碧巌録 / 第四十九則
透網金鱗 休云滯水搖乾蕩坤振鬣擺尾 千尺鯨噴洪浪飛一聲雷震清飈起清飈起 天上人間知幾幾
新字:透網金鱗 休云滞水揺乾蕩坤振鬣擺尾 千尺鯨噴洪浪飛一声雷震清飈起清飈起 天上人間知幾幾
書き下し
透網の金鱗、云ふことを休めよ水に滞ると。乾を揺るがし坤を蕩かし、鬣を振るひ尾を擺ふ。千尺の鯨噴いて洪浪飛び、一声の雷震うて清飈起こる。清飈起こる、天上人間知るもの幾幾ぞ。
現代語訳
網を突き抜けた金色の魚よ、水に滞っているなどと言うのはやめよ。天を揺るがし地を揺り動かし、たてがみを振るい尾をはらう。千尺の鯨が潮を噴いて大波が飛び、一声の雷がとどろいて清らかな疾風が起こる。清らかな疾風が起こる、天上にも人間にも、それを知る者が幾人いようか。
解説
第四十九則に対する雪竇の頌である。透網の金鱗はもはや淀んだ水にとどまるものではないと言い切り、その魚が鬣を振るい尾をはらえば天地が揺らぐと、雄大な情景で描く。千尺の鯨が潮を噴いて大波が飛ぶさまは三聖の鋭い切り返しを、一声の雷とともに清風が起こるさまは雪峰の住持事繁しの一言を詠んだものとされる。最後に、その清風が起こるのを天上人間で知る者が幾人いるかと結ぶ。二人の作家の出会いを、自然の大きな働きとして描き出した頌である。頌の前半は金鱗を、後半は二人の応酬を詠み分けている。
この章句が説くこと
頌雪竇自由作家金鱗清飈
関連する章句
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『碧巌録』第四十九則「透網の金鱗、云ふことを休めよ水に滞ると」。五祖道ふ、只だ此の一句にて頌し了れりと。既に是れ透網の金鱗ならば、豈に滞水に居らんや。必ず洪波浩渺、白浪滔天の処に在らん。且く道へ、二六時中、何を以てか食と為す。諸人且く三条椽下、七尺単前に向かつて、試みに定当し看よ。雪竇道ふ、此の事は分に随つて拈弄すと。金鱗の類の如きは、鬣を振るひ尾を擺ふ時、直に乾坤動揺することを得。「千尺の鯨噴いて洪浪飛ぶ」。此れは三聖の「一千五百人の善知識、話頭も也た識らず」と道ふを頌す。鯨の洪浪を噴くが如くに相似たり。「一声の雷震うて清飈起こる」。雪峰の「老僧住持事繁し」と道ふを頌す。一声の雷震うて清飈起こるが如くに相似たり。大綱、他の両箇俱に是れ作家なることを頌す。「清飈起こる、天上人間知るもの幾幾ぞ」。且く道へ、這の一句落ちて什麼の処にか在る。飈とは風なり。清飈起こる時に当たつて、天上人間、能く幾人か知ること有らん。
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『碧巌録』第四十九則挙す。三聖、雪峰に問ふ、「透網の金鱗、未審し何を以てか食と為す」。峰云く、「汝が網を出で来たるを待つて、汝に向かつて道はん」。聖云く、「一千五百人の善知識、話頭も也た識らず」。峰云く、「老僧住持事繁し」。
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『碧巌録』第四十九則雪峰・三聖、一出一入、一挨一拶すと雖然も、未だ勝負を分かたず在り。且く道へ、這の二尊宿、什麼の眼目をか具す。三聖、臨済より訣を受けて、諸方を遍歴す。皆高賓を以て之を待す。看よ他の箇の問端を致す、多少の人か摸索不著なる。且く理性・仏法に渉らず、却つて問うて道ふ、「透網の金鱗、何を以てか食と為す」。且く道へ、他の意作麼生。透網の金鱗は尋常既に他の香餌を食せず、知らず什麼を以てか食と為す。雪峰は是れ作家、匹似閑なり。只だ一二分を以て他に酬い、却つて他に向かつて道ふ、「汝が網を出で来たるを待つて、汝に向かつて道はん」。汾陽は之を呈解問と謂ひ、洞下は之を借事問と謂ふ。須らく是れ超倫絶類、大受用を得て、頂門に眼有つて、方に之を透網の金鱗と謂ふべし。争奈せん雪峰は是れ作家、妨げず人の声価を減ずることを。却つて云く、「汝が網を出で来たるを待つて、汝に向かつて道はん」。看よ他の両家、封疆を把定して、壁立万仞なることを。若し是れ三聖にあらずんば、只だ此の一句にて便ち去り得ず。争奈せん三聖も亦た是れ作家、方に解く他に向かつて道ふ、「一千五百人の善知識、話頭も也た識らず」。雪峰却つて道ふ、「老僧住持事繁し」。此の語恁麼に頑慢なることを得たり。他の作家の相見は、一擒一縦、強に逢うては即ち弱く、賤に遇うては即ち貴し。汝若し勝負の会を作さば、未だ雪峰を夢見ざる在り。
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『碧巌録』第四十九則看よ他の二人、最初は孤危峭峻、末後は二俱に死郎当。且く道へ、還つて得失勝負有りや。他の作家の酬唱は、必ず此を知らず。三聖、臨済に在つて院主と作る。臨済遷化に垂示して云く、「吾が去りて後、吾が正法眼蔵を滅することを得ざれ」。三聖出でて云く、「争でか敢へて和尚の正法眼蔵を滅却せん」。済云く、「已後人有つて汝に問はば、作麼生」。三聖便ち喝す。済云く、「誰か知らん吾が正法眼蔵、這の瞎驢辺に向かつて滅却せんとは」。三聖便ち礼拝す。他は是れ臨済の真子、方に敢へて此くの如く酬唱す。雪竇末後に、只だ透網の金鱗を頌して、他の作家相見の処を顕す。頌に云く。
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『碧巌録』第四十八則来問は風を成すが若きも、機に応ずるは善巧に非ず。悲しむに堪へたり独眼龍、曾て未だ牙爪を呈せず。牙爪開いて雲雷を生ず、逆水の波幾回をか経たる。
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