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兵法家伝書 / 跋鍋嶋家への返進状

御同名信濃守殿從御執心而老父家兄相加判形致進納三卷之書物、信濃守殿遠行已後、以御遺言之故、御同名丹後守殿被返沒拙宅也、誠數年之間朝思之夕尋之、其厚志深哉、感淚不淺者也、故右書物今更於私而些子相違無之、日比貴公亦御執心不淺處幸甚、卽三卷之書物令返進者、且爲慈父之形見、執心不被捨置工夫無間斷以三卷昔雨之心兵法之術御得心可有之仍如件¶同 柳生飛驒守菅原宗冬¶同 內膳菅原宗春¶明曆三年酉九月吉日¶鍋嶋和泉守殿¶寶永六年己丑十一月五日¶鍋嶋和泉守從五位下藤原直朝 入道 紹龍¶鍋嶋岩松殿

新字:御同名信濃守殿従御執心而老父家兄相加判形致進納三巻之書物、信濃守殿遠行已後、以御遺言之故、御同名丹後守殿被返没拙宅也、誠数年之間朝思之夕尋之、其厚志深哉、感涙不浅者也、故右書物今更於私而些子相違無之、日比貴公亦御執心不浅処幸甚、即三巻之書物令返進者、且為慈父之形見、執心不被捨置工夫無間断以三巻昔雨之心兵法之術御得心可有之仍如件¶同 柳生飛驒守菅原宗冬¶同 内膳菅原宗春¶明暦三年酉九月吉日¶鍋嶋和泉守殿¶宝永六年己丑十一月五日¶鍋嶋和泉守従五位下藤原直朝 入道 紹竜¶鍋嶋岩松殿

書き下し

御同名信濃守殿從御執心而老父家兄相加判形致進納三卷之書物、信濃守殿遠行已後、以御遺言之故、御同名丹後守殿被返沒拙宅也、誠數年之間朝思之夕尋之、其厚志深哉、感淚不淺者也、故右書物今更於私而些子相違無之、日比貴公亦御執心不淺處幸甚、卽三卷之書物令返進者、且爲慈父之形見、執心不被捨置工夫無間斷以三卷昔雨之心兵法之術御得心可有之仍如件¶同 柳生飛驒守菅原宗冬¶同 內膳菅原宗春¶明曆三年酉九月吉日¶鍋嶋和泉守殿¶寶永六年己丑十一月五日¶鍋嶋和泉守從五位下藤原直朝 入道 紹龍¶鍋嶋岩松殿

現代語訳

同名の信濃守殿が御執心のため、老父と家兄が判形を加えて三巻の書物を進納しました。信濃守殿が亡くなられたのち、御遺言により、同名の丹後守殿が、この書物を私の家に返してくださいました。まことに数年のあいだ、朝には思い夕には尋ねてくださったその厚い志は深く、感涙は浅くありません。それゆえこの書物は、今さら私の側でも少しも相違がありません。日頃、貴公もまた御執心が浅くないことを幸いに思い、ただちに三巻の書物を返し進めます。これは慈父の形見でもあり、執心を捨て置かれず、工夫を間断なく、三巻を昔雨の心で、兵法の術をお心得になられますように。以上のとおりです。同じく柳生飛騨守菅原宗冬、同じく内膳菅原宗春。明暦三年酉九月吉日。鍋島和泉守殿。宝永六年己丑十一月五日、鍋島和泉守従五位下藤原直朝、入道紹龍。鍋島岩松殿。

解説

この一段は、写しに残る奥書にあたり、三巻の書物が鍋島家と柳生家のあいだを行き来した経緯を記します。鍋島信濃守が熱心に所望して進納を受け、その遺言で別の鍋島家の人が柳生家へ返し、さらに柳生側が改めて「返進」する形です。宗冬と宗春の名で、数年の間に朝夕思い尋ねた厚志に感涙したと述べ、書物には相違がないと保証しています。末尾の宝永の日付と入道紹龍の署名は、後の鍋島家の人による付記です。宛名・日付・署名は本文のまま読むのが適切です。組織でも、技の継承は文書そのものより、受け渡しの記録と信頼があって初めて成り立つことを示しています。

この章句が説くこと

返進奥書形見継承執心兵法家伝書

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