兵法家伝書 / 新陰流外物進履橋丸の取樣
丸の取樣の事 一 丸の取樣角を本とす。内の廣き事は丸きにしくはなし。され共守り候侍足輕等への下智調がたき故四方角を第一とす。たとへば四疊敷の四方は六間にて候。四疊半の四方も六間にて候得ば、防ぐ所の人數は同じ間にて、内の廣さ角に候へば、半疊廣く候。わづか四疊にてさへ右のごとく、外の間の場は同じ事にて内は半疊廣く候得ば百間にも成候へば、莫太に德太き事にて候。是は大底のつもりは右之通に候へ共、山城抔はけんそにて橫矢を用に便多く、内より切出にさはりなきを第一とす。何程四方けんそにても出る口に重々の柵を付ヶ、敵小勢にても守り候へば、味方籠城其詮なく、終には食攻などにて敵の爲に取子と成物に候。城取城攻抔は口傳多キ事に候へば、尤一篇には書載成がたく候。口傳にあらずば傳がたき事不及書するに候。
新字:丸の取様の事 一 丸の取様角を本とす。内の広き事は丸きにしくはなし。され共守り候侍足軽等への下智調がたき故四方角を第一とす。たとへば四畳敷の四方は六間にて候。四畳半の四方も六間にて候得ば、防ぐ所の人数は同じ間にて、内の広さ角に候へば、半畳広く候。わづか四畳にてさへ右のごとく、外の間の場は同じ事にて内は半畳広く候得ば百間にも成候へば、莫太に徳太き事にて候。是は大底のつもりは右之通に候へ共、山城抔はけんそにて横矢を用に便多く、内より切出にさはりなきを第一とす。何程四方けんそにても出る口に重々の柵を付ヶ、敵小勢にても守り候へば、味方籠城其詮なく、終には食攻などにて敵の為に取子と成物に候。城取城攻抔は口伝多キ事に候へば、尤一篇には書載成がたく候。口伝にあらずば伝がたき事不及書するに候。
書き下し
丸の取樣の事 一 丸の取樣角を本とす。内の廣き事は丸きにしくはなし。され共守り候侍足輕等への下智調がたき故四方角を第一とす。たとへば四疊敷の四方は六間にて候。四疊半の四方も六間にて候得ば、防ぐ所の人數は同じ間にて、内の廣さ角に候へば、半疊廣く候。わづか四疊にてさへ右のごとく、外の間の場は同じ事にて内は半疊廣く候得ば百間にも成候へば、莫太に德太き事にて候。是は大底のつもりは右之通に候へ共、山城抔はけんそにて橫矢を用に便多く、内より切出にさはりなきを第一とす。何程四方けんそにても出る口に重々の柵を付ヶ、敵小勢にても守り候へば、味方籠城其詮なく、終には食攻などにて敵の爲に取子と成物に候。城取城攻抔は口傳多キ事に候へば、尤一篇には書載成がたく候。口傳にあらずば傳がたき事不及書するに候。
現代語訳
丸の取りようのことです。一、丸の取りようは、角を本とします。内の広さは丸いものに越すものはありませんが、守る侍・足軽などへの下知が調えにくいので、四方角を第一とします。たとえば、四畳敷の四方は六間であり、四畳半の四方も六間ですから、防ぐ所の人数は同じ間でも、内の広さは角であれば半畳広くなります。わずか四畳でさえこのとおりで、外の間の場が同じでも内は半畳広いので、百間にもなれば、莫大に得が大きいのです。これは大抵の積もりは右のとおりですが、山城などは険阻で横矢を用いるのに便が多く、内から斬り出すのに障りがないことを第一とします。どれほど四方が険阻でも、出る口に重々の柵を付けて、敵が小勢でも守れば、味方の籠城にその甲斐がなくなり、ついには食攻めなどで敵の取り子となるものです。城取り・城攻めなどは口伝が多いことですから、ひととおりには書き載せがたいのです。口伝でなければ伝えがたいことは、書くに及びません。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『兵法家伝書』新陰流外物(進履橋)「城取・人數籠もの格好」城取人數籠ものかつかう專一之事 一 城取家々の流多しといへども、謙信、信玄兩家の流を先用候。此外諸家より出候軍書餘多有之といへども、城取も兩家より傳候城取出陣立合戰等も大概は軍書にて敎へ、城取は土形にておしへ申候傳受は除けよの常の儀は軍書口傳にて大形相澄申候。就中近代は信玄流の城取、丸の恰好、馬出の橫矢屛などの儀を專用候。自國の居城陣城野陣抔の取樣等多き中にも、自國の居城取立大事に候。其心得は居城は身代にたくらべ相應よりもせばく、三つの物一つ除、二つより少内〻可然。是は戰國の時に成り、又は大軍を引請度々野軍の勝負も有之て止む事を得ず籠城の時、大抵の人積り一間に一人あて總構を除き内くるわに成候ては、一間五人のつもり定たる儀に候。乍去是は大抵のつもりにて候へば、晝夜守り候儀は軍勢勞れ用に立がたく候ゆへ、三日に一度づゝ晝夜持口の役所を守るゆへ也。殘二人はうき武者にして是を置かざれ共如此に候ては大き成城には人數の積十部の一にもたらぬ程の不足に候故、定りのごとくは不叶物なり。然ども籠城に成候ては城の内せばきにしくはなし。立すくり居すくり等も致よく、紛者の穿鑿も成り安きものなり。此外味方に逆心或はかへり忠の者も便なくせばきには德多く、廣きにはしつ(失)多キもの也。とかく大將の居城にて敵を引請候時の致樣兼て心得有べき儀肝要の儀不及沙汰候。
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『兵法家伝書』新陰流外物(進履橋)「橫矢の勝手」橫矢の勝手分別の事 一 城ヲ取には橫矢の勝手を第一に可心得なり。向ばかり防ぎ候ては、何程石火矢大筒にても仕寄安きものにて候。橫矢の義皆城取の土形に有之、右の土形を御覽候得者不及口傳、大形は得と御合點に參事に候。
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『兵法家伝書』新陰流外物(進履橋)「屛の高さ」屛の高サ寸の事 一 屛の高サの寸不定、居城山城にて候はゞ大方五尺の内外可然也。是もせいろう抔敵方に上げ、城中を見こし候ための用心にして、五尺之内外にて候。さなきには四尺五寸程可然なり。尤も所に應じ、其意得可有なり。城取には捨くるわとて本城より見下し、いかにも堅固の地を撰び、くるわを取候儀有之、是も殊外習ひ有之事也。
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『兵法家伝書』新陰流外物(進履橋)「弓を持つ者に掛る」弓を持たる者に掛り樣同切所の事 一 弓を持たる者五六間より遠く候ては弓もあたりかね、又ぬけも少くさのみやうまへ少キ物の由申傳候。尤弓も弓により鐵炮におとらぬ程のせひ兵も可有之候得共、先左樣成は十人に一人も有る無しに候。都べて五間十間にて如形に射合候者少く候。ヶ樣の弓に立相候時の義に候。十間十五間の間にて放候矢は、中り候儀も稀に、又射中て候てもうらかく程の事は中々難有候。亦一の矢を放二の矢をつがひ候時は、此方も近く寄候故、いよ〱あはて放に候へば、猶以ておそるゝにたらず候。然時は弓武者にかゝる折は、左右共に身をひとへになし矢つぼ少キ樣の心持にてひたとかゝり、刀脇指はかの矢留めの時の心持のごとく、兩腰を打違楯につきむざ〱とかゝるものにて候。然る時は總ての人の身幅四寸とは申ならはし候得ども外を取候て五寸に致、其內に兩腰等有之儀候へば、矢つぼ殊の外少く候。殊にあはて放の矢に候へば、射中て候儀十をに三にて候。此上は運次第の儀候得ばひた〱とかゝり、持候弓をさへ切候はゞ頼たる弓をきられ氣をくれ太刀打に成候へば勝能ものゝ由申傳候。
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『兵法家伝書』新陰流外物(進履橋)「鐵炮の矢ざま」鐵炮之矢さま切樣之事 一 高サは所により其了簡可有也。先平山城を格式にして、其外は所相應可然也。矢さまの廣サ高サ、内のりの高サ六寸橫四寸内八文字然べき也。是も大方右の通り屛の厚サは内に小石を込、兩方板にて張、上に白土をかけ候儀大方なり。如斯致候得者屛の厚サ七寸八寸九寸の間可然也。八寸にても五十目ばかりの大筒までは通り不申候。石火矢は各別たるべく候。
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『兵法家伝書』新陰流外物(進履橋)「人を待って打つ」人待て打心持之事 一 一篇には難定事に候へども、待て打は手前に勇有て敵には弱有心持にて候へば此方より先をかけ打事肝要にて候。君命などをうけ打手にて討物は十度に八九度は打損事稀成物にて候。是もおのづから勇そなはり敵は臆の心有るにより如斯候。放者に候はゞ左右よりの義は所に應じ了簡可有事にて候。
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