五常訓 / 巻之五・智
一淮南子に、四方上下を宇と云ふ。(是天地の間のことなり)往古來今を宙と云ふ。(是上古より今までのことなり、古今のことを云)道と事と、其間にありて、きはまり無しといへり。今案ずるに、道と事とは、天地人の道と事なり。人となる者は、凡天地の內、古今の間の事を知らずんばあるべからず。故にひろく天下古今の事に通ずべし。是智の功用にして、智者の工夫なり。
新字:一淮南子に、四方上下を宇と云ふ。(是天地の間のことなり)往古来今を宙と云ふ。(是上古より今までのことなり、古今のことを云)道と事と、其間にありて、きはまり無しといへり。今案ずるに、道と事とは、天地人の道と事なり。人となる者は、凡天地の内、古今の間の事を知らずんばあるべからず。故にひろく天下古今の事に通ずべし。是智の功用にして、智者の工夫なり。
書き下し
一淮南子に、四方上下を宇と云ふ。(是天地の間のことなり)往古来今を宙と云ふ。(是上古より今までのことなり、古今のことを云)道と事と、其間にありて、きはまり無しといへり。今案ずるに、道と事とは、天地人の道と事なり。人となる者は、凡天地の内、古今の間の事を知らずんばあるべからず。故にひろく天下古今の事に通ずべし。是智の功用にして、智者の工夫なり。
現代語訳
『淮南子』に「四方上下を宇という(これは天地の間のことである)。往古来今を宙という(これは上古から今までのことで、古今のことをいう)。道と事とはその間にあって、きわまりがない」とあります。今考えると、道と事とは、天地人の道と事です。人として生まれた者は、およそ天地の内、古今の間の事を知らなければなりません。ですから広く天下古今の事に通じるべきです。これが智の功用であり、智者の工夫です。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『五常訓』巻之五・智宰万物とは、万物をつかさどりて、善悪を裁判するを云ふ。是致知の知を説きて、四徳の智を説き給へるにはあらずといへども、知の体用をよく説けること分明なり。此外に、智の註を求むべからず。愚ひそかに、朱子の両説に本づきて、知を説きて曰く、智は心の明、事の別なり。心の明とは、くらからざるを云ふ。灯火明かにして、物をてらすが如し。是智の体なり。事の別とは、事にのぞみて、是非をわかつを云ふ。是智の用なり。其事にのぞみて、是非をわかつは何ぞや。内に明あるを以てなり。此説、いまだ当否を知らず。しばらくここに記して、識者の是正をまつのみ。
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『五常訓』巻之五・智一智の字、又知の字となして通用す。故に四書には、多くは知の字を用ふ。唯四徳五常には、智の字を用ふべし。一人の身に、一の大宝あり。これを名づけて智と云ふ。心の光明なるは、万の善悪是非邪正をわきまへ知るのかがみなり。若人の身に智なければ、天地に日月なく、人に耳目なく、暗夜に灯なきが如く、又家に主なく、軍に大将なきが如し。いかに生れつきたる力量あり、忠信あれども、心くらく智なければ、行ふべき道を知らずして、みだりに行へば、道にかなはず、ひが事多し。万につきて、善き悪しきを弁へざれば、我が身ひとつをだに修むる事あたはず。況や民をなつけ、土地を治めん事は、いと難き事なるべし。故に人身の大宝は知なり。其大宝をもとむるの道あり。
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『五常訓』巻之五・智一不知の人は、義理を弁へざるのみにあらず、又利害損得をも知らずして、我が身の禍となる事をかへりみず、利をむさぼり、僻事をなして、家を利し、身を立てんとして、却て身を亡し、家を破るにいたる。かなしむべし。是我が身の悪を止めずして、天のせめを待つといふべし。我が身を利せんとて、悪しき事を行ひ、人を苦めて、我が身一人をたのしむ。是皆我が身の害となる事を知らず。愚なるのいたりなり。智者は心明かにして、人の憂苦みをよく知る。愚者は、心昧くして、我が身の外、人の憂苦みを知らず。いたりて愚なれば、我が身の外、父母兄弟の憂くるしみをだに知らで、不孝不弟を行ふ。
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『五常訓』巻之五・智一智に大小あり。是亦知らずんばあるべからず。たとひ微細なる末の事には疎けれども、身を修め、人を治むる道に明なる人あり。是を小事にくらくして、大体に明なりと云ふ。君子の大智なり。貴ぶべし。又小事にかしこく、技芸にさとけれども、学問道理くらくして、身を修め、人を治むるに疎き人あり。是小人の小智なり。万事に賢きやうに見えて、真智なきなり。是を小事に明かにして、大体にくらしと云ふ。微細なる用にはかなへども、貴ぶに足らず。
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『五常訓』巻之五・智一知は、增韻に心有所知也といへり。知は心の明なり。和訓にはさとるとよむ。是非をてらす心の光なり。心明かにして、人倫事物の道理に通じ、是非善悪をわきまへ知りて、まよはざる徳なり。仁義礼も、智によりて、其理明かにして行はる。智なければ、道理くらくして、善心あれども、行ふすべを知らず。あやまりて、ひが事のみ多し。周子は、通ずるを知と云ふといへり。万理に通ずるなり。朱子は、智は分別是非の理と云へり。分別とは、わかちわかつ也。心中に善悪をわかち弁ふるを云ふ。是非とは、事にのぞみては、是を是とし、非を非とするを云ふ。智は性なれば、あながちに外に向ひて説くべからずといへども、用につきて説かざれば、智の体も明ならず。
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『五常訓』巻之五・智よき師友を求めて、其教をうけて、よきすぢの学問し、書を読み、ひろく見、多く聞き、よく思慮して、我が心に道理をもとめ、是を以て、心をひらき、智を明かにすべし。師友に求むるの道は、我が身をへりくだりて、自ら是とせず。好んで人に問ひて、ひろく聞くべし。我が智に自満して、ほこる事なかれ。我にほこれば、必我が智を失ふ。凡聞見をひろくすると、我が心に思案すると、是智をもとむるの道なり。
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