般若心経 / 『般若心経』ぎゃてい、般若の真言
故說般若波羅蜜多咒、即說咒曰: 揭諦 揭諦 波羅揭諦 波羅僧揭諦 菩提薩婆訶
新字:故説般若波羅蜜多咒、即説咒曰: 掲諦 掲諦 波羅掲諦 波羅僧掲諦 菩提薩婆訶
書き下し
故に般若波羅蜜多の咒を説く。即ち咒を説いて曰わく、 ぎゃてい ぎゃてい はらぎゃてい はらそうぎゃてい ぼじそわか
現代語訳
そこで、智慧の完成の真言を説きます。すなわち、真言を説いて言います。 ぎゃてい ぎゃてい はらぎゃてい はらそうぎゃてい ぼじそわか
解説
経の締めくくりに置かれた真言です。原文は意味を訳さず、音のまま唱える形をとり、日本でも多くの宗派で読誦や写経のなかで唱えられてきました。しばしば「往く者よ、往く者よ、彼岸へ往く者よ、彼岸へ完全に往く者よ、目覚めよ、幸いあれ」といった意味に解されます。理屈で説明しきれない部分を、そのまま唱えて身につけるという形です。仕事でも、言葉の理解より先に、手を動かして身体に覚えさせる段階があります。説明を尽くすことと、繰り返して馴染ませることの両方が要る、と考えさせる結びです。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
真言掲諦波羅掲諦菩提薩婆訶彼岸音写
関連する章句
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般若心経・『般若心経』般若は真実不虚故に知るべし、般若波羅蜜多は、是れ大神咒、是れ大明咒、是れ無上咒、是れ無等等咒にして、能く一切の苦を除き、真実にして虚ならず。
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『六祖壇経』般若品第二善知識よ、世人終日、口に般若を念ずるも、自性の般若を識らず。猶ほ食を説きて飽かざるがごとし。口に但だ空を説くのみなれば、萬劫にも見性を得ず、終に益有ること無し。善知識よ、摩訶般若波羅蜜は是れ梵語なり。此に大智慧到彼岸と言ふ。此れは須らく心に行ずべく、口に念ずるに在らず。口に念じて心に行ぜざれば、幻の如く化の如く、露の如く電の如し。口に念じ心に行ずれば、則ち心口相應ず。本性は是れ佛、性を離れて別の佛無し。何をか摩訶と名づくる。摩訶は是れ大なり。心量廣大にして、猶ほ虛空のごとく、邊畔有ること無く、亦た方圓大小無く、亦た青黃赤白に非ず、亦た上下長短無く、亦た嗔無く喜無く、是無く非無く、善無く惡無く、頭尾有ること無し。諸佛の剎土、盡く虛空に同じ。世人の妙性は本と空、一法の得べき有ること無し。自性の真空も、亦復た是くの如し。