兵法家伝書 / 活人劔一去心のとどまりは病
一 一去と云心持之事 一 空之心持之事 一 捧心之心持之事 右一去と云心は、數々を一ッに去ルと云心也、數々とは病の數々也、病とは心の病也、心に有ル程の病の數々を一ッにして、はらりと去也、病のかず〱は別の卷にしるす也、凡病とは心のとゞまるを云也、佛法に是を着とて以ノ外きらふ也、心が一所に着しとゞまれば、見る所を見はづし、思の外に負を取る也、心のとゞまるを病と云也、此病の數々を一ッにひつくゝつて去れと云心に、一去と云也、數々の病を一去して、唯一を見はづさぬ樣にと也、
新字:一 一去と云心持之事 一 空之心持之事 一 捧心之心持之事 右一去と云心は、数々を一ッに去ルと云心也、数々とは病の数々也、病とは心の病也、心に有ル程の病の数々を一ッにして、はらりと去也、病のかず〱は別の巻にしるす也、凡病とは心のとゞまるを云也、仏法に是を着とて以ノ外きらふ也、心が一所に着しとゞまれば、見る所を見はづし、思の外に負を取る也、心のとゞまるを病と云也、此病の数々を一ッにひつくゝつて去れと云心に、一去と云也、数々の病を一去して、唯一を見はづさぬ様にと也、
書き下し
一 一去と云心持之事 一 空之心持之事 一 捧心之心持之事 右一去と云心は、數々を一ッに去ルと云心也、數々とは病の數々也、病とは心の病也、心に有ル程の病の數々を一ッにして、はらりと去也、病のかず〱は別の卷にしるす也、凡病とは心のとゞまるを云也、佛法に是を着とて以ノ外きらふ也、心が一所に着しとゞまれば、見る所を見はづし、思の外に負を取る也、心のとゞまるを病と云也、此病の數々を一ッにひつくゝつて去れと云心に、一去と云也、數々の病を一去して、唯一を見はづさぬ樣にと也、
現代語訳
一 一去という心持ちのこと。 一 空という心持ちのこと。 一 捧心という心持ちのこと。右の一去という心は、数々を一つに去るという心である。数々とは病の数々である。病とは心の病である。心にあるほどの病の数々を一つにして、はらりと去るのである。病の数々は別の巻に記す。およそ病とは、心が止まることをいう。仏法ではこれを着として、もってのほかに嫌う。心が一所に着いて止まれば、見るべきところを見はずし、思いのほかに負けを取る。心が止まるのを病という。この病の数々を一つにひっくくって去れ、という心で、一去というのである。数々の病を一去して、ただ一つを見はずさないようにせよ、とのことである。
解説
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『兵法家伝書』殺人刀「病をさる後重」後重 後重には一向に病をさらんと思ふ心の無が病をさる也、さらんとおもふが病氣なり、病氣にまかせて、病氣のうちに交て居が病氣をさつたる也、病氣をさらんとおもふは病のさらずして、心にある故なり、しからば一圓病氣がさらずして、する程の事おもふ程の事が、着してする事勝利あるべからず、いかんが可心得ぞや、
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『兵法家伝書』活人劔「空(敵の心を見る)」偖唯一とは空を云なり、空とはかくし言葉也、祕傳すべし、空とは敵の心を云也、心は形もなく色もなくして、空なる故也、空唯一ッを見るとは、敵の心を見よと云義也、佛法とは此心空をさとる事也、心は空なりと說く人もあれど、悟り曉むる人はまれ也となり、
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『兵法家伝書』殺人刀「病をさる初重」一 病をさるに初重後重の心持有事 病をさる初重 涉念無念涉着無着、此心は病をさらんとおもふは念也、心にある病をさらんと思ふは涉念なり、又病と云も一筋におもひつめたる念也、病をさらんとおもふも念也、しかれば念を以て念を去る也、念をさればば無念也、こゝを以て涉念無念と云也、念に殘たる病を、念を以て去れば、後はさる念もさらるゝ念もともになくなる也、以撅拔撅と云ふは此事也、ぬけぬ撅を又同撅を打こめば、くつろぎて撅かぬくる也、ぬけぬ撅がぬくれば、後に打こみたる撅もあとには不殘也、病氣が去れば、病氣を去る念もあとには殘らぬ程に涉念無念云也、病氣をさらんとおもふは、病氣に着した物なれども、以其着病を去ば着も不殘程に涉着無着とは云也
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