般若心経 / 『般若心経』観自在菩薩の照見
觀自在菩薩、行深般若波羅蜜多時、照見五蘊皆空、度一切苦厄。
新字:観自在菩薩、行深般若波羅蜜多時、照見五蘊皆空、度一切苦厄。
書き下し
観自在菩薩、深き般若波羅蜜多を行ぜし時、五蘊は皆空なりと照見して、一切の苦厄を度したまえり。
現代語訳
観自在菩薩が、深い智慧の完成の修行を行っていたとき、人を形づくる五つの要素はすべて空であると見きわめて、あらゆる苦しみや災いを乗り越えました。
解説
経の冒頭で、観音菩薩が深い修行の中で何を見たのかが語られます。五蘊とは、形あるもの、感受、想念、意志のはたらき、識別の五つで、人の心身を分けて見る仏教の見方です。それらが固定した実体ではないと見ぬいたとき、苦しみから抜け出せたという筋です。玄奘訳で、二百六十字ほどの短い経の入口にあたります。仕事に引きつけると、自分の肩書や評価を動かせない実体と思い込むほど苦しくなる、という読み方ができます。信仰の話に限らず、物事の捉え方を問う一節です。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
観自在菩薩般若波羅蜜多五蘊皆空苦厄照見
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