般若心経 / 『般若心経』無の連なりと無所得
是故、空中無色、無受、想、行、識;無眼、耳、鼻、舌、身、意;無色、聲、香、味、觸、法;無眼界、乃至無意識界;無無明、亦無無明盡、乃至無老死、亦無老死盡;無苦、集、滅、道;無智、亦無得、以無所得故。
新字:是故、空中無色、無受、想、行、識;無眼、耳、鼻、舌、身、意;無色、声、香、味、触、法;無眼界、乃至無意識界;無無明、亦無無明尽、乃至無老死、亦無老死尽;無苦、集、滅、道;無智、亦無得、以無所得故。
書き下し
是の故に、空の中には色無く、受、想、行、識も無し。眼、耳、鼻、舌、身、意も無く、色、声、香、味、触、法も無し。眼界も無く、乃至、意識界も無し。無明も無く、亦た無明の尽くることも無く、乃至、老死も無く、亦た老死の尽くることも無し。苦、集、滅、道も無く、智も無く、亦た得も無し。所得無きを以ての故に。
現代語訳
そういうわけで、空の立場には、固定した形あるものはなく、感じること、思うこと、心のはたらき、識別することもありません。目、耳、鼻、舌、身、意の六つの感覚器官もなく、形、音、香り、味、触れるもの、心の対象もありません。目に映る世界から意識の世界に至るまで、それぞれの領域もありません。迷いのもとである無明もなく、無明がなくなることもなく、さらに老いと死もなく、老死がなくなることもありません。苦、その原因、その消滅、消滅に至る道という四つの真理もなく、智慧もなく、得るということもありません。得るべきものがないからです。
解説
五蘊、六根、六境、十二因縁、四諦と、仏教が積み上げてきた教えの枠組みを、次々に「無」と言い切る長い一節です。教えの体系そのものにも固執しない、という徹底した姿勢が表れています。最後の「得るべきものがない」は、続く心の自由につながります。仕事でも、資格や実績や肩書を積み上げることが目的になり、それを手放せなくなる場面があります。得たものを誇りながらも、それにしがみつかない。そうした距離のとり方を考える材料になります。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
無六根十二因縁四諦無智亦無得無所得
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