導師導古典を学びたいすべての人に

碧巌録 / 第六十八則

後至仰山。山極愛其俊利。待之於明窓下。一日有官人來參仰山。山問。官居何位。云推官。山竪起拂子云。還推得這箇麼。官人無語。眾人下語。俱不契仰山意。時三聖病在延壽堂。仰山令侍者持此語問之。聖云。和尚有事也。再令侍者問未審有什麼事。聖云。再犯不容。仰山深肯之。百丈當時。以禪板蒲團付黃檗。拄杖拂子付溈山。溈山後付仰山。仰山既大肯三聖。聖一日辭去。仰山以拄杖拂子付三聖。聖云。某甲已有師。仰山詰其由。乃臨濟的子也。

新字:後至仰山。山極愛其俊利。待之於明窓下。一日有官人来参仰山。山問。官居何位。云推官。山竪起払子云。還推得這箇麼。官人無語。衆人下語。倶不契仰山意。時三聖病在延寿堂。仰山令侍者持此語問之。聖云。和尚有事也。再令侍者問未審有什麼事。聖云。再犯不容。仰山深肯之。百丈当時。以禅板蒲団付黄檗。拄杖払子付溈山。溈山後付仰山。仰山既大肯三聖。聖一日辞去。仰山以拄杖払子付三聖。聖云。某甲已有師。仰山詰其由。乃臨済的子也。

書き下し

後に仰山に至る。山極めて其の俊利を愛し、之を明窓の下に待す。一日官人有り来たりて仰山に参ず。山問ふ、「官は何の位にか居る」。云く、「推官」。山、払子を竪起して云く、「還た這箇を推し得るや」。官人語無し。衆人下語するも、倶に仰山の意に契はず。時に三聖病みて延寿堂に在り。仰山、侍者をして此の語を持して之に問はしむ。聖云く、「和尚事有り」。再び侍者をして「未審し什麼の事か有る」と問はしむ。聖云く、「再犯は容さず」。仰山深く之を肯ふ。百丈当時、禅板蒲団を以て黄檗に付し、拄杖払子を溈山に付す。溈山後に仰山に付す。仰山既に大いに三聖を肯ふ。聖一日辞し去る。仰山、拄杖払子を以て三聖に付す。聖云く、「某甲已に師有り」。仰山其の由を詰れば、乃ち臨済の的子なり。

現代語訳

後に仰山のもとに至った。仰山はその鋭さをこの上なく愛し、明るい窓の下の上座で待遇した。ある日、一人の役人が仰山に参じた。仰山は問うた。「官職は何か」。役人「推官(取り調べ役)です」。仰山は払子を立てて言った。「これを推し量れるか」。役人は言葉がなかった。衆人が代わりの語を述べたが、どれも仰山の意にかなわなかった。そのとき三聖は病んで延寿堂(病僧の寮)にいた。仰山は侍者にこの語を持たせて三聖に問わせた。三聖「和尚に事が起きた」。仰山は再び侍者に「いったい何の事があるのか」と問わせた。三聖「二度目の罪は許さない」。仰山は深くこれを認めた。百丈はかつて、禅板と蒲団を黄檗に授け、拄杖と払子を溈山に授けた。溈山は後にそれを仰山に授けた。仰山は三聖を大いに認めていた。三聖がある日辞去するとき、仰山は拄杖と払子を三聖に授けようとした。三聖「私にはすでに師がいます」。仰山がそのわけを問いただすと、臨済の正嫡の弟子であった。

解説

圜悟の評唱の続きである。仰山のもとで三聖は俊才として愛された。推官に払子を立てて「これを推し得るか」と問うた仰山の一句に、誰も応じられないなか、病床の三聖は侍者を通じて「和尚に事あり」「再犯は容さず」と答え、仰山を深く頷かせた。仰山は百丈から溈山を経て伝わった拄杖払子を三聖に授けようとするが、三聖は自分には既に師がいると断る。臨済の的子としての筋を通したのである。認められ、後継の印を差し出されてもなお、自分の拠って立つ所を手放さない。評価と節操は別物だということを示す話である。

この章句が説くこと

三聖仰山節操師弟臨済

関連する章句

古典の入門書『人生の教科書』の表紙

人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。

古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。

本の中身を見る
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)+師導1か月=700円 本を見る