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碧巌録 / 第八則

如今人問著。便向言句下咬嚼。眉毛上作活計。看他屋裏人。自然知他行履處。千變萬化。節角聱訛。著著有出身之路。便能如此與他酬唱。此語若無奇特。雲門保福長慶三人。咂咂地與他酬唱作什麼。保福云。作賊人心虛。只因此語。惹得適來說許多情解。且道保福意作麼生。切忌向句下覓他古人。爾若生情起念。則換爾眼睛。殊不知。保福下一轉語。截斷翠嵒脚跟。長慶云。生也。人多道。長慶隨翠嵒脚跟轉。所以道生也。且得沒交涉。不知長慶自出他見解道生也。各有出身處。我且問爾。是什麼處是生處。一似作家面前。金剛王寶劍。直下便用。若能打破常流見解。截斷得失是非。方見長慶與他酬唱處。雲門云。關。不妨奇特。只是難參。雲門大師。多以一字禪示人。雖一字中。須具三句。看他古人。臨機酬唱。自然與今時人逈別。此乃下句底樣子。他雖如此道。意決不在那裏。既不在那裏。且道在什麼處。也須子細自參始得。若是明眼人。有照天照地底手脚。直下八面玲瓏。雪竇為他一箇關字。和他三箇。穿作一串頌出。

新字:如今人問著。便向言句下咬嚼。眉毛上作活計。看他屋裏人。自然知他行履処。千変万化。節角聱訛。著著有出身之路。便能如此与他酬唱。此語若無奇特。雲門保福長慶三人。咂咂地与他酬唱作什麼。保福云。作賊人心虚。只因此語。惹得適来説許多情解。且道保福意作麼生。切忌向句下覓他古人。爾若生情起念。則換爾眼睛。殊不知。保福下一転語。截断翠嵒脚跟。長慶云。生也。人多道。長慶随翠嵒脚跟転。所以道生也。且得没交渉。不知長慶自出他見解道生也。各有出身処。我且問爾。是什麼処是生処。一似作家面前。金剛王宝剣。直下便用。若能打破常流見解。截断得失是非。方見長慶与他酬唱処。雲門云。関。不妨奇特。只是難参。雲門大師。多以一字禅示人。雖一字中。須具三句。看他古人。臨機酬唱。自然与今時人逈別。此乃下句底様子。他雖如此道。意決不在那裏。既不在那裏。且道在什麼処。也須子細自参始得。若是明眼人。有照天照地底手脚。直下八面玲瓏。雪竇為他一箇関字。和他三箇。穿作一串頌出。

書き下し

如今の人問著すれば、便ち言句下に向つて咬嚼し、眉毛上に活計を作す。看よ他の屋裏の人、自然に他の行履の処を知る。千変万化、節角聱訛、著著出身の路有り、便ち能く此の如く他と酬唱す。此の語若し奇特無くんば、雲門・保福・長慶の三人、咂咂地に他と酬唱して什麼をか作さん。保福云く、「賊と作る人心虚なり」。只だ此の語に因つて、適来の許多の情解を説くことを惹き得たり。且く道へ、保福の意作麼生。切に忌む句下に向つて他の古人を覓むることを。爾若し情を生じ念を起さば、則ち爾が眼睛を換へん。殊に知らず、保福一転語を下して、翠巌の脚跟を截断することを。長慶云く、「生ぜり」。人多く道ふ、「長慶翠巌の脚跟に随つて転ず、所以に生ぜりと道ふ」と。且得没交渉。知らず、長慶自ら他の見解を出して生ぜりと道ふことを。各おの出身の処有り。我且く爾に問ふ、是れ什麼の処か是れ生ずる処。一に作家の面前に、金剛王宝剣を直下に便ち用ふるに似たり。若し能く常流の見解を打破し、得失是非を截断せば、方に長慶の他と酬唱する処を見ん。雲門云く、「関」。妨げず奇特なることを。只だ是れ参じ難し。雲門大師、多く一字禅を以て人に示す。一字の中と雖も、須らく三句を具すべし。看よ他の古人、機に臨んで酬唱す、自然に今時の人と逈かに別なり。此れは乃ち句を下す底の様子なり。他此の如く道ふと雖も、意決して那裏に在らず。既に那裏に在らずんば、且く道へ、什麼の処にか在る。也た須らく子細に自ら参じて始めて得べし。若し是れ明眼の人ならば、照天照地底の手脚有つて、直下に八面玲瓏たらん。雪竇他の一箇の関字の為に、他の三箇を和して、穿つて一串と作して頌出す。

現代語訳

今の人は問われると、すぐに言葉の下で噛み続け、眉毛の上で暮らしを立てる。家の内の人(同門の者)を見よ、おのずと彼の行いのところを知っている。千変万化し、入り組んだ所にあっても、一手一手に抜け出す道があり、それでこのように彼と応酬できたのである。この言葉にもし見事さがなかったなら、雲門・保福・長慶の三人が口々に彼と応酬して何になろう。保福は言った。「盗みを働く者は心がびくびくするものだ」。ただこの言葉のために、先ほどのような多くの情による理解を言わせることになった。さあ言ってみよ、保福の意はどうなのか。決して句の下で古人を探してはならない。お前がもし情を生じ念を起こすなら、お前の眼を取り替えてやろう。まったく知らないのだ、保福が一転語を下して、翠巌の足もとを断ち切ったことを。長慶は言った。「生えている」。人の多くは「長慶は翠巌の足もとに従って転じたので、生えていると言ったのだ」と言う。まったく見当違いである。知らないのだ、長慶が自分の見解を出して「生えている」と言ったことを。それぞれに抜け出すところがある。わたしはひとまずお前に問う、どこが生えているところか。ちょうど練達の者の面前で、金剛王の宝剣をただちに用いるようなものだ。もし世の常の見解を打ち破り、得失や是非を断ち切ることができれば、はじめて長慶が彼と応酬したところが見えるだろう。雲門は言った。「関」。実に見事である。ただ参じがたい。雲門大師は多く一字禅で人に示した。一字の中であっても、必ず三句を具えている。古人が機に臨んで応酬するのを見よ、おのずと今の人とはかけ離れている。これこそ句を下す手本である。彼はこのように言ったが、意は決してそこにはない。そこにないのなら、さあ言ってみよ、どこにあるのか。やはり細心に自ら参じてこそよい。もし眼の明らかな人なら、天を照らし地を照らす手並みがあって、ただちに八方に透き通るだろう。雪竇は雲門の「関」の一字のために、三人の言葉をまとめて一本に串刺しにして頌に詠み出した。

解説

圜悟は三人の応答を一つずつ読み解く。保福の「賊と作る人心虚なり」は、翠巌が語りすぎを自ら認めたという情解を生みやすいが、実は一転語で翠巌の足もとを断ち切ったのだという。長慶の「生ぜり」も翠巌に従っただけではなく、自らの見解を出したものであり、三人それぞれに抜け出す所がある。雲門の「関」は一字禅の典型で、一字に三句を具えるが、意はその字の上にはないと圜悟は言う。言葉の下で噛み続け、眉毛の上で暮らしを立てる今の人と、機に臨んで自在に応じる古人との違いが強調される。現代の働く者には、同じ問いに対しても他人の答えに乗らず、自分の言葉で応じることの大切さを教える一段である。

この章句が説くこと

保福長慶雲門一字禅関自分の言葉

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