兵法家伝書 / 殺人刀風水の音をたとえに
風水の音を聞と云事、上は靜に下は氣、懸に持也、風には聲はなき物也、物にあたりて聲を出す也、されば上を吹はしづかなり、下にて木竹よろづの物にさわりて、其聲さわがしく、いそがはしき也、水も上より落るには聲なし、物にさわり、下へおちつきて、下にていそわしく聲がするなり、是をたとへに引て、上は靜に下は氣、懸に持と云也、うわりじには、如何にもしとりてふためかずして、靜に内には氣を懸に無油斷もつたとへ也、身手足いそがわしきはあしゝ、懸待を内外にかけてすべし、一方にかたまりたるはあしゝ、
新字:風水の音を聞と云事、上は静に下は気、懸に持也、風には声はなき物也、物にあたりて声を出す也、されば上を吹はしづかなり、下にて木竹よろづの物にさわりて、其声さわがしく、いそがはしき也、水も上より落るには声なし、物にさわり、下へおちつきて、下にていそわしく声がするなり、是をたとへに引て、上は静に下は気、懸に持と云也、うわりじには、如何にもしとりてふためかずして、静に内には気を懸に無油断もつたとへ也、身手足いそがわしきはあしゝ、懸待を内外にかけてすべし、一方にかたまりたるはあしゝ、
書き下し
風水の音を聞と云事、上は靜に下は氣、懸に持也、風には聲はなき物也、物にあたりて聲を出す也、されば上を吹はしづかなり、下にて木竹よろづの物にさわりて、其聲さわがしく、いそがはしき也、水も上より落るには聲なし、物にさわり、下へおちつきて、下にていそわしく聲がするなり、是をたとへに引て、上は靜に下は氣、懸に持と云也、うわりじには、如何にもしとりてふためかずして、靜に内には氣を懸に無油斷もつたとへ也、身手足いそがわしきはあしゝ、懸待を内外にかけてすべし、一方にかたまりたるはあしゝ、
現代語訳
風水の音を聞くということは、上は静かに、下は気を懸に持つことです。風には声はないものです。物に当たって声を出します。だから、上を吹くときは静かです。下で木や竹、いろいろな物に触れて、その声は騒がしく、せわしないのです。水も、上から落ちるときには声がなく、物に触れ、下へ落ち着いて、下でせわしく声がするのです。これをたとえに引いて、上は静かに下は気、懸に持つと言うのです。うわべは、いかにもしとやかに慌てず、静かにして、内には気を懸に、油断なく持つたとえです。身・手・足がせわしいのは悪いことです。懸待を内外にかけて行うべきです。一方に固まるのは悪いことです。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『兵法家伝書』殺人刀「風水の音(上は靜に下は氣)」一 風水の音をきく事 とにも角にも此道は表裏を本として、様々に序を切かけ、色をしかけて、敵に先手をさせて勝分別ばかり也、立あはぬさきは、敵は懸也と覺悟して、油斷すべからず、下作り專要也、敵懸なりともおもわずして、立相といなや、ほかと急々にきびしく、仕かけられてからは、我平生の習も何の手も出ざる者也、立相てからは、身心足をば懸に、手をば待にする事簡要也、有をよく心にかけて見るべし、有を手にとれと云ならひ是也、如何にもしづかに見ずば、太刀の習も用に立まじきなり、
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『兵法家伝書』殺人刀「心と身の懸待」一 心と身とに縣待ある事 心をば待に身をば縣にすべし、なぜになれば心縣なれば、はしり過て惡き程に、心をばひかへて、待に持て身を縣にして、敵に先をさせ勝べき也、心が縣なれば、人をまづきらんとして負をとる也、又の儀には心を縣に身を待にとも心得る也、なぜなれば、心は無油斷はたらかして、心を縣にして、太刀をば待にして、人に先をさするの心也、身と云は即太刀を持つ手と心得ればすむ也、然ば心は縣に身は待と云也、兩意なれども極る所は同じ心也、とかく敵に先をさせて勝也
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『兵法家伝書』殺人刀「陰陽内外の心持」陰陽たがひにかわる心持を思惟すべし、動は陽也、靜なるは陰也、陰と陽とは内外にかわりて、内に陽うごけば、外は陰で靜也、内陰なればうごいて外にあらはる、如是兵法にも内心に氣をはたらかし、うごかし、無油斷して外は又ふためかず、靜にする、是陽內に動き陰外に靜なる天理にかなふ也、又外きびしく懸なれば內心を外にとられぬ樣に、內を靜にして外懸なれば外みだれざる也、內外ともに動けばみだるゝ也、懸待動靜內外をたがひにすべし、水鳥の水にうかびて、上はしづかなれども、そこには水かきをつかふごとくに、內心に油斷なくして、此稽古つもりぬれば、內心外ともに打とけて、內外一ッに少もさわりなし、此に至る是至々極々也
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『兵法家伝書』殺人刀「身と太刀の懸待」一 身と太刀とに縣待の道理ある事 身をば敵にちかくふりかけて、縣になして太刀をば待になして、身足手にて敵の先をおびき出して、敵に先をさせて勝也、こゝを以て、身足は縣に、太刀は待也、身足を縣にするは、敵に先をさせむ爲也
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『兵法家伝書』殺人刀「氣と志」一 氣と志との事 右內にかまへて、おもひつめたる心を志と云也、內に志有て外に、はするを氣と云也、たとへば志は主人なり氣は召つかふ者也、志内にありて氣をつかふ也、氣が發し過て、はしればつまづく也、氣を志に引とめさせて、はやまり過ぬ樣にすべき也、兵法にて云はゞ、下作によくかためたるを志と云べし、はや立相てきつゝきられつするを氣と云べし、下作にとくとりしめて、氣を急々縣々にすべからず、志を以て氣を引とめ、氣に志を引ずられぬ樣にして、しづまる事簡要也
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五輪書・水の巻兵法の道に於て、心の持様は常の心に替る事なかれ。常にも兵法の時にも少しも替らずして、心を広く直(すぐ)にして、きつくひつぱらず、少しもたるまず、心のかたよらぬ様に、心をまん中におきて、心を静にゆるがせて、其のゆるぎのせつなもゆるぎやまぬ様に、能々(よくよく)吟味すべし。静なる時も心は静ならず、何とはやき時も心は少しもはやからず、心は体につれず、体は心につれず、心に用心して身は用心せず、心のたらぬ事なくして、心を少しもあやまらさず、うへの心はよわくとも、そこの心をつよく、心を人に見分けられざる様にして、小身なるものは心に大きなる事を残らず知り、大身なるものは心に小さき事を能(よ)く知りて、大身も小身も心を直にして、我身のひいきをせざる様に心を持つ事肝要なり。心の内にごらず、広くして、広き所へ智恵を置くべきなり。智恵も心もひたとみがく事専なり。智恵をとぎ、天下の理非を弁へ、物毎の善悪を知り、万の芸能其の道其の道をわたり、世間の人に少しもだまされざる様にして後、兵法の智恵となる心なり。兵法の智恵に於て、とりわきちがふ事有るものなり。戦の場、万事せはしき時なれども、兵法の道理をきはめ、うごきなき心、能々吟味すべし。
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