を将て縫を攔り塞定す。這の僧猶自ほ肯へて住まらず、却つて更に問ふ。是の故に雪竇道ふ、「餬餅築き来たるも猶ほ住まらず、今に至るまで天下に誵訛有り」と。如今の禅和子、只管に去つて餬餅上に解会す。然らずんば超仏越祖の処に去つて道理を作す。既に這の両頭に在らずんば、畢竟什麼の処にか在る。三十年後、山僧が骨を換へて出で来たるを待つて、却つて爾に向かつて道はん。
現代語訳
「超仏越祖の話をしたがる禅客は、やたらと問いが多い、裂け目がほころびているのが見えるか。胡餅を詰め込んでもなお止まらず、今に至るまで天下に食い違いがある」。「超仏越祖の話をしたがる禅客は、やたらと問いが多い」。この言葉は、禅僧たちがことさら問いたがるものだ。雲門が言ったのを見ないか。「おまえたちは拄杖を横に担いで、わしは参禅学道していると言い、すぐに仏を超え祖師を越える道理を探し求める。わしはひとまずおまえたちに問う。一日中、行くにも止まるにも坐るにも寝るにも、糞をし小便をするにも、さらには便所の虫けらにも、市場の売り買いにも、羊肉を切る台の上にも、仏を超え祖師を越える道理があるか。言える者は出て来い。もしいないなら、わしが東へ行き西へ行くのを妨げるな」。そしてすぐに座を下りた。ある者はさらに良し悪しもわからず、円相を描く。土の上に泥を加え、首枷を添え鎖を帯びるようなものだ。「裂け目がほころびているのが見えるか」。この僧が問いを持ち出したところには、たいへん大きな裂け目がある。雲門は彼の問いのところがほころびているのを見て、それで胡餅を使って裂け目をふさぎ止めた。この僧はそれでもなお止まろうとせず、さらに問うた。だから雪竇は「胡餅を詰め込んでもなお止まらず、今に至るまで天下に食い違いがある」と言うのである。今の禅僧は、ひたすら胡餅の上で理解しようとする。そうでなければ、仏を超え祖師を越えるところへ行って理屈を立てる。この両端のどちらにもないなら、結局どこにあるのか。三十年後、わたしが骨を換えて生まれ変わって出て来るのを待って、おまえたちに言ってやろう。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『碧巌録』第七十七則這の僧、雲門に問ふ、「如何なるか是れ超仏越祖の談」。門云く、「餬餅」。還た寒毛卓竪することを覚ゆや。衲僧家、仏を問ひ祖を問ひ、禅を問ひ道を問ひ、向上向下を問ひ了つて、更に問ふべきこと無し。却つて箇の問端を致して、超仏越祖の談を問ふ。雲門は是れ作家なり、便ち水長ずれば船高く、泥多ければ仏大なり。便ち答へて道ふ、「餬餅」と。謂ひつべし、道は虚しく行ぜず、功は浪りに施さずと。雲門復た衆に示して云く、「爾ら作すべきこと勿くして、人の祖師の意を道著するを見ては、便ち超仏越祖の談の道理を問ふ。爾且く什麼をか喚んで仏と作し、什麼をか喚んで祖と作して、即ち超仏越祖の談を説く。便ち箇の三界を出づることを問ふ。爾、三界を把り来たつて看よ、什麼の見聞覚知か爾を隔礙著する有る、什麼の声色仏法か汝が与に了ずべき有る。箇の什麼の碗をか了ぜん。那箇を以てか差殊の見と為す。他の古聖も爾を奈何ともすること勿し。身を横たへて物の為にし、箇の挙体全真、物物覿体と道ふも、不可得なり。我れ汝に向かつて道ふ、直下に什麼の事か有らん、早く是れ埋没し了れり」と。此の語を会得せば、便ち餬餅を識得せん。
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『碧巌録』第七十七則五祖云く、「驢屎を麝香に比す」と。所謂「直に根源を截るは仏の印する所、葉を摘み枝を尋ぬることは我れ能くせず」。這裏に到つて親切を得んと欲せば、問を将ち来たつて問ふこと莫れ。看よ這の僧問ふ、「如何なるか是れ超仏越祖の談」。門云く、「餬餅」。還た羞慚を識るや。還た漏逗を覚ゆや。一般の人有り、杜撰して道ふ、「雲門は兎を見て鷹を放つ、便ち餬餅と道ふ」と。若し恁麼に餬餅を将て便ち是れ超仏越祖の談と見去らば、豈に活路有らんや。餬餅の会を作さず、又た超仏越祖の会を作さざれば、便ち是れ活路なり。麻三斤・解打鼓と一般なり。只だ餬餅と道ふと雖然も、其の実は見難し。後人多く道理を作して云く、「麁言及び細語、皆第一義に帰す」と。若し恁麼に会せば、且く去つて座主と作れ、一生多知多解を贏ち得ん。如今の禅和子道ふ、「超仏越祖の時、諸仏も也た脚跟下に踏在し、祖師も也た脚跟下に踏在す。所以に雲門只だ他に向かつて餬餅と道ふ」と。既に是れ餬餅、豈に超仏越祖を解せんや。試みに去つて参詳し看よ。諸方の頌極めて多きも、尽く問頭辺に向かつて言語を作す。唯だ雪竇の頌得て最も好し。試みに挙し看よ。頌に云く、
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『碧巌録』第七十七則挙す。僧、雲門に問ふ、「如何なるか是れ超仏越祖の談」。門云く、「餬餅」。
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『碧巌録』第七十七則垂示に云く、向上に転じ去れば、以て天下の人の鼻孔を穿つべし、鶻の鳩を捉ふるに似たり。向下に転じ去れば、自己の鼻孔、別人の手裏に在り、亀の殻に蔵るるが如し。箇中に忽ち箇有つて出で来たつて道はん、「本来向上向下無し、転ずることを用ゐて什麼か作ん」と。只だ伊に向かつて道はん、「我も也た爾が鬼窟裏に向かつて活計を作すことを知る」と。且く道へ、作麼生か箇の緇素を辨ぜん。良久して云く、条有らば条に攀ぢ、条無くんば例に攀づ。試みに挙し看よ。
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『碧巌録』第九十七則胡漢来らず、全く伎倆無し。雪竇鼻孔を裂転す。也た胡漢来る有らば、則ち爾をして現ぜしむ。若し忽ち胡漢俱に来らざる時、又且つ如何。這裏に到りては、仏眼も也た覷れども見えず。且く道へ、是れ功勲か是れ罪業か、是れ胡か是れ漢か。直に羚羊の角を掛くるに似て、声響蹤跡は道ふこと莫れ、気息も也た無し。什麼の処に向いてか摸索せん。諸天をして花を捧ぐるに路無く、魔外をして潜かに覷ふに門無からしむるに至る。是の故に洞山和尚、一生院に住するに、土地神他の蹤跡を覓むれども見えず。一日厨前に米麺を抛撒す。洞山心を起して曰く、「常住の物色、何ぞ作践すること此の如くなるを得ん」。土地神遂に一見することを得て便ち礼拝す。雪竇道ふ、「伎倆既に無し」と。若し此の伎倆無き処に到らば、波旬も也た途を失せしむ。世尊は一切衆生を以て赤子と為す。若し一人有りて発心修行すれば、波旬の宮殿、之が為に振裂す。他便ち来りて修行者を悩乱す。雪竇道ふ、直饒ひ波旬恁麼に来るも、也た須らく途路を失却して近傍する処無からしむべしと。雪竇更に自ら胸を点じて云く、「瞿曇瞿曇、我を識るや也た無や」。是れ波旬と道ふこと莫れ、任是ひ仏来るも、還た我を識るや也た無や。釈迦老子すら尚自ほ見ず、諸人什麼の処に向いてか摸索せん。復た云く、「勘破し了れり」。且く道へ、是れ雪竇瞿曇を勘破するか、瞿曇雪竇を勘破するか。具眼の者試みに定当し看よ。
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『碧巌録』第四十七則雪竇善く能く無縫罅の処に於いて、眼目を出だして頌出し、人をして見せしむ。雲門道ふ、「六不収」。雪竇什麼としてか却つて道ふ、「一二三四五六」。直に是れ碧眼の胡僧も也た数へて足らず。所以に道ふ、「只だ老胡の知るを許して、老胡の会するを許さず」。須らく是れ他の屋裏の児孫に還して始めて得べし。適来道ふ、「一言一句、時に応じ節に応ず」。若し透得し去らば、方に道の言句の中に在らざることを知らん。其れ或いは未だ然らずんば、情解を作すことを免れず。五祖老師道ふ、「釈迦牟尼仏は下賤の客作児、庭前の柏樹子、一二三四五」。若し雲門の言句の下に向かつて諦当に見得せば、相次いで這の境界に到らん。「少林謾りに道ふ神光に付すと」。二祖、始め神光と名づく。後来に至るに及んで、又道ふ「天竺に帰る」と。達磨は熊耳山の下に葬らる。時に宋雲、使を奉じて西より帰り、西嶺に在つて達磨の手に隻履を携へて西天に帰り去るを見る。使回つて奏聖す。墳を開けば惟だ遺下せる一隻の履を見るのみ。雪竇道ふ、其の実此の事作麼生か分付せん。既に分付無くんば、「衣を巻いて又説く天竺に帰ると」。且く道へ、什麼としてか此の土に却つて二三有つて、遞相に恁麼に伝へ来たる。這裏妨げず誵訛なることを。也た須らく是れ搆へ得て始めて入作すべし。「天竺茫茫として尋ぬるに処無し、夜来却つて乳峰に対して宿す」。且く道へ、即今什麼の処にか在る。師便ち打つて云く、「瞎」。
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