兵法家伝書 / 殺人刀序君の左右の侫人
亦君の左右に侫人有て、上にむかふ時は道ある風情をなし、下を見るときは目をいからかす、此人に手をつかねざればよき事をあしきに申成し、罪なき者は苦み、罪ある者は却てほこる、此機を見る事手字種利劍よりも大切也、國は君の國なり、民は君の民也、ちかく左右につかふまつる者も君の臣也、とをくつかふまつる者も同じく君の臣也、親疎いくばくぞや、君の御爲には手のごとし足のごとし、足とをしとて手にことならんや、痛痒を請くる事ひとしかれば、いづれを親しとし、いづれをうとしとせむや、しかるに近き者遠きをかすめ、罪なきをくるしめば、曩なき君をうらみたてまつらん、君に近き者は五人或は十人にしてすくなし、とをき者は多し、多き者君を恨みては、心をはなすべし、すくなくして近き者は、はじめより我が身の爲にして、君を思ひ奉らざるによりて、人の君をうらみたてまつる樣に、つかふまつるなれば、とある時はおのれさきに君に心をはなすべし、しからば誰君をおもひ奉らん、是只左右の者のする所にして、君のとがにあらず、此機をよく見て、遠きにもめぐみの外ならぬ樣に、あらまほし、
新字:亦君の左右に侫人有て、上にむかふ時は道ある風情をなし、下を見るときは目をいからかす、此人に手をつかねざればよき事をあしきに申成し、罪なき者は苦み、罪ある者は却てほこる、此機を見る事手字種利剣よりも大切也、国は君の国なり、民は君の民也、ちかく左右につかふまつる者も君の臣也、とをくつかふまつる者も同じく君の臣也、親疎いくばくぞや、君の御為には手のごとし足のごとし、足とをしとて手にことならんや、痛痒を請くる事ひとしかれば、いづれを親しとし、いづれをうとしとせむや、しかるに近き者遠きをかすめ、罪なきをくるしめば、曩なき君をうらみたてまつらん、君に近き者は五人或は十人にしてすくなし、とをき者は多し、多き者君を恨みては、心をはなすべし、すくなくして近き者は、はじめより我が身の為にして、君を思ひ奉らざるによりて、人の君をうらみたてまつる様に、つかふまつるなれば、とある時はおのれさきに君に心をはなすべし、しからば誰君をおもひ奉らん、是只左右の者のする所にして、君のとがにあらず、此機をよく見て、遠きにもめぐみの外ならぬ様に、あらまほし、
書き下し
亦君の左右に侫人有て、上にむかふ時は道ある風情をなし、下を見るときは目をいからかす、此人に手をつかねざればよき事をあしきに申成し、罪なき者は苦み、罪ある者は却てほこる、此機を見る事手字種利劍よりも大切也、國は君の國なり、民は君の民也、ちかく左右につかふまつる者も君の臣也、とをくつかふまつる者も同じく君の臣也、親疎いくばくぞや、君の御爲には手のごとし足のごとし、足とをしとて手にことならんや、痛痒を請くる事ひとしかれば、いづれを親しとし、いづれをうとしとせむや、しかるに近き者遠きをかすめ、罪なきをくるしめば、曩なき君をうらみたてまつらん、君に近き者は五人或は十人にしてすくなし、とをき者は多し、多き者君を恨みては、心をはなすべし、すくなくして近き者は、はじめより我が身の爲にして、君を思ひ奉らざるによりて、人の君をうらみたてまつる樣に、つかふまつるなれば、とある時はおのれさきに君に心をはなすべし、しからば誰君をおもひ奉らん、是只左右の者のする所にして、君のとがにあらず、此機をよく見て、遠きにもめぐみの外ならぬ樣に、あらまほし、
現代語訳
また君の左右に佞人がいて、上に向かうときは道のあるような風情をつくり、下を見るときは目を怒らせる。この人に手をつかねなければ、よいことを悪いように言いなし、罪のない者は苦しみ、罪のある者はかえって誇る。この機を見ることは、手字種利劔よりも大切である。国は君の国であり、民は君の民である。近くに仕える者も君の臣であり、遠くに仕える者も同じく君の臣である。親しいか疎いかなど、どれほどのことか。君のためには手のようであり、足のようである。足が遠いからといって手と異なるだろうか。痛みや痒みを受けることが等しいのだから、どれを親しいとし、どれを疎いとしようか。それなのに、近い者が遠い者をかすめ、罪のない者を苦しめれば、(原文は「曩なき君」で語義は取りにくいが)君を恨み申し上げるだろう。君に近い者は五人か十人で少なく、遠い者は多い。多くの者が君を恨んで心を離せば(離れてしまうだろう)、少なくて近い者は、初めから自分の身のためにして君を思い申し上げないので、人が君を恨み申し上げるように仕えているのだから、いざというときにはまず自分が君から心を離すだろう。そうなれば誰が君を思い申し上げようか。これはただ左右の者のすることで、君の咎ではない。この機をよく見て、遠くにも恵みが及ばないところのないようにありたいものである。
解説
この章句が説くこと
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貞観政要・公平陛下は聡明神武、天姿英睿なり。志は泛愛に存し、引納すること多塗なり。善を好むも甚だしくは人を択ばず。悪を疾(にく)むも未だ佞を遠ざくる能わず。又た言を出すに隠す無く、悪を疾むこと太(はなは)だ深し。人の善を聞くも或いは未だ全くは信ぜず。人の悪を聞けば以て必然と為す。独見の明有りと雖も、猶お恐らくは理は或いは未だ尽くさざらん。何となれば、君子は人の善を揚げ、小人は人の悪を訐(あば)く。悪を聞きて必ず信ぜば、則ち小人の道長ぜん。善を聞きて或いは疑わば、則ち君子の道消えん。国家を為むる者は、君子を進めて小人を退くるに急なり。乃ち君子の道をして消えしめ、小人の道をして長ぜしめば、則ち君臣は序を失い、上下は否隔す。乱亡を恤(うれ)えずんば、将た何を以て治めんや。且つ世俗常人は、心に遠慮無く、情は告訐に在り、好んで朋党を言う。夫れ善を以て相い成すを同徳と謂い、悪を以て相い済(な)すを朋党と謂う。今は則ち清濁共に流れ、善悪別無し。告訐を以て誠直と為し、同徳を以て朋党と為す。之を朋党と為さば、則ち事は信ずべき無しと謂う。之を誠直と為さば、則ち言は皆な取るべしと謂う。此れ君恩の下に結ばれざる所以、臣忠の上に達せざる所以なり。大臣は辯正する能わず、小臣は之を敢えて論ずる莫し。遠近は風を承け、混然として俗を成す。国家の福に非ず、治を為むるの道に非ず。適(まさ)に以て奸邪を長じ、視聴を乱し、人君をして信ずる所を知らざらしめ、臣下をして相い安んずるを得ざらしむるに足る。若し遠慮せず、深く其の源を絶たずんば、則ち後患は未だ之れ息(や)まざるなり。今の幸いにして未だ敗れざるは、君に遠慮有りて、始めに之を失うと雖も、必ず終わりに之を得るに由る故なり。若し時に少しく隳(くず)るるに逢い、往きて返らずんば、之を悔いんと欲すと雖も、必ず及ぶ所無からん。既に以て諸を後嗣に伝うべからず。復た何を以て法を将来に垂れんや。且つ夫れ善を進め悪を黜(しりぞ)くるは、人に施す者なり。古を以て鑑と作すは、己に施す者なり。貌を鑑るは止水に在り、己を鑑るは哲人に在り。能く古の哲王を以て、己の行事に鑑みば、則ち貌の妍醜は宛然として目に在り、事の善悪は自ら心に得ん。司過の史を労する無く、芻蕘の議を仮らず、巍巍の功は日に著れ、赫赫の名は弥々遠からん。人君と為る者、務めざるべけんや。
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